女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

大学教授にほめられるフリーター

私は、基本的にアルバイトばかりしていました。

働いた先で、正社員にならないかと言っていただいても、

拘束時間が長くなるのがいやで、お断りしていたという贅沢者。

派遣や、嘱託までしかやらなかった無責任女。

 

飲食業や役所でのアルバイトをメインに外国人につく単発の観光ガイドや

精神病になってからは試飲試食のデモンストレターをやったり。

どの仕事でも真面目にやり、成果もあげるので、

正社員にならないかとおっしゃっていただいたり、

試飲試食のアルバイトでも、

社員の人が行き帰り車で送ってくれるようになりました。

(普通は自力で電車やバスを乗り継いで行く。)

 

生活に疲れたら、外国に観光ビザで渡り、

友達の家に数ヶ月転がり込み、

毎日、ご飯まで食べさせてもらったり、もう無茶苦茶。

よく、こんなんで親もいないで生きてきたなぁって

自分の運のよさに感心しちゃいます。

 

ある、知人の飲食店で大学時代のゼミの先生ばったり遭遇したことがありました。

 

■「あ。◯◯先生!」

 

☆「あ、君は。今、君どうしてるの?」

 

■「今、働いてなくて、ぶらぶらしてます。あ、学生時代に先生が、君は外国に一回は住みなさいっていってくださったから、外国にすみましたよ。実は先月まで、また3ヶ月ほど外国の友達のところに転がりこんでたんです。」

 

☆「え、外国に3ヶ月って、生活費は?」

 

■「え、友達のところに居候させてもらって、ご飯も食べさせてもらってたんで、生活費は必要ありませんでした。遊ぶお金だけ持って行きましたけど。」

 

☆「君は。すごいねー。どこででも生きていけるんだねー。たくましいねー。」

みたいなことを言われたので、

 

■「いやいやいや。◯◯先生のほうがすごいですよ。学部長におなりになったそうで…」

 

☆「いやいや、僕なんか勉強しかできない人間だから、どこででも生きていける君のほうがすごいよ。」

 

って、年配の国立大学の学部長が、まだ20代の私におっしゃってくださったのです。謙虚って、こういうことを言うんだなー、って、その先生から教えていただきました。

 

それから驚いたことに、別の国立大学の教授になった学友も、また、

「俺は勉強しかできないから。

 ららちゃんはすごいねー。

 たくましいよ―。」と、お世辞を言ってくれたのです。

 

いや、今、考えれば、本音も半分だったのかもしれない。

 

もう、正直な話を書くと、多分彼らは私の素行が本当にうらやましかったんだと思うんです。いつ引き払ってもいいような、風呂無しの2万、3万のアパートに住んで、仕事がいやになったらやめて、外国にとんずら。真面目に会社員とか、公務員なんかをやってる人達からみたら、そりゃ、本当に羨ましかったのかもしれない。

 

今考えれば、自分一人だけを養えばいいなんて、本当に気楽だった。あの時はあの時で苦しかったし、私がふわっふわ外国に逃避行している間に、学友たちは就職し、足場を固めていった。外国から帰った私は浦島太郎。置いて行かれた感に押しつぶされそうだった。私はなんて馬鹿者なのだろうと。

 

だけど、彼らには彼らの苦しみがあって、本当に、学問で食えなくなったらつぶしがきかないって、コンプレクスを持っているのかもしれない。そういったことは私にはちょっとわからないけれど、私は彼らをリスペクトしていて、彼らは私のような間抜けな人間にでさえ、リスペクトの言葉を絞り出して、かけてくれるのです。

 

仕事に貴賎なし。掃除のおばちゃんだって、警備員だって、飯を食うためならやるよ?と思っていたら、意外とそういう手段ではなく飯を食っているという不思議さ。

 

 立場や職業に関係なく、生きることの難しさを知ったものどうしは、やはり尊敬しあうべきなのだろうし、お互いに尊敬の気持ちを素直に口にだせるような、そんな平和な世の中であリ続けてほしい。そして、自分と違う生き方をしている人達にも、寛容で理解のある社会であってほしい。