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女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

愛の戦士と勘違い主婦

私はかつて、人間に失望しきった。

私はかつて、人間に幻滅しきった。

それは、他者に感じたことでもあり、

自分自身に感じたことでもある。

 

人間の傲慢、愚かさ、残酷さを見るにつけ、

自分の命がまだ、残されていることを、不思議に思い、

感謝もする。

生き残った私と、失われた命の間には、何の違いがあったんだろうって

時々、感慨深い気持ちにもなる。

 

この歌は、「愛の戦士」という歌なんだけれども、

愛さえあれば、争いごとや戦いなどなくなると思ったら大間違いで、

むしろ、人は愛の為に戦ったりするから、タチが悪い。

 

愛とか、正義とか、自由とか、そんな面倒くさい概念なんて

ないほうが平和なんだろうなって、時々おもう。

結局、利権とそういう概念が相まってしまうと、ろくなことが起こらないって

なんだか、そんな感じがするから。

 

私は面倒くさがり屋で、

人間関係の数だけ面倒なことが増えると思うタイプなので

コミュニティ自体をものすごーく狭めて生きているので

アルプスの少女ハイジのオンジみたいな偏屈になってしまった。

 

だけど、たまに、本当に「愛の人」みたいな人に合うんだよね。

そういう、「愛の人」みたいな人達は、

この歌みたいなドラマティックな愛ではなく、

淡々と、日々の自分の仕事や、生き様の中に愛を織り込んでいるんだよね。

「愛」というものがあるとするならば、それは派手なものではなく、

地道な活動や、営みの中にあると思うんだよね。

 

私は冷たい人間なので、そういう人達の情熱や、自制心に

いつも感心しながら、脇でじーっと観察しているの。

そして、人の献身の偉大さや、人の人生のはかなさに、

涙がでちゃったりする。

 

人間だから、心がすさんだり、荒れたりすることもあって当然だろうし、

だけども、体制を立てなおして、また生き直すことだって、

この豊かな日本なら、できるんじゃないかと、甘いことを考えてしまう。

 

この歌の歌詞にもあるけど、

「愛こそが、たったひとつの正しい答え」って、

思えなくないのは、私がずっと貧しかったから、

タカられる側ではなく、与えてもらえる側だったから。

 

友人、知人からも、社会からも、与えてもらった立場。

だけど、与えてもらったんだから返したいなんて、

おごった考えを持ってしまったことに間違いがあったと思ってる。

そこで、私は行き詰った。

 

誰かにもらった愛を、誰かに返せるほどの知力も体力も

自分にはないことに、最近、気づいちゃったの。

自分は無能なのに、人様のために何かができるかもしれないと、

勘違いしちゃったとこに、おごりや傲慢さが生まれたと

反省している。とんだ、勘違い主婦。

 

だから、もう、だれかに恩返ししたいなんて考えない。

ただ、今与えられている主婦業という仕事を

淡々と、不平無く、こなしていこうと思う。