女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんの皮肉とメロドラマに満ちた遺言。

結婚・同居しなくてもパートナーシップは持てるよ

 なんか、この増田の追い詰められている感じが気になったので、書いてみた。

 

■別に結婚する必要はない

 私も自分は一生結婚しないと思っていた。今は一応、「婚姻届」を役所に提出していて、夫と結婚の形態をとった生活をしているが、それは本当にうっかり「婚姻届」を提出してしまっただけで、正直どっちでもよかった。今のところお互いに一緒に暮らしたいと思っているので、その気持ちを大切にしているだけ。今、夫に籍を抜いてくれと言われれば「あーいいよー。」というだけだ。

  私は、20歳の時には、すでに「独身主義」を公言していた。友人、職場、全ての場所で一生結婚するつもりはないと吹聴していたのだ。ついでに「40歳まで遊べるだけ遊んで、40歳までに死ななかったら、俗世と縁を切って尼になる。」と、冗談半分、本気半分で吹聴していた。繰り返し繰り返し「私は独身主義だ。」と公言していれば、「そうはいっても、結婚はいいものだよー。」的なことを言う人はいなくなるので、そうすればいいと思う。それでも、言ってくる人には「しつこい。やめて。」と言えばいい。少なくとも私はそれで言われなくなった。

 私は40過ぎで初婚だが、 正直、恋愛好きで好きな人ができたら、すぐに相手の家に転がり込んで半同棲生活を始めるという習性があった。だから、何回かの同棲生活で籍を入れていたとしたら、何回かの離婚歴があったと思う。私は独身主義だったし、体力的、精神的に子供を育てられる気がしていなかったので入籍する必要を全く感じていない。それは、うっかり入籍してしまった今でも同じだ。

 

■パートナーと結婚する必要も同居する必要もない

  私は20代から恋愛好き、独身主義を公言していた。今は別居婚、通い婚などをする人も一般的になってきたが、昔は「結婚=同居」という考えが主流だった。だから、私も結婚したら同居しなければいけないものだと思い込んでいた。だが、25年ほど前に知り合った中年夫婦が実は結婚はしておらず同居のみで20年という話を聞いて、いろんな結婚の形態があるものだと驚いたことがある。

 

25年ほど前に、

1複数の結婚していないけど、同居している夫婦に出会った。

2複数の結婚してるけど、同居していない夫婦に出会った。

3イスラム教徒の彼氏に2番目の妻になってくださいと言われた。

 

 これらの体験を通して私の結婚感は、「家父長制」を中心とし、同居を前提とした結婚観から大きく外れていった。1、2、のケースの夫婦とも非常に仲が良かった。

 1のケースについては少なくとも「離婚が面倒だから」という理由で別れることがないわけだから、本当に一緒にいたくて一緒にいるわけだ。法律にしばられもせず、他に好きな人ができたりせずに何十年も一緒にいるってすごいなーと思ったのを覚えている。

 2のケースは、夫婦同士の距離感を取るためというのもあるが、私が一番印象に残っているケースは、妻の親と同居つまりサザエさんでいうところのマスオさん的立ち位置で、妻の親との折り合いが悪くて別居しているケースだ。このおじさん、ある会社の支店長として日本と転々としていた人なのだが、ある飲み屋で知り合い、時々朝方まで一緒に夜遊びをする仲になった。一緒に話をしていると何十年も一緒に住んでいないのに、とにかく妻のノロケ話ばかりするのだ。妻は料理が上手い、妻は頭がいい、妻は美人だ、どんなふうに美人かというと…と、本当にそればかり、挙句の果てには「今年は2回しかセックスしてないけど、その2回とも妻とだよ!」と、嬉しそうに話すのである。いかに自分が妻に対して貞節をつくしているかを自慢するのだ。

 20~30年前に知り合った中年夫婦の話なので、もうすでに何人かの方はお亡くなりになっている。結婚(入籍)していなくても、最後まで一緒に暮らした、最後までパートナーシップを持ち続けたという意味では、一生添い遂げたといっていいだろう。このような形のパートナーシップもあるということを知っておいて欲しい。

 

■結婚しないことの不便さ

 私たち夫婦には子供がいないので、結婚しないことによる子供や子育てに与える影響がどんなだか知らない。ただ、「子供を持つ」なら、税制優遇などの点で結婚していた方がお得だとは聞いたことがある。

 個人的に入籍前の同居時に不便だったことは、私が救急車で運ばれた時に、姓の違う男性(=現在の夫)が病院に来ても、私の意識が回復して「○○さんはお知合いですか?お会いになりますか?」と確認をとってからでないと面会できなかったことだ。もしかしたら、面会前は個人情報保護のため、私の安否や病状も教えてもらえなかったかもしれない。

  私には頼れる親族がいないので、救急車、入院みたいなことが起こると、頼れるのは血のつながっていない他人。だから、保証人、身元引受人、最低限の身の回りの世話は、勤め先の社長、複数の友達に頼んでいた。結婚したら、それら全てを夫に頼めるようになった。一人の友達に全部を頼むのは気が引けるし、複数の友達に分散して頼むのも気が重かった。そう考えると、結婚して家族になるということは便利なことなのかもとは思うようになった。

 

■自分らしく生きられない人

「仕事ができない奴と思われたらどうしよう」

「つまらない奴だと思われたらどうしよう」

「ダメな息子と思われたらどうしよう」 

 あたりの発言から見ると、増田は家族、恋人、友人を問わず、相手の機嫌をとろうとしすぎ、相手の期待に応えようとしすぎのように見える。もっと言えば相手はそこまで増田に求めていないかもしれないのに、増田が勝手にサービスを求められていると感じ、脅迫的に相手にサービスをしなければいけないと思い込んでいるようにも見える。

 このように、親しい人間の前でさえも、自分らしくいられない人というのは一定数いて、やはり生い立ちに、何かしら「自分らしくいると愛されない(嫌われる)」みたいな体験をしている人が多いような気がする。だからこそ、「嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え」がヒットしたのだろうとも思える。だが、この増田の場合は少し、それだけではない気がした。

 

器用すぎる増田

 この増田に対して思ったことは、器用すぎることが仇(あだ)となっているということだ。人間は多面的だ。優しい時もあれば、機嫌が悪い時もあるし、社交的な時もあれば、引きこもりたい時もある。少なくとも私は不器用なので、それら全てを、関わりのある全員に見せてしまう。楽しい時は楽しいと言い、しんどい時はしんどいと言い、面倒なことを言う人には面倒だと言い、悪い言葉遣いをする人にはあなたの言葉遣いが嫌いだという。そして、私の態度が気に入らない場合、相手は去っていく、それでいいと思っている。だって、私にはそうしかできないのだから。

 だが、この増田は私なんかより、はるかに器用だ。

「常識的、積極的、社交的、面白い」と思わせたい相手に、そのように思い込ませるだけのテクニックを持っている。そして、逆に「陰気な小心者である自分」は一部の気を許した相手にしか見せないという高等テクニックまで持っている。これが仇になってしまっている気がする。

 私のようにうまく人柄を演じきれない人間は、全てをさらけだすしかやりようがない。しかし、この増田のように多面的な自分の、どの部分を誰に見せたいかをきっちり演じきれる人にとっては、この「演じる能力」があるがゆえの苦しみが生まれるような気がした。

 

好きな人に自分のいい所だけを見せたいのかも

 「数少ない心を許している友人」には「弱い自分」をさらけ出せるわけだから、たまたまそのような心の許せる女性に出会ったら、お付き合いをすればいいだけの話で、「付き合った女性にはサービスをしなければいけない!」という思い込みが、この増田にとって、恋愛や結婚を面倒なものにしている気がする。

 結婚はしなければいけないものでもないし、恋愛の延長である必要もない。一緒にいて落ち着けるから一緒にいたいと思ったら、独自のルールでパートナーシップの在り方を決めればいいだけで、結婚、同居は必ずしも必要だとは思わない。もちろん必要だと思えば、入籍、同居をすればいい。これは、パートナーシップを結ぶ当事者間の問題であって、例えそれが家族や友人であっても、そのルールに対して「それは違う」などと言われる筋合いはない。非常にデリケートでプライベートな、二人だけの約束だからだ。

 作家の中村うさぎ氏は女性で、ゲイの男性と結婚している。要するに互いに「恋愛・肉体関係」のあり得ない相手との結婚である。この二人は「家族的な愛」に主軸を置いた結婚をして、長年連れ添っている。そういった関係も含めて、世の中には「夫婦の形は色々」「家族の形は色々」という言葉があるくらいに、パートナーシップのあり方は様々だ。もちろんパートナーシップを持たない選択をする自由もある。(同性婚が導入されれば)異性愛、同性愛関係なく、そうだと思う。

 

オチのつけ方が分からない

 なんとなくだけど、「弱い自分」「陰気な自分」を他人に見せてはいけないという感覚が男性の心理的な自立をはばむ「男性の解放(メンズリブ)」につながっていて、「女は愛嬌」「女はかわいい方がいい」みたいな感覚が「女性の解放(ウーマンリブ)」につながっていて、最終的には「人間の(心理的な)解放」につながっていると思う。

 また、何が言いたいか分かんなくなってきたけど、この増田には「心理的に解放されていない何か」があるように感じた。というオチにしておきます。

 

あ、そういえば、私の好きなかんどーさんとこが「結婚制度」を利用しないパートナーシップだった、と思い出したので貼っときます。