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女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

【女性差別】常識ほどあやふやで移ろいやすいものはない

mat生け花

 

前回の記事は「常識」とケンカし続けた女達で
さらに、寂聴さんの時代は、女からは離婚できなかった。夫に「三行半(みくだりはん)」という離婚状を書いてもらわないと、妻がどんなに離婚したくても夫が離婚したくなければ離婚できなかったのだ。殴られても蹴られても、お願いして、お願いして、三件半を書いてもらう。大変だったろーなー。離婚したって、女が働ける場所なんてなかった時代ですしねー。


例えば寂聴さんくらいの時代だと、家柄にもよるが、女は男が食事を食べ終わってからしか食事を食べてはいけない、とか、男は全員座敷に並んでご飯を食べるのだが、女は冬でも冷たい土間でしかご飯を食べてはいけないとかの、家庭内の男女の序列や差別があった。

 

 私が忘れられない話は、都会育ちの女性が田舎の男性に嫁いで、当然、上記のような扱いを受けた。都会的な考えだった彼女はものすごく悔しかったが簡単に離婚できる時代ではなかったので、必死に耐えた。子供も産んで、60歳になり、少しは時代も進歩し、自分の「還暦」を赤いちゃんちゃんこで祝ってもらえることになった。うれしかった。やっと、座敷で祝ってもらえるのだと。  

 

 だが、冷酷なことに彼女の祝い事なのに、彼女は土間で食事をとらねばならなかったのだ。それが、その地域の「常識」だから。都会育ちの彼女以外は、誰もそれをいけないこととも、悲しいこととも思っていないのだ。「女は座敷に座ってはいけない」なんて当たり前のことなのだ。座敷で祝宴を開いているのは息子を含めた男たちだけ。「どうして、こんな歳まで必死に耐えてきたのに、こんな目に会わなければならないのか?」と、その女性は悲しく情けない気持ちでいっぱいになったそうだ。  

 これより、悲惨な「売春宿に売られた」みたいな話はいくらでもあるだろうが、何故か、私はこの話を忘れられない。あまりにも、当たり前に、ひっそりと、静かに、家庭内に差別が混ざりこんでいるからかもしれない。

 

ノートとペン

 

前回の記事でも書いたが、私の家では「男は大学に行くもの。」「女は教育なんか受けるものじゃない。」ということをはじめに、家庭内で激しい女性差別があった。だから、最終的には私が親に内緒で大学を受験し、合格したことで、親と縁を切り、家を出ることになったのだが…そのせいかもしれない。 まあ、とにかく今の時代とは女性をとりまく「常識」が違うのだ。 アインシュタインは「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションだ。」 と言っている。常識ほど移ろいやすくて、信用ならないものはないと私は思う。

 

グラス赤花

 

私が、尊敬の意味をこめて瀬戸内さんや宇野さんたちを「ダメ人間」と呼ぶのは、 その当時の「非常識」をつらぬきとおして、現代の常識にまで変えてくれたからだ。 激しい、批判や非難に屈することなく。(ちなみに当時は、女性の権利や自立を主張する人たちは石を投げて窓を割られたり、それ以上の嫌がらせも受けたらしい。)他にも、平塚らいてう与謝野晶子やいろんな女性が、その当時の世の中の常識とケンカをしてくれて、今の女性の地位や環境があるのだ。 だから、「世の中とケンカをし続けた女=ダメ人間」と冗談半分、本気半分で、 愛情と尊敬を込めて表現してみたのだ。>>> その記事こちら