女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

太ったおじさんみたいなおばあさんです。キレキャラとおふざけキャラと真面目キャラを分離する才能がないので、丸ごとの自分を出してます。

精神病だけど死にたいと思わないお話

私の中では単なる思い出話

 前回の記事に沢山の反応がきて、またまた驚いています。何ていうか、このブログは自分の愚痴や心情を吐露するためだけに書いているので「人に見られてもかまわない日記」って感じで、私自身は割と気楽に書いてるんですよね。

 人様から見たら、こんなこと覚悟がなきゃかけないだろ?と見えるかもしれませんが、私の中では終わってしまったことだから、あんまりヘビーな話でもないんですよね。

私の人生は特別に過酷なわけでもない

 だし、正直、リアル社会で信用できる人に私自身の性被害や家庭内の話をすると、大概「実は私も…」とか「実はウチも…」とか「実はウチの親戚にも…」なんていう話になるんですよね。私程度の問題を抱えてる人やご家庭って、多分みなさんが思ってるよりも多い思いますよ。みんな言わないだけで。

 私も、リアル社会でいちいち虐待を受けたとか性被害にあったとか言いませんし、基本的にコミュ強で「明るく元気な人」と思われています。ですから、「お前は、いつもアホなことばかり言って幸せでいいよなー。お前に悩みごとなんかないだろ?」とか言われます。

明るいおばちゃんにも色んな過去がある

 そんな言葉に、「そんなことないです!私はこんな苦労もしていて、あんな苦労もしていて、こんな被害にもあってて…」とか、面倒だから、いちいち真面目に答えませんもん。「うん!苦労してないからねっ!あーはっはっはー!」って笑い飛ばします。世間話なんて、そんなもんでいいんですよ。

精神病だけど死にたいと思わない

 私自身は今でも精神病の症状が残っていて、一時期は一級の精神障害者で障害者年金で暮らしていた時期もあったんですよね。その時が一番、大量服薬(自殺未遂にあたるのかな?)を繰り返していた時期なんですけど、私の意識というか思考としては「楽になりたい」とは思っていても、「死にたい」とは思ってなかったんですよね。

 「死なせてくれ」と思った時期はありましたけど、それは、早く天命が尽きないかなー(病死しないかなー)という意味で、積極的に死にたいとは思ってなかったんですよね。

 精神的・肉体的に苦しすぎて、意識を飛ばして楽になりたいから大量服薬しただけという感覚と記憶が残っているのですが、もしかしたら、当時は「うつ」の症状の「希死念慮」が出てしまい、無意識に自殺の行動をとっていたのかもしれません。

 ですが、大人になってからは、自分の意志で「死にたい」と思うことは皆無でした。一番、死にたいと思っていたのは小学校の頃で、そこが「死にたい」のピークだったと思います。

安楽死の是非について

 前回の記事で、私が安楽死肯定派、推進派と勘違いした人もいたみたいですけど、前回の記事は、単なる私の心情です。個人的な日記に書く程度の心情と解釈してください。自分の心情と社会で取るべき行動は違う場合も多くて、そういう点では私は安楽死を肯定はできません。

 もし、安楽死の是非が真剣に議論され、国民投票になったとして、賛成か反対かのどちらかに票を入れなければならなくなったとしたら、今の段階では「反対」に投票すると思います。

 というのも、人の思想信条や死に関することを法律で細かく決めることには抵抗感があるからです。私は年齢や土地柄的に、戦争体験者のお話を聞くことが多かったのですが、その頃は法律自体がめちゃくちゃ人に優しくなかった上に、それを拡大解釈して都合の良いように利用している人たちもいたようです。それで、憲兵隊に連れて行かれて、めちゃくちゃ殴られた話を被害者本人から聞いたことがあるので、法律で「死んでもいい。」と認めてしまうと、絶対、自分の都合の良いように解釈して、相手を陥れようとする人が出てくるだろうと思えてしまうんです。だから、今の所は、反対です。

安楽死制度がなくても勝手に死んじゃう気がしてる

 安楽死を希望している方々に対しては、前回の記事で書いたような心持ちでいます。じゃあ、「私たち安楽死希望派はどうすればいいのよ?」と聞かれても、私は低能で論理的思考ができないので、回答ができません。私は情緒的、直感型タイプなので心持ちや感じたことを理屈で説明してほしいと言われても、できないタイプなんですよ。ごめんなさい。

 だけど、私自身も、また精神病が悪くなったり、経済的にどん底になったら、また希死念慮が出て、死ねるんじゃないか、自分の意志とは関係なく勝手に死んじゃうんじゃないかと期待してます。個人的には、もう、そうなっちゃったら、自殺ではなく病死だと思ってるんで特に問題はないと感じてます。

 夫にも、「私が自殺したら、それはこの世を憂いて自分で自殺したわけではなく、病死だから、そこのところを勘違いしないように。」とは言ってありますし、夫も私が極度に病むと「別人になる。」と証言しているので、夫も、私の言っていることを体験的に理解できていると思います。

友人に支えてもらっていた

 先日、家でホームパーティーをした時の写真を見つけたくて、メールの添付ファイルを検索していると、友達に当てた、このようなメールを見つけました。

去年会った時、私死ぬんじゃないかと思うと言ったの覚えてますか?最近は自分が狂ってしまうんじゃないか、いや、もう狂っているのかもと思うの。「急いで生きないと狂気に追い越され、死に追いつかれる。」そんな気がしてきてしまうの。やっぱり私、頭がおかしいね。

 こんな内容のメールを数十年来の男友達に送りつけてたんですよね。まあ、どのようなお返事が来たかは置いておいて、このような相談をできる友達がいて良かったと思います。恋愛関係や肉体関係もなく、数十年に渡ってこのようなやり取りをしている異性の友だちがいる感覚は、分からない人には分からないんだろうなと思います。

 でも、その男友達も私に対して「高円寺さんは、波長の合う男性とは絶対にうまくいかないと思う。」と言ってくれていて、私も確かにそう思うので、今の生活のパートナーは出川哲朗さんのようなシンプルで物事を深く考えない人です。そのほうが気楽で楽しいんですよね。

 また、何を言っているか分からなくなってきたので、今日はこのへんでやめておきます。こんな、まとまりのないダラダラとした徒然日記を読みに来てくださる方がいて、ありがたいことです。