女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

やってみれば?*愛はかげろうのように

シャーリーンの「愛はかげろうのように」
でも聞きながら、どうぞ。

 

自分の中にある満たされないものを埋めるために

恋をしてみるのもいい。結婚をしてみるのもいい。
仕事に夢中になるのもいい。女友達と毎日ベタベタしてみるのもいい。
不倫をしてみてもいいだろうし、離婚をしてみればいいと思う。
本当に、その時にどうしてもそうしたかったのなら。

そうせざるをえなかったなら。

 

誰かを傷つけて、誰かに迷惑をかけてでも
やってみたいことがあるならやってみればいい。
バランスをとって生きる人生なら
器用にバランスをとって生きればいい。

 

この生き方は自分の生き方ではない。
この言葉は自分の言葉でないと思うのは辛い。

 

でも、自分のやりたいことをやるためには
勝っていかなければいけない。
勝たないと自分のやりたいことはできない。
そのためには必ず、誰かを蹴落とし、誰かを犠牲にする。

 

犠牲をいとわずに戦えますか?
男も家族も犠牲にして戦えますか?
そして、犠牲にした相手に恥も外聞もなく謝りに行けますか?

 

私は自分自身がやり散らかした人生なので
やり散らかす人を責める権利はないし、
むしろ、やり散らかす人を養護し、その過ちを一緒に、あるいは
代わりに謝ってあげなければいけない立場にあると思っている。
その義務を負っていると思っている。

 

だけど、私にできることは、
せいぜい、おじさんみたいなおばさんとして
関わった人にできるかぎり親切にするという程度のこと。

それに気付かされたのも、
また、天から与えられた運命なのかもしれない。
支えてくれた人たち、教えてくれた人たち、
本当にありがとう。

 

私は、きっと本当の自分にたどりついた。
だから、あとは本当の自分を生ききるだけなのです。

 

ただ、死ぬまで苦しみはなくならない。
誰の人生にも。だから、助けあって生きていこうね。
みんな、大好き!