女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

大切なことは大人たちから学んだ

 私はある時期、ある地域に代々続く名門の家柄の会社でアルバイトとして働いていました。市内の一等地に7階建ての自社ビルを持っている会社で、社内にレストランがあり、その部門で働いていました。その会社の社長は例えば「徳川」みたいな、名前を聞けば、すぐに古くて権威のある家柄なんだろうなと思わせる苗字で、社長仲間の中でも「あいつんとこは、代々大地主で、戦後みんな貧乏だった時代にお手伝いさんがいたくらい、学校でもダントツに金持ちだった。」と有名でした。

 

 そこでのアルバイトを気まぐれで辞めて、しばらくたってから、会社内で行われる決起集会の料理の調理と配膳の人出が足りないので、アルバイトで伝いにきてくれないかと電話がかかってきました。たまたま時間があいていたので、そのレストランにお手伝いに行き、決起集会の行われる会議室に料理を運ぶために、エレベーターに乗るとたまたま会長が乗り合わせてきました。

 

「あら、あなた(辞めたんじゃなかったっけ)?」

みたいなことを言われたので、(不法侵入者だと思われてもアレなので)

「決起集会で人が足りないのそうなので、手伝いに来ました!」

と、元気よく言うと

「まあ、わざわざ、ありがとうございます。」

 

と、70代の会長が30代でふらふらとフリーターをやっているぼんくら人材に、敬語で丁寧にお礼をいってくれたのです。何というか本当に家柄のいいおうちの人は、こんな感じなのかな?(天皇家みたいな、気品のある感じ。)と、漠然と思ったのを覚えています。

 

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の記事でも書いたように、私は若い頃に、このような賢い大人に出会うことができたことで、本当の意味での「礼節」「寛容」「謙虚」「対等」とは何かを学びました。

 

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で、書いたように私はお酒の席で断固としてお酌を断るくらい生意気で対等を要求する女でした。当時は、可愛げがないとか、感じが悪いとか、女らしくないとか言われていましたが、意外と社長・会長くらいになってくると、若い小娘が対等に話をしてくるのを面白がってくれて、飲食店で社長に会ったりすると「おっ、高円寺さん!一緒にお茶でも飲もうよ。」と誘われたりして、小一時間話し込んだりもしました。私が女であり、なおかつ考え方がおっさんだったから、そんなことが成り立ったのは、多分にあるとは思いますが。

 

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あと、こんな感じで、おじさん社長たちが集まる場で、一緒に世間話をしていたので、共通の話題があったというのも関係あるかもしれません。

 

 とにもかくにも、若い頃に、いろんな地位の高い人たちが(色恋沙汰もなく)対等に人として話をしてくれたという体験が今の私にとってはとても大切な体験で、彼らの当時の年齢に近くなった今、若い人たちと話をすると、いかにおじさんたちが若い人のほうに下がってというかレベルを合わせて話をしてくれていたかに気が付くのです。

 

「若い人に伝わるレベルで話す」ということは、ずいぶん創意工夫をこらさねばならず、非常に面倒で頭を使う作業です。絶対に埋めることのできない人生経験の差という壁がある中、同じ経験をしたことがない若者に対して、それを伝えることのできる語彙力と説明能力を考えると、やはり、あのおじさん社長たちは社会で社長を張ってるくらいの賢い人たちだったんだなぁ、しみじみと思うのです。

 

 そして、私は、時々、あのおじさんたちのように、謙虚に若い人たちと話ができているかなぁと、自分をかえりみるのです。