女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

女子はどこで子供から女に変わるのか気づいていない

anond.hatelabo.jp

 

私は、こちらの記事に

「20歳前後は、まさか40代の男性が自分を性的対象に見ているとは思わず、複数のおじさんと食事に行った。ほとんどの人は私が無邪気についてきているだけと察してくれたが、一人だけ跪いて告白してきて、そこで気づいた。」

と、コメントしました。

 

 私が20歳といったら、もう20年以上も前の話ですから、今の女子たちとは感覚が違うのかもしれませんが、10代後半くらいから20代前半にかけては、まだ、自分が「子供」だという認識でした。ですから、40代なんて、大人の中の大人で、子供の自分を性的な目で見るなんて、想像もしていませんでした。

 

 特に私は田舎者で、よく言えばウブ、悪く言えば世間知らずでした。田舎のほうでは、男女が友達として仲良くするなんてよくあることで、私も通学の交通機関で行き帰り、隣のクラスの男子とずっとしゃべっていましたが、特にお互いに恋愛感情もありませんでしたし、恋愛なんていうのは社会人になってからするものだと思っていました。さらには、肉体関係なんていうものは結婚してから結ぶものだと本気で思っていました。

 

 大学に入り、付き合った男性も結婚するまでは肉体関係は持たないという主義の人だったので、男性の性的欲求がいったん発動したら止めるのは至難の業ということを全く知らなかったのです。

 

 私は大学のすぐ近くのアパートに住んでいたので、家が遠い男子などは、気軽に「終電なくなったから泊めてー。」みたいな感じで、泊りにきていましたし、男子の家に遊びに行って、帰るのがしんどくなったらそのまま泊まっていましたが、何事もありませんでした。

 

 そのように、自制心のある男性としか関わったことのない女子は、自分が「女として見られている。」ということに、本当に全く気付かないのです。特に10代から20代になる頃は、体や外見は女性らしくなっているのですが、内面は子供ですし、高校生まで子供扱いされていたのに、高校を卒業した途端に急にもうあなたは大人の女なんだから、男に言い寄られても自己責任ね!となっても、それまで自分の周りに性的要素が全くなかったために、何がなんだか本当にわからないのです。

 

 それに、私は大学に行ったのですが、大学ではほとんどの友人知人が学内で知り合う学生同士で付き合っていたので、男女のお付き合いというのは同世代同士でするものだと思い込んでいました。色気のない田舎で育った田舎娘の感覚なんてそんなものです。

 

 私の場合は、上記のように20歳くらいで40歳くらいの仕事のお客さんに急に告白されたことで、こんな年上の人でも、私を女性として見ているんだ!と知りましたし、恋愛相談をしていた10歳くらい年上のお兄さんに無理やり押さえつけられてキスをされたり、70歳くらいのおじいちゃんだから大丈夫と思ってお話をしていたら、やはり無理やり押さえつけられてキスをされたことがあり、そこらへんで、やっと、男は何歳になっても狼なのだと、気をつけるようになったのです。

 

 私は20歳くらいで、「小料理屋のおかみとか、やったら似合いそう。」と言われていたり、「本当にきれいな顔だね。」と女性に褒められるくらい男性うけのいい女っぷりだったみたいなのですが、自分では全くそんな自覚はなく、柴田理恵さんや久本雅美さんのようなおふざけキャラとして自分を認識していたので、そこの認識のずれに、小さな事件が何回も起こった原因があったと、今では思います。

 

 ブコメにもいくつか、女性からの、「20代の時は男はそういう生き物だと知らなかったんです、ごめんなさい。」みたいなコメントが見られましたが、特に10代から20代前半の女子は、ちょっとくらい危険な目に合うまで、自分が女として見られている自覚のない子たちも多いということに、男性たちは気を付けてほしいと思いました。後々、和姦か強姦かで揉めたりしないためにもね。

早めに弱るほうが生物学的には正しいのではないかと思う

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2014年9月に書かれた日記をUPしました。

 

■予想できることは当たる

 車の会社のコマーシャルでしたか、「人が想像できることは(必ず)実現できる。」みたいなキャッチコピーを聞いたことがあります。昔の、ドラえもんの未来グッズも、今では実現されたものもたくさんあるようで、昔のドラえもんでは、「携帯電話」に似たような未来グッズの回があったとか。スマホなんていうのも、昔はドラえもんの世界の話でした。まさか、電話が持ち歩けるようになって、電話でテレビや映画が見られるなんて、私が子供の頃には夢のまた夢、マンガの中の話でした。

 

 逆に私が30年前以上前に想像していたことと20代後半から想像していたことが現実味をおびつつあります。でも、それが何かは内緒(/ω\)

 

 何十年も前から付き合いのある友達は、あまりにも私の言うことが当たるので「占い師」になれば?と冗談を言います。夫も、私が夫の職場の状況から「今後、あなたの職場でこういうことが起こるから気をつけたほうがいいよ。」というアドバイスがほとんど当たるので、私が悪い予想をしたときは「そういう事言うのやめて!当たるから!」と怒られます。

 

 霊感でも直感でもありません。数十年のデータの蓄積と分析。ただそれだけ。老人だから、知ってることが多いんです。いわゆる、人生経験というものでしょうか。


■最近、当たった予想。

 最近、「吉田調書」「吉田調書」と大騒ぎですが、情報収集癖のある私ですから、東日本大震災が起きたときにも色いろ予想して当ててるんですが、吉田さんのことも当たりました。東日本大震災後、当時、福島原発の所長だった吉田さんがちょくちょくテレビにでるようになりました。

その時、すぐに思ったこと、それは…

あああああああああ!
だめぇええええええ!
この人、こんな大ごとを抱えたらがんになって死ぬタイプだぁああ!
お願いだから癌にならんでくれぇえええ!
こんな、優秀な人材が日本からまた消えるのかぁああ!

ということ。


残念ながら、当たりました。

 

 1年か2年後、食道がんになって退職したというニュースが数秒だけ流れました。テレビニュースを見ながら夫にぽつりと、「吉田さん、やっぱり癌になったね…」と、つぶやいたのを覚えています。お願いだから、死なないで!と思っていましたが、しばらくしてお亡くなりになりました。

 もしかしたら、退職するだいぶ前からがんにおかされていて、それでもぎりぎりのところまで最前線でがんばってくれていたのかもしれません。正直、吉田所長は国葬されるべきくらいの偉業をなしとげました。吉田所長が最期まで命がけで事態を収拾していなければ、日本は人の住めない国になっていたかもしれません。日本国民は全員、一生、吉田所長に足を向けては寝られません。お亡くなりになったことは、すごく悔しいです。

 

■早めに弱るほうが生物学的には正しいのでは

 私のように弱い人間は、何か自分がかかえきれないことを抱えたときに早めにノイローゼや体調不良になって「体や脳が頑張り続けること」をやめさせる仕組みになっているのではないかと思う時があります。生命を危険にさらすぐらいなら、一時的に脳や体をまひさせ、動かなくさせて、休養をとらせ、心身ともに回復させる機会を与える、という生命の神秘なのではないかと、私は勝手に推測しているのです。

 

 ですが、心の強い人は自分の限界を超えても頑張れてしまいます。精神力とか正義感とか責任感とかいうエネルギーで。そういう人は、だいたい癌、とくに胃がん・食道がんになったりするような気がしています。それか、お酒に頼りすぎて肝臓、腎臓、すい臓をやられるとか。(癌も含む)あとはタバコで肺をやられるか。(肺がん含む)


■真っ最中は気づかない?

 人間というのは不思議なもので、大事件が起きて、それを処理している真っ最中は意外と脳(心)や体は持ちこたえるもので、いや正確に言えば、病んでいってるのに気づかないというか、気づきたくないというか。もっと言えば、気づいていても社会(国、会社)=人様の人生を守るために、自分の命を捨てる覚悟を決めていくのかもしれません。というわけで、気がついた頃には、末期と言うことも多いです。周囲では。

 

 私は、弱い人間なので、早めにノイローゼになったり、体が絶不調になったりするので、おかげさまで現在、生き延びることができております。

 

■早め早めに

 日本の医療技術は高いですから、脳(心・精神)の病気も、体の病気も、早めに見つければ死ななくて済む場合も多いと思います。逆に、外国の医療水準や医療価格では生きていられないような人も日本国内では生きていられると思います。「国民皆保険=国保」があるから世界中で断トツに医療費が安いです。

 

 例えば、日本で血液検査しても1000円(検査単品ね。初診料とか処方料とかは別。)もかからないでしょうがアメリカでは(病院にもよりますが)10万円くらいかかったりします。お金持ちとか庶民とか関係なく、10万円が相場です。

 

 レントゲンとかCTとかだと、ウン十万です。だからオバマさんがアメリカ版「国保」を作ろうと頑張ってますが無理そうです。国民が「国民皆保険」の仕組みを理解できず、国になんか分からんお金を取られそうだからイヤだと抵抗してるから。

 

 貧乏人はなんで病気でもないのにお金を払わなきゃいけないのと思うだろうし、そして、お金持ちたちも何で庶民や貧乏人のためにお金を出さなきゃいけないの?と思うことでしょう。何せ、自己責任の国で、自分の払った税金は自分たちのために使いたいと、お金持ちだけがお金持ちの町を作っちゃうような国ですから。

(この段落は全部ブラックユーモアね。善良で知的な人たちも多いですよ。)

 

 だから病院に行けなくて死ぬ庶民が、それこそ死ぬほどいます。これを言い出すと長くなるのでやめますが、まあ、早めに病んで、早めに治療するのが長生きの秘訣かと、最近は思うのです。

 

■日本の医療福祉はすごいと思う

 サーズという病気が世界で流行しそうになった時に、世界で患者数が一番多かったのは日本だと言われています。何故かというと、日本は皆が簡単に病院に行けるくらいに医療費が安く、また、病院に行けるくらいのお金を持っている人が多いということなのです。

 

 外国では、医療費が高いうえに、貧困層が多かったりして、体調が悪くても簡単には病院に行かないケースも多く、私がオーストラリア在住の友人宅に2か月ほど、居候した際に、友人が風邪をひいてしまい、インフルエンザかもしれないのに、病院には行きませんでした。同棲している彼氏が、「風邪をひいたときはビタミンCたっぷりのローズヒップティーだよ!」と、温かいローズヒップティーをがんがん飲ませ、熱いからと掛け布団をはずそうとする友人の上にのしかかって、布団をはがさないように押さえつけるという方法で治療していました。

 

 病院に行けばいいのに。。と思わなくもなかったのですが、彼らも、そう裕福ではなかったので風邪くらいで病院に行くという発想はなさそうでした。

 

 また、何を言っているか分からなくなってきましたが、私のように過度のストレスにさらされたら精神病などになって、早めに弱って、強制的に体を休めるようにもっていかれるというのは、やはり生命の神秘のように思えてなりません。

 

 ですから、うつ病などで元気がでなくて落ち込んでいる方は、これは天から与えられた人生の休憩時間なのだと思って、安心して、ゆっくりと休んでほしいものです。