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女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

人間が生きる意味

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**2009年に書かれたものです。**

 

ここ10年は働いたり働かなかったりで、

最近は全く動けなくなって布団から出られない、

声が出せない、目が見えない、耳が聞こえないという無の世界にいました。

詳しく言うと、うつ状態とそれからくる自律神経失調で

横になっている状態から起き上がるのがつらくて、

トイレと水を飲む以外は横になっている状態でした。

 

さらに、人に会うこと話をすることができず、

何カ月も言葉を発する機会がありませんでした。

また音と光に過敏になって、

目を閉じていても明るさが少しでも感じられると、

瞼をとおして感じられるわずかな光でさえ不快で、

耐えられなくて物も見られませんでした。

 

また、猫が飛び跳ねる音でさえも気分が悪くなるので、

耳を常にふさいでいました。

目と耳が隠れるように、頭にバスタオルを巻いて

横になっているという状態が何カ月も続きました。

 

音楽なんてもちろん聞かれないし、

テレビなんて音と光の両方だから刺激が強すぎて、とても見ることはかなわず、

もちろん本を読む集中力もなく、ただトイレに行くか、水を飲むか、

外に出られそうな時は食料を大量に購入して備蓄しておくかという感じでした。

 

私がそういう状態だと知っている友達が1週間に1度くらいは電話をしてきてくれて、

「食べ物買えてる?買えないようだったら、買っていくよ。」なんて

言ってくれたりしていた時期もあったのですが、

状態がひどくなると、 そういった電話の呼び出し音も嫌だし、

どんなに好きで大切な人であっても、

誰とも話したくないので

電話がなっても無視してしまったりしていました。

 

全く「無」の世界で、精神だけが研ぎ澄まされてゆき、

このまま考え続けたら私は狂ってしまうのではないかと思っていました。

また、何も社会に貢献できていないという罪悪感から

生きているだけで申し訳ないという気持にもなりました。

 

だけれど、私の本を読んでくれた人から、あの本を書いただけで

社会に貢献していると言ってもらったり、般若心経と出会ったことで、

なんというか悟りに近いものを得ました。

 

中学生のころにビッグバンを勉強して以来、宇宙と人間って同じじゃない?と

思うようになっていました。

おんなじ、つぶつぶでできてるんだから

アメーバも宇宙も人間も全く同じじゃない? ということです。

般若心経では「宇宙は粒子に満ちています。粒子は自由に動き回って、

形を変えて、 お互いの関係の安定したところで静止します。」

というようなことが書かれています。

 

簡単にいえば、全てがあるべきありようで存在しているので、

そのままでいいということです。

 

分かるかな?

 

そして、無の状態が長くなると

生きていても死んでいても あまり変わりはないと思うようになりました。

だからといって、死にたいとか、 生きていることに意味がないとか

そういうネガティブな考えではなく、

せっかく生きているという状態であるのだから、

いま目に見ることのできるもの、

感じられるものを精いっぱい大切にしていこう

という考えを持つようになりました。

 

手塚治虫も、アメーバも宇宙も一緒というようなことを

「火の鳥」で 書いているし、

彫刻家のイサム・ノグチも、空間は自分で、自分は空間だ

みたいなことを言っていましたし、

岡本太郎も似たようなことを言っていました。

 

人がたどり着くところはみな一緒なのだと感じました。

何言ってるんだろうね、あたし・・・

 

■上記の般若心経のくだりはこの本からの引用です。