女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんです。キレキャラとおふざけキャラと真面目キャラを分離する才能がないので、丸ごとの自分を出してます。

お願いだから自分を責めないでください

 この方のこの記事が、私のトラウマセンサーに引っ掛かってしまって、どうしても書きたいことがあって、早く公開したかったので、乱筆乱文で感情的な文章になってしまったかもしれないけれど、どうかご容赦ください。またこの変人がやらかしているという程度に考えてくれると嬉しいです。

 

作家と素人の違い

 この方は作品を書いてお金をもらっている立場なので、作家としてどんな批判や非難も応援と受けとめます。よって「批判」や「ぶっ叩かれた」ことも愛情と受け取るという意味に書いているのだと推測しました。

 ですが、この「作家が作品を書いている」ということと、「素人が趣味で慣れない文章を書いている」というのは全く別物で、それを認識している知識層が、特に「はてな」には多いと思っています。ですが、まれに作家と素人の違いを認識していない人もいるので、念のために書いておきたいと思います。

 私は、昔、詩集を自費出版したことがあるのですが、基本的にポエム脳で長い文章や、自分の考えをまとめて論理的に組み立てるのが苦手です。ですから、公の場に長い文章を書いてきませんでした。ですが、もう人生も残り少なくなってきたので、自分のことをぶっちゃけてみるか!と、このブログを組み立てているところです。

 

出版物は校正・校閲・編集者がついている

 作家さんが公に書き物を公表する時は、物語の文脈・内容以外には批判や批難が入らないように、校正・校閲・編集者がつき、そもそも批判を浴びにくい状態にされたものが公開されます。

 私自身が詩集を自費出版した時も校正が付き、ここは書き直したほうがいいと指摘された箇所がいくつかありました。私は詩集しか出版したことがないので、長い文章について校正・校閲・編集者がどのような指摘をするのかは知りませんが、想像するに、このような感じではなかろうかと思います。

  • これは誤解される文章
  • これは伝わらない文章
  • これは差別用語
  • これは誤字・脱字
  • これは言葉の誤認識、覚え間違い
  • この事柄は時系列的に矛盾してるから記憶をたどりなおしてくれ
  • その他こまかい指摘

が入るのではなかろうかと思います。あるいはインタビューをライターが書き起こした芸能人の自叙伝などもありそうです。実際に出版の際に、私が校正さんから受けた指摘の一例に、花の名前の覚え間違いがありました。そのまま出版していたら植物に詳しい方からクレームが付きかねないことだったかもしれません。作家さんの場合はそれくらい慎重に公開されるということです。

 文章が下手なのにブログを書いている私自身としては、個人ブロガーにまで、批判、暴言、ぶっ叩かれるという行為が及ぶということは、あまりあってほしくないです。少なくとも、矛盾、記憶違い、考え違い、偏見などがあったら、優しい言い回しで指摘してほしいです。

 私自身もこのブログ開設当初、十年以上前から書いている複数のブログからランダムに記事を掘り起こして引越しさせたので、時系列がぐちゃぐちゃだったり、記憶違いがあったりと無茶苦茶でした。最近、読者が増えてきたので気が付いたら修正するようにはしているのですが、詳細が気になる方には腹の立つ文章なのかもしれないと思っています。

 ですから、この見解はこの作者さん独自の見解であって、一般的人は批判、暴言、ぶったたかれるということは好まないということを、一筆書き添えたほうが誤認が少ないのではないかと思いました。

 

トラウマは年齢に関係なく掘り起こされる

 「読者層は若い方中心だ。もしかしてトラウマを植え付けてしまうかもしれない。」という配慮をした上で表現できたことは本当に良かったと思います。私自信は、おばあさんとおばちゃんの境界線くらいの年齢ですが、「脳に問題を抱えた人間の家族」という作者さんとの共通点があります。だから、トラウマを刺激されて苦しさに耐えられず、最初は、一話目すらも読み切ることができませんでした。それくらい、心に響く漫画でした。

 私の場合は、物心ついた時から父親が重度の統合失調症で、この漫画と似たような暴言を浴び、ひどい肉体的暴力まで受けました。だから、最初から最後まで、父親を悪者にできるという便利な立ち位置があります。

 でも、私自身は父親に対して、「キチ〇イ!」と差別用語は叫んでいましたし、「死ね!」「殺す!」とも言っていました。また、働かない(働けない)父親をさげすんでいました。いくら、暴言や暴力を浴びたとはいえ、人に向かって言ってはいい言葉ではありませんし、思っていいことではありません。そのことについては今でも自分を責めています。

 また、家を出て働き始めると、働くのってこんなにつらいんだと思ったのと同時に、「自分ひとりを養うのでさえこんなに苦しいのに、一家を養わなければならない父はどれほどつらかっただろう…」と思うようになりました。

 また、時代や文化の背景があるとは言え、母親は死ぬまで「働けなかった父親」について、「経済力のない(あんな)人と結婚しなければ、幸せになれたはず。」と愚痴を言っていました。「父親が働けなかったら、母親が働いて一家を支えればよかったのに。」と思ったこともありますが、母の時代に女性が一家を支えられるほどの稼ぎを得るのは難しかったであろうことも見当が付きました。全てが運、あるいは運命で誰も悪くなかったと今では思っています。そこまで割り切れているつもりでも、この漫画を読むとトラウマが刺激されました。やはりトラウマとは根深いものだとしみじみとしました。

 

作者はまだ自分自身を許せていない

  • 「やっと…やっと…批判をされた、やっと「オマエが悪い」「オマエがおかしい」と言ってくれた…」
  • 「顔の見えない知らない相手だと容赦なく物事を言える。」
  • 「これこそ正に正論だと思い、私は勝手に裁かれた気になっていました。」

 この辺の文章から、自分の祖母を救えなかったという罪悪感を感じます。私の父に対する「同じ精神病なのに、自分だけ助かってごめんなさい。」という気持ちに似ています。おそらく、この作者さんは、サバイバーズギルトに近い感情を持っているのだと思います。自分だけ生き残ってしまった、自分だけ助かってしまった、自分だけ逃げてしまったという罪悪感です。私もこれを思うと、今でも涙が出そうになります。

 

作者さんに言いたいこと

 私はこの方に言いたい。無理をしないでください、と。ぶっ叩かれたい人なんて一人もいません、誰だって優しくしてほしい。だけど、サバイバーズギルトを持った人は、「私は悪い人間だから、責められても仕方ない。責められるべきだ。」という感情を持ちやすいと思います。私自身もそうでしたから。

 でも、それは違います。全て運です。運命です。誰も悪くないんです。作者さんも悪くないんです。悪かったとするなら、運が悪かったのです。だから自分をいじめないでください。「過去の自分」の事を、ぶっ叩かれてもいいなんて言わないでください。「認知症の知識の薄い若い作者さん」と「認知症のおばあ様」との組み合わせが、不運だっただけなのです。

 もし、「若い頃の無知な作者さん」が、実際に言論でぶっ叩かれたとして、そのやり方で、「若い無知な作者さん」に伝わりますか?そんなことをされたら精神を病みませんか?「若い無知な作者さん」に対しては、作者の叔母様のように、優しくそっと「おばあちゃんは認知症と言う病気で、接し方はこうしたほうがいいよ。」と教えてくれる大人がいるのがベストではありませんか?

 

正論、善意は優しく伝えてほうが伝わる

 正論なら批判、暴言、叩くという手法を使っていいとは、私はどうしても思えません。私自身も過去にネット作法を知らない上に、ネットでの人間関係の距離感が分からず、批判の感情の混ざった質問、皮肉、放言を書いたことがあるので、自分の反省も含めて、あってほしくないです。正論、善意であるなら、なおさら伝わりやすい言葉で優しく伝えるほうがいいと思います。

 でないと伝わらないことの方が多いのではないかと思うからです。これは全く自分自身がネットでやってきたことの反省であり、ネットで色んなことを優しく教えてくれた方たちへの感謝の思いでもあります。

 感情が高ぶって書いているので、内容を推敲できていませんが、一刻も早く作者さんに伝えたい気持ちが強く、公開します。誰かに対して失礼な文言が混ざっていたら、本当にごめんなさい。

 

■私がネットでの発言を反省している内容です。良かったら読んでください。