読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

執念や執着が、どんどんなくなっていく

【前回の記事】捨てた本を何回も買い直してしまう性格

 

そもそも、アパートの部屋に鍵をかけていませんでしたから。

みんな勝手に家に上がってきました。

今はさすがに鍵はかけますが(笑)

 

ただひとつ言えるのは、私にはお金も物も男も、

捨てるものも、失うものも何もなかった。

そして、今の私にも 捨てるものも、失うものもない。

実際にはあるのかもしれないし、

今日、今の現実として 物やお金が少ない不安もあるはあります。

物も、お金も、男も、期待したところで、

自分を満足させてはくれなかったし、

最終的には、今日、目を閉じたら明日は目が覚めないかもしれない、

と、毎晩、眠りにつくようになりました。

 

ふっと、明日、私は「無」になっているのかもしれないという恐怖が

特に、就寝時には襲ってくるときもありますが、その時は

「愛している」「信じている」「私は大丈夫」「あなたは大丈夫」

「生きて!」「生きて!」と、大切な友人たちの顔をひとつひとつ

思い浮かべながら唱えるのです。

 

あるいは、口から「愛している」「信じている」という言葉は

こぼれだしてしまうことさえあって、傍からみたら

とっても、気持ちの悪い寝付きだと思う(笑

誰にも見られていないから大丈夫だけどね-☆

 

人生の早い時期に寝たきりの時期を過ごしてしまったことで、

自分の肉体も感情も、全て、なくなるものだと実感してしまったから、

全てのことに執着を喪失してしまったのです。意味がないと。

40代で、ここまで、執着を喪失してしまったのは、

早いほうかもしれませんね。普通は60代、70代なのかも。

 

一回りも年下の男とうっかり結婚して、

私の人生に巻き込んでしまったことを申し訳なく思っても

いずれ、 「もう、これ以上ららの人生に巻き込まれるのはゴメンだ!」と

私の元を去っていく夫の姿も想像できているのです。

夫のほうは逆に、私が彼の元を去って行くと思っているようですが。

 

その時は、一悶着あるのかもしれませんが、

そのほうが私としても罪悪感が少なくていいかなぁと思ったりして、複雑です。

捨てられる覚悟もなく人を愛するなんて不可能なんだと思う。

 

それでも、今置かれている状況で最善を尽くせない人は

なにをやってもうまくいかないと思うのです。

逃げたら、逃げぐせがつくだけなのです。

向き合って、向き合って、向き合い続けたら

勝手に状況は変わってくれるのだと、今の私は知っているのです。

やりきった人間を責める人は誰もいません。

仕事だって、結婚だって、病気だって、なんだって、そう。

 

責めるとしたら愚かな人たちです。

そんな人達にかまっている時間が残されているのですか?

生きて死ぬ智慧

木を植えた男

僕を探しに (下記参照)という本を読んでください。

 

完璧な人間などいません。

完璧な成功もなければ、

完璧な夫婦もいなければ、

完璧な親も、完璧な子供もいません。

ただ、その時その時でベストを尽くしたか?

私にとってはそれしかないのです。

 

行き当たりばったりで、

本当にバランス感覚に欠けた無謀な人生だと思うのですが

この生き方しか出来ないのです。