女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

女性と男性の受験機会は平等ではない

 

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 この記事が私のトラウマセンサーに引っ掛かったので、感想を書いてみる。

 

 大学受験は確かに、男女を問わず門戸が開かれている場合が多い。だけども、受験機会については未だに男女差別が横行していると思われる。

 

 私個人の恨みからいうと、我が家は徹底した男尊女卑の過程で「女は高い教育を受ける必要はない。」という家系だった。私には実は音信不通の男兄弟がいるのだが、彼は大学に行かせるのが当然だと思われていて、私は中学を卒業したら働けと言われていた。

 

 私はどーしても大学に行きたくて、親に内緒で国立大学を受験し、親に内緒で大学の寮に申し込み、内緒で出ていくつもりだったのだが、家に大学の合格通知が届いて、私の郵便物を勝手に開けるような親だったで、見つかってしまい、ぼこぼこに殴られた。男子が受かっていれば、お赤飯をたいて喜んでもらえるような大学に合格したのに、なぜ、こんな目にあわなければならないのか、と私は次の日に段ボール箱5個をタクシーに積んで、大学寮に家出した。そして、親からの金銭的援助は一切なく大学を卒業した。親から金銭的援助がないであろうことは、中学生時代から分かっていたので、高校に入ってからは、どうやったら自力で大学に行けるかばかり調べていた。

 

 親から大学に行く費用や生活費をもらえないことは分かって受験したので、その辺は全く恨んではいないが、奨学金をもらうためには親の所得証明が必要で、当時、それをもらうためには、親の何かの書類(ちょっと忘れた)が必要だった。私は、実家に行き、トイレの窓からこっそり侵入し、奨学金に必要な書類を物色していた。すると、父親とばったり出くわしてしまって、仁王立ちになって奨学金なんか受け取らせないと妨害された。あの時は、本当に腹が立った。

 

 私の例は、ちょっと極端だけど、地域や世代や家柄によっては「女は高等教育を受ける必要はない。」あるいは、「女が高等教育なんか受けたら、生意気に見えて嫁のもらい手がなくなる。」という考え方が存在するということは知っておいてほしい。

 

 今は、ここまで女性の高等教育に拒絶感を持つ親は減ってきてはいると思うが、私の周囲では、男女両方の子供を育てていて、経済的な理由でどちらかしか大学に行かせられないという状況になった場合、進学をあきらめさせられるのは女子側が多い。これは、やはり、「女は高等教育を受ける必要はない。」の思想が根底にあるからだと、私は勝手に推測している。

 

 じゃあ、お金持ちのお嬢さんがかならず高等教育を受けられたかといえばそうでもない。昔は、お金持ちや高い身分の家であっても「女が高等教育なんか受けたら、生意気に見えて嫁のもらい手がなくなる。」という考え方の家もあり、十分な学力があっても親に進学を反対されて進学できない女性もいた。

 

 そういった女性たちは、国際的に活躍する大物と結婚する(または、させられる)ことが前提だったりして、偏差値の高いお嬢様学校で英語、フランス語程度はできるように教育されており、下手したら地方の偏差値の低い4年生大学などより高い学力を持っていたりする。

 

 だけど、封建的な家庭では、「女が大学に行くこと」は、許されなかった。

 

 余談だが、当時、大学に行かせてもらえなかった女性が、どーしても大学に行きたいという未練が捨てられなくて、時代も変わったし、娘が大学受験をするから、ついでに私も受験しちゃおーと50代で受験して、合格した大学がハーバード大学という話を聞いたこともある。

 

 私の周囲では、40代、50代になって大学に入ったり、大学院に入ったりする女性を結構見かける。それくらい、いまの40代、50代以上の女性たちは「受験機会」を与えられなかった、ということと、今でもそういう家は存在するということを知っておいてほしいと思う。

 

 あと、「自由恋愛の方が男の成功に乗っかって、自己実現できる可能性が圧倒的に高い。」と書かれているが、果たしてそうなのだろうか?

 

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 この記事のブコメにさんざん書かれているが、確かに、自分が恋愛で勝ち取った男の自慢をする女性は一定数いる。だけど、夫しか自慢するものがないくらい、自分に劣等感を持っている女性が自己実現できていると言えるのだろうか?

 

 恋愛や結婚に限らず、「俺の友達は有名人の〇〇だぞ!」みたいなことを言う人はいて、それは自分に対する、どうしようもない無価値感から発せられる悲しみの叫びにしか聞こえない。実際にそういう人と深く話をすると、だいたい子供のころに親に認めてもらえなかったみたいな話がが出てくる。夫の身分を盾に過度にマウンティングをする女性は、親、または下手したら夫自身から下に見られて、侮辱されて、支配されていて、その状況が本当は不満なのに、拒絶できず、受け入れざるを得ないから、こんな夫を手に入れた私ってすごいでしょーと自分をごまかし、納得させようとしているのではないかとさえ思えるのだ。

 

 それに、男女を問わず、自由恋愛で気に入った相手やスペックの高い相手をゲットするには、それはそれは熾烈な自由恋愛競争があり、受験戦争と変わらないくらいのストレスである場合もあるのではないかとも思う。

 

 今の時代でも家柄のいい家やお金持ちの家は親が決めた相手と結婚する、あるいは親が選んだ相手の中から選ばざるをえない状況の人もいて、本当に好きな人とは結婚できず、愛人契約をせざるを得ないという話もないことはない。

 

 社会は複雑だ。だから、この増田や私のように、思い付きでとんちんかんなことを書いてしまう人がたくさんいる。だけど、こんな考え方もあるんだーとか、こんな現実もあるんだーと、自分の知らなかった現実や考え方を知ることができるインターネットが面白くて好きだ。

 

◆合わせて読んでいただきたい、女性差別の実態について。