女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

死ぬのが怖いと思った時に出会った本

 

 

 過去の私の病状はこんな感じでした。

 

(東日本大震災よりもずいぶん前に書かれた記事を、こちらにお引越しさせました。)

 

日本人はクリスマスを祝い、年末には除夜の鐘を聞き、年明けには初詣に行くくらい宗教に節操がないと言われて久しい。人間、よっぽどの苦しみにさらされないと宗教なんかに頼らない。逆に言えば、耐えがたい苦しみにさらされた時、人は宗教に頼るのだ。

 

私は、周囲にクリスチャンの人が多くてキリスト教の考え方については その方たちに色々と教えてもらった。あとイスラム教徒の彼氏がいたことが あったので、イスラム教の考え方もその人に教えてもらった。 (過激派はごくごく一部。普通のイスラム教徒は人畜無害ですよ。) 仏教は瀬戸内寂聴さんが好きなので、寂聴さんの本で細かい事は知った。

 

でも、その時はまだ元気だったころで「生きる知恵」的な宗教的知識しか 身につけていなかった。 だが、その後、体も心もひどく病んでしまい、 「今日、眠りについたら、明日は目が覚めないかもしれない。」という時期が 結構あった。最初は「死」が怖くて怖くてたまらなかった。 仏教では「極楽」があるなぐさめてくれるし、キリスト教は「ヘブン(天国)」があると、なぐさめてくれる。

 

だが、自分が実際に毎日毎日、ひどい激痛にさらされたり、あるいは、意識を失っている時間が多くなってくると、「死」って「無」じゃん?としか、思えなくなった。何が極楽だ!何がヘブンだ!死は無だ!あたしなんか死んだら燃やされて灰になるだけじゃん!消えてなくなるだけじゃん!というとこまでいった。

 

その時に出会ったのが「般若心経」。人も物も最初っから存在なんかしていない。人もものも最初っから最後まで「無」なのだと書いてある、すごい経典なのだ!これにはすごい納得した。そして、「死」は怖いものではなく「生」と同じくらいに自然に、当たり前に、そこにあるものだと感じられるようになった。そして、楽になった。

 

これは死にかけたことのある人にしかわからん境地だ。

 

NHKでも「心の時代」という番組で、キリスト教、仏教、神道などの宗教家がいろいろ語る番組がある。こんなものを見る人は、さらには、こんなものを見て心に響いてしまう人はよっぽどひどい状況に立たされている人か、もう、かなり近い時期に「死」が確定してしまっている人だ。

 

だが、「般若心経」をものすごくわかりやすく書いた「生きて死ぬ智慧」という本が、爆発的に大ヒットした時期があって、え!「般若心経」が心にしみる人ってそんなに多いの?とびっくりした。日本人も意外に苦しんでるんだーと。

 

実は、この本は宗教学とは全く関係ない「生命科学者」の女性が書いた本。この女性、何十年にもわたって原因不明の難病に苦しめられ、人工的な管や装置なしには生きられない状態にまでなっていた。「たのむから死なせてくれ。」と家族に頼んでも、「お母さん、お願いだから生きていて。死なないで。」と子供に泣きつかれて、苦しくても苦しくても生きていなければならない状況に置かれていた女性なのだ。

 

死んでもおかしくないのに、死なせてもらえないのも結構苦しいのだ。

 

私も30代に、何回か死にぞこなった。一人暮らしで親族もなく、おんぼろアパートでただ、一人で天井を見て寝ているだけ。「もう、いい加減、死なせてくれ。。」というような感覚だった。夫と知り合ってからも、夫におむつを替えてもらったこともある。(幸い、今は少しばかり家事ができる程度には元気になった。)

 

そこで、彼女が出会ったのが「般若心経」。彼女はこの経典を最も正しい形で翻訳した。そして出版した。それが「生きて死ぬ智慧」だ。彼女自身が「なぜ、こんなにも正しい翻訳を出版できたのか?」とインタビューで聞かれた時に、「私は宗教界と関係のない生命科学の学者だったので、宗教界のしがらみと全く関係なく翻訳できたからです。」と言っていた。

 

私は、この本に救われた。いまだに、「死ぬのが怖い。」「自分の生きている意味はなんなのか?」といったような「迷い」は生じる。人間、生きていれば、そういった迷いを持つものだと思う。だけど、今の私には、般若心経がある。最近は、写経や読経も試みている。そうすると、なぜかしら、心がおちつくのだ。

 

 あなたが宗教に頼らざるをえないくらい苦しくなった時は、ぜひこの本を読んでほしい。

生きて死ぬ智慧 [ 柳澤桂子 ]

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