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女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

老後のために2000万円を貯金していたのに、老後が来なかったお話

エッセイ

 ある知人(女性)のお母さまが、地方の小さな町で、お風呂もないような古いアパートに住んでいました。知人も田舎の小さな町の出身で、地元には仕事がないため、都会に住まざるを得ませんでした。知人は月収10万程度のワーキングプアで、お母さまが病気で倒れても、とても、引き取る余裕はありませんでした。知人は病気の母が銭湯通いでは、あまりにかわいそうだと、なけなしの貯金をはたいて、お母さまを1Kのバリアフリーのマンションに引っ越しさせ、少しばかりの仕送りをしていました。

 そうして、お母さまはしばらくして亡くなったのですが、なんとタンスに2000万円の貯金(通帳)を残していたのです。知人が言うには、お母さまは海辺の小さな町からほとんど出ることはなく、バスや電車に乗って遠出することなんて、年に1度あるかないかの生活だったそうです。そうして、「老後のために貯金しなきゃ」と、よく口にしていたそうです。

 お母さまは、知人が小さいころに離婚して以来、遠い親戚が経営する小さな田舎の病院で給食員として働いていたそうです。子供は父方が引き取り、再婚はせず、生涯、一人暮らしだったそう。フルタイムの正社員でしたが月給は8~9万円で、定年の時に、やっと給料が10万円に達したと喜んでいたそうです。いつの時代の話だと思われるかもしれませんが、これは平成の時代のはなしです。田舎では、正社員でも月給が10万円を切ることザラにあるようです。

 その、お母さまに40歳のころ、転機が訪れます。勤め先の病院を経営する遠い親戚の院長が、「あなたは、これから一人で生きていかなければいけないのだから、学費は私が出してあげるから、看護学校に行かないか?」と、提案してくれたのです。住むところは、病院の宿直室を無料で貸してくれて、その代わりに学校から帰ったら、住み込みで当直をしているベテラン看護婦の手が足りないときに、補助として、病院の手伝いをしてほしいとの条件だったそうです。

 ここで、彼女の人生が決まりました。彼女は「私はもう40歳ですし、今から勉強なんてとても無理なので。」と、せっかくの申し出を断ってしまったのです。ここで、一生、8~9万の給料で暮らすという人生が決定してしまったのです。ですが、その院長はとても人柄の良い人で、「給料があまりに少なくて申し訳がない。」と思っていたらしく、院長に「家賃はいくらだ?」と聞かれたので、彼女が「21000円です。」と、答えると、「じゃあ、その家賃分、僕が出してあげよう。」と、毎月2万円を自分のポケットマネーから支払ってくれるようになったのだそうです。もちろん、親戚ですから、色恋や愛人といったたぐいの話ではありません。

 彼女は、盆も正月もなく入院患者のために給食を作り、食事は病院の給食の残りを食べ、風呂なしのアパートの住んでいたため、風呂は病院のお風呂を借り、というふうに、日常生活にお金はほとんどかからなかったそうです。

 そうして、根っからの貧乏人である彼女は、とくに洋服を欲しがるわけでもなく、旅行をしたがるわけでもなく、かといって、文化的な趣味があるわけでもないので、本を読んだり、映画を見たりするわけでもないので、本当にお金を使う機会がなかったそうです。

 ある町で育ち、ある町で学び、ある町で働き、ある町で死んでいく、という、広がりや流動性のない人生は、「こんな夢をかなえたい」とか、「将来はもっとキャリアを積んで、もっと稼げるようになるはず」といった、野望を失わせていくのでしょう。コツコツと、ただ、コツコツと与えられた仕事を毎日こなし、休みの日は、たまった家事を終わらせ、テレビを見て笑う、そして、死んでいく。それが、彼女の人生だったそうです。

 知人のお母さまが亡くなったのは70歳。もっと長生きするつもりで老後の資金として2000万円も持っていたのでしょう。知人が言うには、「あの、文化も娯楽もない小さな町で、一体、何を楽しみに生きていたんだろう。」というような人生だったそうです。老後のために、老後のために、と爪に火をともすような生活をしていても、実際には老後が来る前に死んでしまうなんて、なんて皮肉な人生の終わり方でしょうか。

 
知人は言っていました。
「私は母のような人生だけはいやだと、都会に引っ越してきたのに、
 結局、母と変わらない人生を送っている。」と。

 知人は2人兄弟だったので、お母さまの遺産の半分の1000万円を手にいれました。ですが、彼女は非正規雇用で月収10万円程度のワーキングプア。そして、30代で独身。「貯金が一千万あろうと、二千万あろうと、生活に使い始めたらあっという間だよ。」「病気にでもなったら、一千万なんて、あっという間に生活費と医療費でなくなっちゃうよ。」

 と、悲しそうに皮肉っぽく笑う知人に、フリーターであった私も、他人事には思えなかったのを覚えています。

 

コメントに対しての追記

・ワーキングプアの知人は30代の時点では月収10万円程度ですが、20代では別の職場で、もう少し給料をもらっていたようです。18歳から働き始はじめ、お母様と同じような質素な生活をして、30代には数百万円の貯金ができていたそう。それを切り崩して、引越し代を支払い、仕送り(1万円)をしていたそうです。職場のまかないがあるので、食費があまりかからなかったのが幸いしていたようです。

・お母様の貯金の1千万は月々の給料とボーナスをほとんど使わず貯めた金額。残りの1千万はお母様のお母様(知人にとってはおばあ様)から遺産としていただいた500万円を昭和の一番金利の高い時期に郵便局の定期に入れていたら、半年複利で数十年たったら1千万円まで増えていた(お母様談)とのこと。

・一定以上の収入のある方にはお分かりにならないかもしれませんが、私が若い頃には給与が手取りで15万円なのに、親に毎月10万円仕送りしている子もいました。当然、私も「生活費はどうしてるの?」と聞きますよね。そうすると、仕事が忙しくて(泊り込みもしばしば)なので高熱水費はかからないし、彼女の会社の慣習で食事は先輩や上司が(給料の少ない)後輩におごるのが当たりまえとなっていたので、食費は先輩や上司が出してくれるので、アパート代だけ払えばなんとかなるとのことでした。

・類は友を呼ぶといいますが、貧乏人は貧乏人をよび、平成の時代でも風呂なし、トイレ共同の4畳半に住んでいる知人もいます。六畳1Kの部屋で夫婦二人暮らしをしている人たちもいます。

・心身ともに健康で、そこそこの収入のある方にはお分かりにならないかもしれません。ですが、何かの事情があり、少ない収入しか得られず、必要最低限の生活をし、収入にほとんど手をつけず、なんとか生活保護をもらわずに自力で生きてゆきたいと、地べたにはいつくばって生きているような生活をしている人たちがたくさんいるのです。それを、貧乏人の作り話などと言われると非常に不愉快です。

・ブログ村の節約ブログなどでも、夫婦二人で1年160万円で暮らしていたり、一ヶ月6万円(家賃1万円と書いてあったので、おそらく公営住宅居住)で暮らしていたり、洗濯機が家にない人もいます。以前は路上生活者の方のブログもありました。

・自分の周囲にいないタイプの生活スタイルの人の話をすると、すぐに作り話だというような視野の狭い発言をする人はとても苦手です。