女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

最近の若い子はなっとらん話

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1~2年前に書いたっぽい記事です。いつ書いたかは忘れた。

 

私自身も、私の同級生たちも
そろそろ50歳に手が届こうかという年齢になってきた。
そして、そろそろ「最近の若いもんは、なっとらん!」と
怒りはじめる年頃になってきた。
真面目に、日々学習し、日々努力を怠らなかった人たちほど、この傾向が強い。

 

そういう友人・知人たちに、私はいつも
「いやいや、あなたの若いころも充分なっとらんかったよ?」
「それを許してくれて、教えてくれた人たちがいたんじゃないの?」
と、たしなめる。

40歳を過ぎて、自分に自信がついてくると
若いころに、自分がちょーーアホなことをしていたことを
忘れる人も多い。

 

そして、それを怒ってくれたり、怒りもせずやんわりたしなめてくれた
優しい大人たちがいたことも、うっかり忘れてしまう。

「若者なんか、無知で無謀でおろかなものだ。」と知っていて、アホな若者を
やさしく導いてくださった人生の諸先輩がたがいたこを忘れてしまうのだ。

 

もし本当に、その時代の「若者たち」がなっとらんとしたら、
その次代の大人たちが「なっとらん」からだ。若者は大人の模倣と
大人への反発で成長してゆくのだから、大人がアホなら若者もアホになる。
自分の「若者に物を教える能力の低さ」を反省せず、若者を責めるのは
賢くない歳のとり方だと思う。

 

自分に自身がつくのはいいことだが、
だからといって「傲慢」になっていいということではない。

 

例えば、池上彰さんでさえも「最近の言葉づかいは乱れている。」と
よく、なげいていらっしゃるが、「言葉」なんて新しい言葉が生まれて
古い言葉は死んでいくものなのだ。日本人の90%が間違った言葉づかいを
10年続ければ、それは正しい日本語となり、辞書にのるのだ。
池上彰さんほどの人が、それくらいの柔軟性がないのは、ちょっと、さみしい。
ま、「ジャーナリスト」という職業がら、しかたないのかもしれないが。

 

私も日常で、「ちょーーうけるーー」とか、頻繁に言う。
若い人と話すには、結構便利なのだ。距離がグッと縮まるから。
本音を聞き出すには、とっても便利。

 

現在、美しいとされている日本語も、実は
「平安時代のコギャル」が生み出した言葉だったりするらしい。そう考えると、
コギャルの「言語創造能力」って、いつの時代も高いのだな~と感心さえする。

お前が言うな!感がただよう記事になって、すいませんねー。

 

そういうことを知りたい方はこちらのマンガで。
平安時代のコギャルの話は2巻めだったかも。(忘れた。)
人気すぎて、シリーズ4まで出ている。