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女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

私の青春*ニュー・シネマ・パラダイス【ネタバレぎみ?】

どーしても、今すぐ、ニュー・シネマ・パラダイスを見たくなってしまって

huluの2週間無料キャンペーンに申し込んでしまった。

 

ニュー・シネマ・パラダイスは私の人生を決定づけた映画。

その当時、私は親にかくれて大学受験し、合格し、

生まれた街を捨てて、親を捨てて、新しい街に住み始めていたところだった。

 

私はまだ、10代だったのかな。

生まれて初めてできたボーイフレンドと見た

生まれて初めてのイタリア映画。

なんだか、青春ぽくていいね。

 

この映画は、何回も、何回も映画館に見に行った。

自分のなかの一部になるくらいまでに、

自分に染み込ませたい映画だったのかもしれない。

この映画を映画館で見られることは、もう一生ないのかな?

と思うと、とても残念。映画館で見てこそ、価値のある映画だから。

 

「自分のすることを愛せ」

私は、当時、自分を愛せなかった。

だから、この一言がどれだけ救いになったか分からない。

 

一つの街で生きて、老いていく人達。

私はいくつかの街で暮らしたけど、それでも

生きて、老いて、死んでいくということには変わりはない。

 

暮らす場所が変わっても、やることが変わっても

人生の中では

「自分のすることを愛せ」

ということが、全てなんだと思う。

 

若い頃、私は、トトに自分を当てはめた。

何もない片田舎で朽ち果てていく自分は想像ができなかった。

夢と希望に満ち溢れていたかった。

 

恋もした。

だから、女王と兵士の話も少しばかり分かるの。

男の人は99日目でいなくなってしまうって、

そういう体験も少しばかりあった。

 

若いころ、トトの若さに自分を重ねたと同時に、

アルフレッドや、トトのお母さんのような、老人になりたいと

理想の老人像まで出来上がってしまった。

 

何もかもが移り変わり、私は、また住む土地を変えて、

新しい人達に出会い、別れて、を繰り返している。

 

私はアルフレッドの

「話すのも黙っているのも同じだ。」という言葉

「ムラをでろ、ムラを出たら長い間帰ってくるな。」という言葉が

数十年前の当時から心に突き刺さっていて、

今も突き刺さったまま。

 

トトは30年、村に帰らなかった。

私も父親と母親の葬式以外は生まれた町には行かなかった。

 

「人生はお前が見た映画とは違う。

 人生はもっと、困難なものだ。

 行け。お前はまだ若い。」

 

アルフレッドは言った。

 

それと同じように、大学時代のゼミの先生が、

「君は1度は、外国に住みなさい。」

と言ってくれた。そして、実際に外国に住んで

広い視野を手にいれた。

 

私にとって広い視野って何だったかというと、

結局はどこの国に住んでも、どんな新しい町で

どんな新しいことをしようと、どこの国の人と話しても、

人がたどり着くところは一緒だっていうこと。

一通りの人生の荒波に揉まれれば、同じ境地にたどりつくんだろうなって。

 

アルフレッドのように、シチリアの片田舎に暮らしたことしか無くても

とても器の大きな人間になれる人もいれば

私みたいに外国にまで行かないと、人生の機微がわからないほどのマヌケで、

遠回りばかりする愚かものもいる。ほんと、人生って面白い。

 

私はニュー・シネマ・パラダイスの大人たちのように

賢い大人になれるだろうか?

若者たちは、自分の人生を一途に後悔なく生きられるだろうか?

 

そんな、センチメンタルな気分になった、私の思い出の映画。

 

※完全版のほうが、もっと、大人の味わいのあるよい映画ですので、

 完全版と合わせてみていただきたいです。