女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんです。キレキャラとおふざけキャラと真面目キャラを分離する才能がないので、丸ごとの自分を出してます。

一級の精神障害から脱却した私の精神病治療の3本柱

私が思うに、精神病の治療は

 

1正しい投薬(その時、その時の患者さんの状態・病名に合った投薬。容量、時間を守った服薬。

 

2休養(イヤなこと、余計なこと、今現在、神経をすり減らしていることを考えずに休養できる環境でしっかり休養すること)

 

3環境(ストレスの原因となっている人間関係や、環境(職場・生活の場)を、患者に負担がかからないように工夫して変える。)

 

の3つの柱がメインだと思います。

 

この、5,6年の間、人情派の精神科医に支えられながら、生活環境を離れたほうがよいときは精神病棟に避難させてもらいながら治療を進めました。精神病棟というと悪いイメージがある方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては3食とも栄養士さんが栄養バランスを考えた食事を、しかも決まった時間に食べさせてくれて、お薬も看護師さんが時間をきちんと決めて飲ませてくれるの飲み忘れがない。夜も、強制的に消灯でベッドで寝ていないといけないし、基本閉鎖病棟なので、鍵が閉まっているので夢遊病過食をしようにも、外に出られないのでできない。という私の病状には、すごく良い環境。

 

ほかの患者さんたちが「早く家に帰りたい。」とぼやく中、私一人が入院の有用性を高く評価していて、「三食昼寝付きで、精神病棟は天国だよぉー。」と、喜んでいました。 

 

だから、どうにもこうにも情緒不安定で、自分で色んなことができなくなったら、自分でお願いの電話をして順番を待って入院を希望して入院させてもらっていたくらいでした。2~3週間ほど入院をさせてもらうと、心身ともに、とてもいい感じになって、退院できるのです。

 

精神病というのは、告知されても「自分が精神病だなんて。。そんなことない。」と、患者さん自身が病気を受け入れがたく、治療が遅れて、手遅れになりがちな病気だと、私は思っています。

 

実際、精神病棟に入院したときに仲良くなった入院友達も、精神病を軽く見てしまったのか、精神病である自分を受け入れられなかったのか、自分で勝手に治療をやめてしまい、状態がひどくなって、残念ながら、ご縁も切れてしまいました。

 

私自身が長年、治療を続けたおかげで、1級の精神障害者でなくなって、日常生活をまったりではありますが、なんとかこなしていけるようになったことを思うと、入院、訪問看護、デイケアなどをフル活用して、精神科には頼れるだけ頼ったほうが良いと思います。そのとき、いかに、自分のなかにある精神病にたいする偏見を捨てられるかが、重要になってくると思います。

お久しぶりです

お久しぶりです。春先から、季節の変わり目のせいか、起き上がれない日々が続いておりまして、できる範囲で家事などをやりつつ、まったりすごしております。

 

数か月、ブログを更新していないにもかかわらず、最近、立て続けに読者登録をしてくださる方が何人かいらっしゃり、ちょっと、おどろいています。

 

もともと、リアルでつらいことがあって、ストレス発散と悪ふざけのために立ち上げたこのブログなので、もうそろそろ消そうかなと考えていました。でも、読者の方が増えると、名残惜しい気持ちになってしまうのも事実。

 

子供のころに、父親からの暴力や育児放棄、貧困から、「20歳までは生きていないだろう。」と思っていた私。実際20歳まで生きてしまうと、今度は「40歳までは生きていないだろう。」と、漠然とした人生への畏れを、「死」が解決してくれることを期待していました。自殺をはかったとか、そういうことではなく、人間というのは、もう、どうにもこうにも生きられなくなったら、勝手に「死」が迎えにきてくれるものだと思っていました。

 

でも、案外、人間って丈夫なもので、簡単には死なないみたいなんですよね(笑)おばあさんに片足つっこんだおばさんになってみて、まさかこんなに長生きできるとは思っていなかったと、驚いています。それと同時に、急に、どう生きていいかわからなくなってきました。献身的に支えてくれる夫がそばについてくれているのに、寝たきりのことが多く、ぽつぽつと料理を作るだけの私。むなしい、むなしい、生きることが怖い、と思うのは、うつの症状なのでしょうか。

 

「40歳まで遊べるだけ遊んで、40歳で俗世と縁を切って尼になる!」

と、10代の頃からみなに吹聴していたのに、40を過ぎても俗世と縁も切れず、俗物的な悩みで、右往左往している。そんな自分がおかしくて、少しだけ自分をあざ笑ってしまった。

 

歳をとると、毎日を丁寧に生きているだけで美しい。だから、一言ブログや、野菜の成長日記、日々のなんでもない幸せや楽しみをつづったブログを毎日のように続けている人が素敵だと思える。若いころにはなかった感覚です。今日は少し調子がいいので、丁寧な毎日をすごす人たちにあこがれつつ、明日からの夫のお弁当の下ごしらえに励みたいと思います。

精神科闘病の自宅ケア*訪問看護と家事へルパー

 私は、うつ病がひどいときに食事もとれず、血圧も上が50、下が30という時期がありました。立ち上がればすぐに倒れてしまうような状態で、通院自体ができない時期がありました。

 当初住んでいた地方自治体では、精神病で外出が困難なな人のためにタクシーチケット(ワンメーター分)が所定枚数配布されていたので、それでなんとか病院には行けていたのですが、その後、タクシーチケットの制度がない、関東に引っ越してきてしまったので、また、一人で通院が困難になってしまいました。

 関東に住んでからもしばらくは、個人クリニックにかかっていたのですが、そこの医師とまったく合わず、病状は悪化する一方。そこで、夫が役所に「どこか、良い病院はないか?」と、相談に行ってくれました。そこで、紹介してもらったのが、大きな病棟を持つ、立派な精神病院。

 精神病治療は、まずはお薬を飲み続けないとはじまらない。だけど、私が体調によっては、数か月も寝込んでしまうので、薬を取りに通院すること自体がむつかしいと相談すると、訪問看護で看護師さんが来てくれることになりました。

 看護といっても、医師のかわりに病状を聞いて帰って、医師に報告して薬を処方してもらうというようなことだったと思います。(昔なので詳細は忘れました。)

 また、寝たきりの期間は、家事も自分ではできなかったので、家事ヘルパーさんにも来ていただいた時期がありました。決まった時間内なら買い物、掃除、洗濯、料理など、家事なら何を頼んでもよいので便利です。残念ながら、最初に来てくださった家事ヘルパーさんが、とても騒々しい方がで、私のほうがひどくヘルパーさんに気をつかう形となってしまったので、すぐにお断りしたのですが、合う人が来て下されば、良いサービスだったと思います。

 両方とも、私が一級の精神障碍者だった時の話なので、重症の方しか利用できないのだとは思いますが、ご自身が重度の精神病で生活に支障をきたしている方、ご家族に重症の精神病患者を抱えたご家庭は、主治医、ケアマネジャーなどに訪問看護や家事ヘルパーのサービスが受けられないか、相談してみましょう。

 私は、立派な精神病院にかかったので、精神科の訪問看護や、家事へルパーの存在を知りましたが、小さなクリニックにかかっていた頃は、そのようはサービスがあることすら知りませんでした。もっと、早く、そのようなサービスを受けていたら、もっと早く良くなったかもしれないとも思います。

 精神病院というと、重度の精神病者を閉じ込めておく場所という昔ながらのイメージがあるかもしれませんが、今は、ケースワーカーといって、そのご家庭ご家庭に合った、社会福祉サービスを紹介してくれる担当者もついてくれますし、デイケアや、社会復帰プログラムなどを実施している病院も存在します。

 小さなクリニックにかかって、なかなか病状がよくならないという方がいらっしゃったら、大きな精神病院に転院してみて、自宅ケアサービスからはじめて、回復にむかったらデイケアなどに進んでいく方法をとってみてはいかがでしょう。