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女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

お久しぶりです

お久しぶりです。春先から、季節の変わり目のせいか、起き上がれない日々が続いておりまして、できる範囲で家事などをやりつつ、まったりすごしております。

 

数か月、ブログを更新していないにもかかわらず、最近、立て続けに読者登録をしてくださる方が何人かいらっしゃり、ちょっと、おどろいています。

 

もともと、リアルでつらいことがあって、ストレス発散と悪ふざけのために立ち上げたこのブログなので、もうそろそろ消そうかなと考えていました。でも、読者の方が増えると、名残惜しい気持ちになってしまうのも事実。

 

子供のころに、父親からの暴力や育児放棄、貧困から、「20歳までは生きていないだろう。」と思っていた私。実際20歳まで生きてしまうと、今度は「40歳までは生きていないだろう。」と、漠然とした人生への畏れを、「死」が解決してくれることを期待していました。自殺をはかったとか、そういうことではなく、人間というのは、もう、どうにもこうにも生きられなくなったら、勝手に「死」が迎えにきてくれるものだと思っていました。

 

でも、案外、人間って丈夫なもので、簡単には死なないみたいなんですよね(笑)おばあさんに片足つっこんだおばさんになってみて、まさかこんなに長生きできるとは思っていなかったと、驚いています。それと同時に、急に、どう生きていいかわからなくなってきました。献身的に支えてくれる夫がそばについてくれているのに、寝たきりのことが多く、ぽつぽつと料理を作るだけの私。むなしい、むなしい、生きることが怖い、と思うのは、うつの症状なのでしょうか。

 

「40歳まで遊べるだけ遊んで、40歳で俗世と縁を切って尼になる!」

と、10代の頃からみなに吹聴していたのに、40を過ぎても俗世と縁も切れず、俗物的な悩みで、右往左往している。そんな自分がおかしくて、少しだけ自分をあざ笑ってしまった。

 

歳をとると、毎日を丁寧に生きているだけで美しい。だから、一言ブログや、野菜の成長日記、日々のなんでもない幸せや楽しみをつづったブログを毎日のように続けている人が素敵だと思える。若いころにはなかった感覚です。今日は少し調子がいいので、丁寧な毎日をすごす人たちにあこがれつつ、明日からの夫のお弁当の下ごしらえに励みたいと思います。