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女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

もう、面倒だからプレゼントは「お金」でいいじゃん?

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 しばらく前に、「出産祝いで頂いて困る物」というような趣旨のブログの記事が人気を集めていて、「人様がくれたものにケチをつけるような人はやだ」みたいなコメントが入っていたりしました。

 

 もちろん、お祝いしてくれる気持ちが嬉しくない人なんていないと思うんです。でも、贈り物って「物」ですから、相手の好みとか、相手の欲しいタイミングが分からずに贈ったり、贈られたりするのって、迷惑だと感じるのは、仕方がないことだとも思うんですよね。家の広さには限りがあるし、自分の趣味趣向にこだわりがあって、なおかつ義理堅い人は、自分の好みじゃない物をもらっても、捨てるわけにもいかないしって、なると思うんですよね。

 

ですから、私は

1 数十年来の旧知の友人なら好みのものが分かるから、先方の好きそうな物を贈る

2 相手のことをしっかり分かっていないときは、現金、または商品券を贈る

この、2点張りなんですよね。

 

 先日も、20年以上の付き合いで、まあ5年に一度くらいしゃべるか、しゃべらないかだけど、気にかけている後輩の男性(40代)が結婚したので、もう、彼が今、どういう状態で、今の好みがどんなふうなのかは知らないから、さっくり、現金をのし袋に包んで、昔ながらのやり方で郵送しました。

 

 私、日本の、この現金をプレゼントするっていう習慣がけっこう、合理的で好きなんですよね。たいして知りもしない相手で、何の情報源もない人に「物」を贈るって、結構ギャンブルな気がするんです。

 

 贈答品といえば、石けんとかハムとかで、あって困るものではないからと、消耗品や食べ物を贈ったりしていた時代もありましたが、今は受け取り手側が「固形石けんではなく液状ソープがいいから、これ、いらない。」なんていう時代ですから、無難な贈り物というのがなくなってきちゃってるんですよね。巷に流通する商品の種類も多くなったし、好みも多様化してしまいましたから。(ちなみに私は、いらないなら、ちょーだい派です。)

 

 田舎のほうなら、親戚の子が結婚なんてしようものなら、平気で30万円~50万円とか包むんですよ。本当に。で、そういう時の「祝儀袋」は上の写真みたいな貧相な祝儀袋(3~5万円用)ではなく、もっと、立体的な鶴とか亀とかの水引の入った、3000円から10000円の祝儀袋で贈るんですね。

 

こういうのなんですけど。これで1万2千円くらいです。和紙も上等な物を使っていて水引も、きっと、一つずつ手づくりなんでしょうね。それで、結納の時なんかの袋は3万円とかしたりするんですよ。古いタイプの儀式をする家柄なんかだとね。

 

私のように生まれも育ちもビンボーな人から見ると、「え、そこまで体裁にこだわる?」と、思うふしも無くはないんですけど、お金を出せる人は体裁にこだわって、こういう美しい袋を作る文化や、多額の現金を贈る文化を維持してほしいなーとも思ったりするわけです。

 

 自分には関係のない世界だとタカをくくっていて、他人事だからそんな、のんきなことを言っていられるワタクシなわけですけどね。体裁を気にしなければいけない立場の人達は、「また寿ビンボーだよー。」「離婚した奴は金返せー。」とか、言ってますからね(笑)もちろん、冗談で言ってるだけなんですけどね。

 

 もう、勝手に相手が欲しいものを「察して」贈るなんて面倒なことはせずに、「現金を贈る」という文化があるわけですから、それをうまく利用して、うまく立ちまわるほうが賢いと思うんですよね。

 

 相手が何か困っていそうだなーって思ったら、ぽち袋に「寸志」とか書いて、そっとテーブルの上に置いて、ささっと差し出せばいいと思うの。有用性が高いから続いてきたシステムなんでしょうし。もう一度、こういった文化を見なおしてみるっていうのもいいと思うんですよね―。