女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

般若心経は音楽です。研究者たちへのエールとして書いてみた

般若心経は、すなおに、まっすぐに聞くものです。

そこに、少しでも理屈で読み明かそうとか、

批評を加えようとする気持ちが入る時は、

間違った読み方をしている時です。

 

般若心経は博識で優秀な方たちは、みな好きだと言います。

短くて、文章も詩的で美しい、美しすぎる。そして、的確。

こんなにも、短くて、美しくて、的確な経典をみたことがありません。

チベット語で般若心経を聞くのが好きだという人もいます。

でも、私は日本語できくほうが好き。

 

あらゆる学問はここにたどりつくでしょう。

そしてまた、研究者たちは何度失敗しても、

これを読めば研究に挑戦できるでしょう。

研究職は開拓者で、正しい道はなく、自分が道を開拓するのです。

 

そこが砂漠なら、自分が最初に踏み固め、

その後を続く人たちが踏み固めるから道になる。

そこが草原なら、自分が最初に歩き、草を踏みつけ、殺し、

その後を続く人たちが踏みつけ続け、二度と草が生えない道にする。

 

そして、だれもあるかなくなったら、また、タダの草原に戻る。

ただ、それだけなの。だけど、それは、とても尊いことで、

私達は死なせてもらえるまで、自分に挑戦し続けるの。

 

自分で死ななくても、勝手に死なせてもらえる時が来る。

だから、「死」は「おむかえ」なの。

みずから飛び込むものじゃない。

自殺未遂とかの、そういう抗議・復讐の仕方は壮絶だけど賢くない。

それは、周囲の人たちを精神病にするだけ。

復讐というエネルギーは、エネルギーとしては小さいよ?

 

人間がもっとも強いエネルギーを放つ時は、許して、受け入れたとき。

もしかしたら、それを「」と呼ぶのかもしれません。

般若心経は、音を楽しむ音楽でもあると思います。

 

あるいは私にとっては般若心経はすばらしい歌詞を持った「歌」でもあるのです。

ですから、ボサノバ風、ワルツ風なんかの般若心経もあってもよさげ。

と思っていたら、ロック調、ラップ調、ポップ調、は、もうすでに

ネットに多少落ちてました。 

 

なので以下にyoutubeで拾ったのを置いときますね。

私はシンプルにお坊さんが唱えているお経が好きですが、

だれかボサノバ風とか作って欲しいなー。

聞いていると、落ち着くし、いやされるぅーーーヘ(゚∀゚*)ノ

 

 歌ってみたけど何も悟れなかったそうで…(笑

初音ミクバージョンもステキ