女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

最近の女児って「男を見たら逃げろ」って教育されてんの?について

この記事に対して、私は

「正直に言う。小学時代、男に「道を教えて、連れて行って」と言われ物陰に連れていかれ生の局部を握らされた。放課後用務員にパンツに手を入れられ局部を揉まれた。児童誘拐は女もやる。警戒対象に老若男女は関係ない」

と、コメントした。

 

小学校時代に私が男から、どのような手口で被害に合ったかは、あとで書くとして、このブコメ欄、何で、男女の対立構図になっちゃってんの?と思った。私の中で一番納得のいくコメントはこれだ。

「全方位気をつけろと話してる。老若男女。まともな大人は知らん子に話しかけてこない、知ってる人でも家に行かない、更に言うと急いでる子は狙われにくいから小走りで帰れと教育してる。寄り道も出来ない。世知辛え。」

 

 この話は、被害者になりうる「子供」を、加害者になりうる「大人」から守りたい話なのに、なぜ、コメント欄の一部は男性差別の話にすり替わっているのだ?

 私は上記のコメントで自分の体験から、女児はこれほどの危険にさらされているので、理解してほしいと書いたつもりだ。だが、それは、たまたま、私が女で女児だったからだ。ブクマカにはリアルで「父親の立場」の方もいらっしゃるであろうから、その方々に女児の危険度合いを、自分の体験から教えたくて書いた。だが、このブコメ欄に、男児だった男性からの性的被害や誘拐被害の告発があってもおかしくないわけだ。(そんなことを告白しなければならない義理はないが。)

 

この話の場合は

大人男性から女児への性的・暴力的・精神的・誘拐被害

大人男性から男児への性的・暴力的・精神的・誘拐被害

大人女性から男児への性的・暴力的・精神的・誘拐被害

大人女性から女児への性的・暴力的・精神的・誘拐被害

全てのパターンが起こりうると思うのだよ。大人は、子供より体が大きくて腕力も強いので、子供のほうが被害にあいやすい。だから、子供は危険回避のために、大人からは距離をとりましょうというお話かと。

 

だのに、なぜ、男性が傷つくという話になってるんだ?と思った。不審者扱いされた大人は男女を問わず少なからずショックだろう。その辺に関しては、このブコメの考えが、妥当だと思った。

「一見普通にみえる犯罪者が一定の割合でいるわけだから、警戒しても失礼にならない、そして警戒されても傷つかない社会になって欲しい。失礼になって怒られるかもって警戒を控えて犠牲になる人が減ってほしいから。」

 

さらに、これらの意見も参考になる。

「海外ではこの辺の事情どうなんだろうと一瞬考えたけど、そういえば先進諸国の大半ではそもそも子供だけで外出する状況自体が存在し得なかったわ。通学も遊びも基本は親とセット」

「これそのうちアメリカみたいに登下校は親が個別に送るってことになるかもしれんね。」

 先進諸国でこれらの措置が多い(国や地域のよって異なる)のは、男が女児に被害を及ぼすからだけでなく、親族に成りすました女が子供を迎えにきて誘拐しちゃう可能性もあるからって聞いたよ。

 私が、あるアメリカ人から聞いた話はこうです。保育園や小学校は、たとえ相手が女性であっても親または親が認めたID(身分証明書)を持たない大人には、絶対に子供を引き渡さない。親または親が認めたID(身分証明書)を持っていない男女には等しく引き渡さない、つまり、親またはID(身分証明書)を持たない大人が子供に近づけば、男女を問わず等しく不審者とみなされる可能性があるわけだ。

※地域(特に、田舎や治安の良い地域)によっては、スクールバスや徒歩の場合もある。

 日本の庶民の生活だと、子供が被害者になる場合、性的被害や暴力被害が一番、想像しやすいだろう。もちろん、それらの被害から子供を守るためでもある。だが、外国では、(男児・女児を問わず)性的被害、暴力被害のみならず、庶民の子は人身売買で国内や海外に売られないために、お金持ちの家は誘拐で身代金を要求されないために、不審な大人の男女から子供を守ろうと、幼稚園、小学校の登下校は親または親が認めたID所有者が送り迎えをしなければいけない仕組みになっているわけだ。(肉体的・精神的・性的虐待をした親が子供から引き離された場合、その親が誘拐しにくることもあるので、親なら必ずOKというわけでもないらしい。色々なケースに応じで、色々な制約があるっぽい。「アメリカ 子供 誘拐」などでググると色々出てくると思う。)

 

アメリカの子供を守る義務についてはこちらが、体験談としてわかりやすいです。

アメリカ育児事情〜子どもの安全管理〜

 

 日本でも、男児・女児を問わず、連れ去り事件や殺害事件がある以上、(誰が本当の不審者かなんて誰にも分からないわけだから)、不審者かどうかも関係なく、(男女のどちらが加害者になるか分からないから)男か女かも関係なく、「大人」と「子供」を不必要に近づけないようにしようという、100%の確率で子供を守りたいという親の予防策だと思うのだが、男性の権利は関係なくない?

 

このコメントが、そういった親たちの心情をよく表していると思う。

「どう教育したら良いか考えて答えが出ない。逃げろと教える以外に良い答えがある? 被害にあう確率が低いのは分かるが、親は100%の確率で子供を守らなくてはいけない。/東京ではすでに地域見守りなんて機能してない」

 この増田は、自分のコンプレックスを、女児の逃走によって刺激されたのかもしれないが、君の容姿や、君が男性であることはあまり関係ないのではなかろうか、と、私は思うのだった。

 

◆こちらの方が言及してくださり、女性だけど不審者扱いされた体験を書いてくれました。参考までにどうぞ-☆

 

はあちゅうさん、とやらのセクハラ問題について

 正直、私自身はネットの有名人にあんまり興味がなくて、普通に生活している人たちの日常の日記がすきなので、そんなのばかり読んでます。だから、はあちゅうさんという人が過去にどんな言動をしてきたかは知らないのですが、私は、この記事に対して

 

「これを「処女」に置き換えて 同じ話を出来るの?的な話かな」

と、素朴な疑問を書いてみました。

 

 私自身が、「エロ本」に関する考察とかを書いているので、「エロ」に関する表現がどこまで許容されるのかという、疑問と、また、「無知」で自分の意見を書いたら袋叩きにあうのかな?という恐怖を感じました。

 

 私には生活保護受給者の友達もいるし、特殊な性癖を持つ人や自分の裸の写真を見せてくれる女友達もいて、常にそれらをオープンに話しているので、生活保護や性的なことは気軽に話していいことだと思っていましたが、実際は違うんだなぁ、とネットの反応を見て思いました。

 自分の生活保護のおじさんの記事や、はあちゅうさんの件で、生活保護とか性的なこととか、世の中には一部とてもデリケートな事柄っていうのが存在していて、すごくすごく考えて発言しなければいけないことなんだろうなと気づかされました。

 過去に、宴会で男女が大っぴらに性的行為の内容を話していた時があって、私は全く、そのような話に嫌悪感がないタイプなので、興味深く聞いていたのですが、別の日に、宴会に同席していた女性に「あの時の下ネタはしんどかった。」と聞かされて、ああ、「性潔癖」や「性嫌悪」の人にはきつい話なんだ、と思ったことを思い出しました。

 でも、私としては、エロとか生活保護や、タブーとされていることに対しても、自分の意見や気持ちを表明してみたいし、それに触れたことで暴言を吐かれるっていうのは嫌かなと思います。私は、世の中の皆さんに知ってほしいことや考えてほしいことを書いて、建設的なアドバイスや知見をいただきたいと思っていますが、なかなか、そういうふうにはなりませんね。

 ただ、ブコメから察するに、今回の「はあちゅう」さんの件は、過去に彼女が「童貞」に対する差別発言を繰り返したことが原因だったぽいですね。それで傷つき続けた男性たちの怨念が一気に爆発したというところでしょうか。

 

を読んで、私はこのようにコメントしました。

「私も最近、無知で袋叩きにあったけど、ブコメは暴言が多くて悲しかった。建設的なアドバイスや知見がほしいのにと。ちゃんと、教えてくれる人がいなくて攻撃ばかりされたら怖くて聞く耳を持てなくなるんだろうとも」

 

 2年前の記事で袋叩きにあった時に、「誰も、貧乏な私の苦しさや、悔しさなんか分かってくれないんだーーー!」って、キレて、スネて、お前らなんかこの驚愕の貧困の事実に振り回されてしまえ!と、怒りに任せて記事を書いていたことがあるので、私は「はあちゅうさん」のことを、どうこう言える立場にはありません。当時は、悲しすぎて、気に入らないコメントに反撃することしか思いつかなかったし、怒って感情的になりすぎて建設的なコメントにも耳を貸せない状態でしたから。

 精神状態の安定した今では、あんな書き方はしなかったでしょうが、あの時は、非常に精神状態が悪かったのだと思います。

 また、今の私があの時の私を分析すると、批判や非難をされることで「誰も(自分の苦しみを)分かってくれない」という憤りが高まってゆき、無自覚な怒りや憎しみをネット民全てにぶちまけていたように思います。

 はあちゅうさんにも、批判や非難ではなく、彼女の言動のどこがどう人を傷つけているのか、懇切丁寧に教えてくれる人がいたら、少し、彼女も変わることができたのではないかと思いますし、彼女はまだ若いですから、これから、気づけるようになる可能性を信じたいです。人は学びますし、成長しますから、その可能性を信じたいです。ただ、それには良き指導者と、その人の教えを素直に聞き入れる素直な心が必要だとは思いますが。

 はあちゅうさんの件も、好き、嫌い、許す、許さないではなく、お怒りの気持ちは一旦ぐっと抑えて「私はあなたの、この「童貞」発言に、こういう意味で傷ついていて、とても悲しいです。」と、具体的に「悲しみ」について教えてあげた方が彼女も気づきやすいのではないかと思いました。

 「怒り」と「悲しみ」って、同時に感じることも多くて、その場面で「怒り」のほうを表現するのか、「悲しみ」のほうを表現するのかが、その後の事態の解決にすごく関係してくると思うんです。2年前の自分の炎上記事のことを思い出すと、そう思います、「悲しみ」のほうを表現できていたら…と。

 そして、今回の件で、「エロ」関係の記事は、読むのがつらい人もいると知ったので、「エロ・セックスの話」のカテゴリーを作って切り分けをしました。そして、記事の先頭に「過激な性的表現が含まれます」と、追記しようと思いました。

 さらに、下記の記事を読んで、自分は典型的な「凡人」なのだと納得したのでした。