女だから言えること

中高年のおばちゃんの脳内を日記がてら綴っております。

学校で男前だと褒められた(私はおんな…)

 アラフィフなのに学校に通っているワタクシですが、先日、クラスメイトの男性に

「高円寺さんって、後ろから見ると肩幅が広くてガッシリしてて、すごい貫禄があってかっこいいですよね。すごい男前だなーと思って見てます!」

と、褒められた(?)。

 

 頻繁に書いているが、私は太ってる、小太りから肥満まで幅は有るものの、たいてい太ってる。でも痩せたら小柄になるかと言えばそんなこともなく、彼の言っている通り、肩幅が広いので、どうやったって、体つきが華奢に見えるということはありえない。

 

 ので、割と体格や肩幅については、いじられることが多い。だから、そんな時は、もっとその場を盛り上げるために持ちネタ(実話)を披露することにしている。

 

 そうなのよー。あたしさー、ガタイが良すぎて、夜の歓楽街を一人で歩いてて、男と間違えられて、ソープの呼び込みに「お兄さん!いい子いるよ!」って声かけられたことがあるんだよねー。で、「え?あたし?」と思って、お兄さんの方を見たら「なんだ、女か…」て言われちゃったよー。

 

 って言う実話をすると、少なくとも男子にはウケる。

 

 そもそもが、「肩幅が広くて貫禄がある。」なんて、女子が言われたら、気分を害したり、失礼だと怒る人もいると思う。だから、一応「私はいいけど、他の女子にはそういうことは言わないほうがいいよ。気にしてる人もいるかから。」と、説明しておこうかと思ったんだけど、彼も無差別にそのようなことを言っているわけではなく、私にだから、安心してそのようなことを言ったのだろうと解釈して、注意まではしなかった。

 無差別に体型について触れる発言をしてたら注意しただろうが、そのようにのびのびと発言しているのは、私に対してだけっぽいので、私に気を許してくれているのだろうというふうに解釈した。

 

 そのクラスメイトは、あまり空気を読まないタイプの人。私は、しばらく前に風邪をひいてしまい、でも、勉強が遅れるのが嫌で、マスクをして学校に行っていたのだが、咳が止まらず、授業中にひどく咳き込んでいた。

 すると、彼は風邪をうつされたくなかったのだろう。

「あの、風邪の菌を殺すアロマスプレーを持ってきたんですけど、かけていいですか?」

と、たずねてきた。

「おお、いいですよ。どうぞどうぞ。というか、なかなか治んなくてすみません。」

というと、

「じゃぁ。(遠慮なくやらせてもらいます。)」

と、謎の液体を頭の上辺りから、私の席の周辺まで、シュッシュしてくれた。もしかしたら、他のクラスメイトも私の風邪菌から守ってあげようと思っていたのかも知れない。彼も私も大人なので、そういった事が全く気にならず、「(自分のやりたいことをやっても)いいですかー?」とたずねて、「(特に問題ないので)いいですよー。」と答えることができる。

 

 だけど、これが小学校や、中学校であったら、また、話が変わってくる。子供はナイーブなので、女の子が肩幅が広い、とか、風邪を引いてるなら殺菌剤撒くね、なんて言われたら結構ショックなのではなかろうかと思った。

 でも、彼には相手をイジメたり、冷やかしたりする意図はなく、純粋に思ったことをそのまま口にしたり、実行したりしているだけ。

 だから、そのようなタイプの人達が何かのアクションを起こした時に、相手が不快に思っていそうだったり嫌がっていそうに見えたら、彼らを否定、批判しない形で、ヤメたほうがいいよと進言するのがおすすめです。

 

 なんとなくだけど、彼も診断名がつかない程度ではありそうだけど、若干、発達障害寄りなのかな?と感じている。同じ(発達障害の)匂いのする人なので、仲良くしたいと思っているし、実際に、仲良くしてもらっているのでありがたいことだと思っている。

般若心経は音楽です。研究者たちへのエールとして書いてみた

 

(恐らく、当時、研究の道に悩んでいる友人を思って書いた文章だと思います。)

 

般若心経は、すなおに、まっすぐに聞くものです。

そこに、少しでも理屈で読み明かそうとか、

批評を加えようとする気持ちが入る時は、

間違った読み方をしている時です。

 

般若心経は博識で優秀な方たちは、

みな好きだと言います。

短くて、文章も詩的で美しい、美しすぎる。

そして、的確。

 

こんなにも、短くて、美しくて、

的確な文章を他に見たことがありません。

チベット語で般若心経を聞くのが好きだ

という人もいます。

でも、私は日本語できくほうが好き。

 

あらゆる学問はここにたどりつくでしょう。

そしてまた、研究者たちは何度失敗しても、

これを読めば研究に挑戦できるでしょう。

 

研究職は開拓者で、

正しい道はなく、

自分が道を切り開くのです。

 

そこが砂漠なら、

自分が最初に踏み固め、

その後を続く人たちが

踏み固めるから道になる。

 

そこが草原なら、

自分が最初に歩き、

草を踏みつけ、殺し、

その後を続く人たちが踏みつけ続け、

二度と草が生えない道にする。

 

そして、誰も歩かなくなったら、

また、タダの草原に戻る。

ただ、それだけなの。

 

だけど、それは、とても尊いことで、

私達は死なせてもらえるまで、

自分に挑戦し続けるの。

 

自分で死ななくても、

勝手に死なせてもらえる時が来る。

だから、「死」は「おむかえ」なの。

みずから飛び込むものじゃない。

自殺とかの、

そういう抗議・復讐の仕方は

壮絶だけど賢くない。

 

それは、

周囲の人たちを精神病にするだけ。

復讐というエネルギーは、

エネルギーとしては小さいよ?

 

人間がもっとも強いエネルギーを放つ時は、

許して、受け入れたとき。

もしかしたら、

それを「愛」と呼ぶのかもしれません。

 

般若心経は、

音を楽しむ音楽でもあると思います。

 

あるいは私にとっては

般若心経はすばらしい歌詞を持った

「歌」でもあるのです。

 

ですから、

ボサノバ風、ワルツ風なんかの

般若心経もあってもよさげ。

 

と思っていたら、

ロック調、ラップ調、ポップ調は、

もうすでに

ネットに多少落ちてました。 

 

なので

以下にyoutubeで拾ったの

置いときますね。

 

私は

シンプルにお坊さんが唱えているお経が

好きなのですが、

だれかボサノバ風とか作って欲しいなー。

 

聞いていると、落ち着くし、

いやされるぅーーーヘ(゚∀゚*)ノ

 

まるで、クラッシックを大音量で聞くように、

朝っぱらから般若心経を

それなりの音量で聞いているので

近所の人は怖がってそう(笑)

 

 歌ってみたけど何も悟れなかったそうで…(笑

 

初音ミクバージョンもステキ

パンツを脱がなかった米兵

 とあるバーで一人飲みしていた時、一人の米兵と目が合った。普段、夜遊びをしていても、米兵の体育会系の飲み方と女の子にガツガツした感じには閉口していたので、私自身は米兵の若い男の子たちと話すことすらなかった。だけれども、その米兵は、何か、雰囲気が違った。物腰が落ち着いていて、品があった。

 

 私が住んでいた街の、近くでもなく、遠くでもなくという距離に米軍基地があった。おそらくマリーン(海兵隊)が中心の基地だったのではないかと思う。昔のアメリカ映画などでは、不良のティーン達に対して「刑務所に入るか、海兵隊に入るか。」というような皮肉が言われたくらいに、海兵隊は荒くれ者の集まりというイメージがあった。

 

 マリーンでもネイビーでも上の方の役職に付いている人間は賢いんだろうが、街に繰り出して女の子たちを簡単にナンパできる男の子たちは、何の責任も、守るべき立場もない下っ端たちだったんだろうな、と、今となっては思う。

 

 クラブで踊りたいだけなら、週末に基地内でダンスパーティーも開催されているから、そこで踊ればいいはず。わざわざ日本人の歓楽街に出てくる必要はないし、まあ、だいたいが日本人やフィリピン人の女の子をナンパする目的の子が街に出てきていたのは間違いない。

 

 ただ、今考えれば、あのガタイのいい18,19の男の子たちが、もしかしたら、その後の中東や、アフガンの戦争に行ったかもしれないって考えると、もっと、優しくしておけば良かったって、後になって思った。少しだけ。

 

 軍隊の訓練なんて厳しくて辛いものなのだろうから、せめて、週末に「女」という救いくらいないと、つらくて仕方なかったんだろなって、今の私だと、ちょっと感慨深い気持ちになるけど、あの頃の私は、若い米兵のことは「女に飢えた男の子たち」っていうふうにしか、見ることができなかった。

 

 そんな時、目があった米兵の男の子。10人くらいの米兵が一気に店になだれこんできて、軍人だからみんな角刈りでマッチョで胸板が厚くてと、同じ風貌をしているんだけれども、なにか、こう、一人、雰囲気が違っている男の子がいた。なんとなく、彼に見とれていると、彼と目が合った。なんとなく、照れくさくて、私は、「HI。」と落ち着いた口調で微笑みながら挨拶をした。そうしたら、彼も、とても落ち着いた口調で「HI。」と返してくれた。

 

夜遊びに出てくる男の子たちとはチョット雰囲気の違う彼に、私は

「あなた、見ない顔だけど、この辺にあんまり遊びにこないでしょ?」

と言うと、

「ボクは基地内で音楽のフリーペーパーを書いていて、この店が面白い音楽バーって聞いて、取材がてら来てみたんだ。」と言うの。

 

 ああ、文化の香りのする軍人ってすてきー。ってちょっと気持ちが浮足立った。どんな話をしたかは忘れたけど、私がキャロル・キングやアレサ・フランクリンが好きだっていう話をしたような気がする。「あなたのお母さんの世代の音楽かしら。」とふざけて、笑ったりして。とても、素直で可愛い男の子だった。純朴で。

 

「あなたは本当にかわいいBOYね。」って冷やかすと、

「I am a man.(俺は一人前の男だ!)」って、

ムキになって言い返してくるところも可愛かった。

 

 久しぶりに男性と話して楽しいって思った時間だったんだろうな。たまに思い出すんだよね。彼の素朴な雰囲気を。私は男遊びしてるふうに見られやすかったんだけども、実際には「男は面倒くさい」派。

 

 だから、「ありがとう、楽しかった。帰るわ。」と、店の扉を開けて外に出たら、彼が私の後を追って、店から飛び出してきた。正直、これも、よくあることだった。私は、いくら夜遊びとはいえ、話す相手は吟味してしゃべっていたから、私を追いかけて店を飛び出してくるような男性には「私は一人が好きなの。だから一人で帰る。」と言えば、だいたい、諦めてくれた。

 

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だけども、彼に関してはあっさり「ついてくんな。」って言えなくて、まあ、大通りまでは一緒に行こっかな。。とか思っちゃった。たあいもないことを喋りながら、大通りに出て、タクシーを拾って「See you.」と別れの挨拶を告げると、彼は一瞬、ためらったけれども、体全体で私をタクシーの奥側に押し込みながら、強引にタクシーに乗り込んできた。いつもの私だったら「迷惑だから、降りて。」と言ったのだろうけど、何となく、どうでもよくなった。

 

 タクシーの運転手さんも、夜の街のいざこざには慣れたもので、なかば強引に雪崩れ込んで乗ってきた白人男性を乗せたまま発車していいのか、ためらったのだろう。「いいですか?閉めて。」と色んな意味を込めて、聞いてくれた。私が強引な男を断れないタイプだったなら助けてくれようとしたのかもしれない。「はい。出してください。」と、私は言った。

 

 彼が、頻繁に女の子に声をかけているタイプにはどうしても思えなかった。最初にしゃべった時から照れくさそうで、とてもシャイな印象をうけていたし、タクシーの中でも終始、てれくさそうにして、黙っていた。私も、だまって、反対側の窓の外を見ていた。

 

 私の家について、私が家の鍵を開け、家に入ると、彼は私のあとについて、私の家に上がってきた。彼はアメリカ人だから、家に入るとき靴をぬぐ習慣がないので、靴のまま家に上がろうとした。「あ、靴ぬいでね。」、と私は言った。そうすると、「あ、あ、ごめん!!」と、うろたえる姿がとてもかわいかったのを覚えている。

 

 会ったその日に男を家に連れて帰るような人ではなかった私だが、なんか、もう、人生に疲れていて、どうでもよくなっていたとか、その男の子がシャイでカワイすぎたとか、色んな要素が重なって、あー、もー、どうにでもなってしまえーーー、みたいなヤケクソな気持ちだった。意外と、これで恋に落ちて、しばらくスパイシーな気分が楽しめるかも…とか、雑な期待もなくはなかった。

 

「私は寝るから、あなたも適当にくつろいで。」と突き放すと、彼は服を脱ぎながら私にからみついてきた。軍人だから、鍛え上げられた肉体は、さすがに美しかった。しばし、からみ合ったけど、彼はパンツを脱がなかった。

 

 私がなんとなく、投げやりで「どーでもいいやー」くらいの、軽はずみな気持ちで、彼を家に上げたってことを彼は感じ取っていて、もっと気持ちが入ってくるまで時間や日数を重ねようと思ってくれたのかもしれない。

 

 あるいは、「米軍が日本人女性をレイプした、しない。で揉めることが多かった時期」だったから、軍から日本人の女と仲良くなってもパンツは脱ぐなと教育されていたのかもしれない。ただ、そんなふうに、私を大切に思ってくれる気持ちが痛かったし、重かった。その場から逃げ出したいくらいに。若い男の子を、ちょっとだけ、弄んだ感じになっちゃったのかな?って。

 

 そのまま、何事もなく、彼は朝まで私の家で眠り、朝起きたら恥ずかしそうにしていたので、「駅まで送るよ。」と彼を駅まで送って、基地方面に向かう電車に乗せた。彼は、とても恥ずかしそうにしていて、あまり、私の顔を見なかった。私も、違う意味で恥ずかしくて彼の顔を見ることができなかった。いい年をした女が、若い男を家に連れ込んだあげくに、一方的に気を使われるとか、あたしってバカじゃないの?と。私は30代で、彼は24,5歳だった。

 

次の週、私の夜遊びスポットに彼が来ていないことを願っていたが、彼は来ていた。そして、キョロキョロしていた。「あ、来てるのか。。。」私は、彼の姿を見るなり、彼に見つからないように、そっと、その店を出た。そして、「今日は夜遊びは中止。」と家に帰った。

 

洋服を脱いだにもかかわらず、パンツも脱がずに頑張った24,5歳の軍人の男の子に対して、私にできる一番、誠実な行動は、もう二度と彼の前に姿を表さないということだった。あれから、彼が戦争に行っていないであろうことを少しだけ祈ってしまう目を細めるような切ない思い出。この場合って、私は不良なのかな?真面目なのかな?

勉強でノイローゼ気味になるという久々の体験

 ブコメで、ちらっと書きましたが、現在、ある分野の学校に通っています。一日5時間でほぼ週6で通ってます。今のところは一日も休んでおらず皆勤賞です。少し前には寝たきりになって、対人恐怖で通院さえ拒んでいた私とは思えないくらいの好調ぶり?です。

 とは言え、ADHDだし、精神疾患は1日ごとに波があるし、下手すれば数時間ごとに波がある状態。学校は皆勤賞を目指しているので、どんなに体調が悪くても、這ってでも行くのですが、やはり、体調が悪いと授業を視覚的、聴覚的には感じでいるものの、全然頭に入ってこない。一日中そんな状態の日もあれば、本の数分感、意識が飛んだだけで、先生の話がずいぶん先に進んでいて、ついていけなくなってしまったり…本当にひどい状態。

 だけど、授業中に遅れて部分は、自宅に帰って復習しているのでなんとか、若い人達と足並みを揃えることができています。

 

 ブコメでも書きましたが、私はアラフィフなのでクラスではダントツに最年長。隣の20歳の女子は理解力も高いし、記憶力も良くて、彼女が一回で覚えられることを、私は5回くらい反復練習しないと覚えられない始末。元々記憶力が弱いのに、加齢でもっと弱くなってって、本当にがっかりします。

 最近は、私にとってはかなり負荷の大きい課題を、私にとっては短期間だと感じる間に終わらせて提出しなければならなくて、徹夜覚悟で挑んだ次第です。そして、今月中に試験があるので、ブログなんか書いてる場合じゃないんですけど、現実逃避のために書いてます。

 

 朝起きて、自分と夫の弁当を作って、学校が終わると家に帰り、買い出しに言って夕食や常備菜を作って、それから復習してっていう状態なので、本当に体力的にも精神的にも余裕がないですね。

 とりあえず、試験が終われば少し気持ちには余裕が持てますが、行きたいと思っている、ダンスレッスンに全然行くことができていなくて寂しいです。その教室で開催される年忘れパーティーにもご招待していただいたのですが、その日に限って病院や、他の多忙な友人との会食の予定が入っていたりして、変更できなかったりで切ない。私がダンス教室のことを軽く思ってると思われるのはいやだなーと思いつつも体力的にも、時間的にもレッスン開催の曜日には行けないのよね。

 でも、まあ忙しくしていると、余計なこと、つまりは負の事柄を考えなくなるし、腫瘍の不安も忘れることができるので良いです。

 

 以前どこかでも書きましたが、30代中盤の女友達も看護学校に通っています。彼女の通っている学校にもアラフィフ(50代)がいるそうで、平均寿命が伸びている以上は、知識やキャリアを更新するための勉強は必要よねーと思いました。私も大学で習った情報はかなり古くなってしまっていて、現代には当てはめられないかなと思う部分もあります。

 

 まあ、いずれにしても、40代、50代でガッツリ勉強できる環境や時間を確保するために、しっかり蓄えをしておくのは重要かなとは思います。あるいは、給付型の奨学金を受給できたり、特待生で受け入れられる程度に学力を維持しておくと、経済的な面はクリアできるかも知れません。

 

 さて、私は、今回の課題は高評価でしたが、試験でも高得点が取れるかは自信がありません。日曜日しか学校が休みでないので、今から昨日の復習と試験勉強しますー。前向きな勉強のために追い詰められる生活も悪くないね(あは)

私が踊るダンスが一種類増えそう

以前、私はラティーノ(南米人)とダンスをするのが好きだと、プローフィールに書いていたのですが、私が踊ることができるのは、サルサ、メレンゲ、サンバの三種類なのです。

 

 ですが、最近、大人のダンスコミュニティに知り合いができて、別の種類のダンスに挑戦することになりました。

 まずは、私が好きなダンスの種類についてご紹介。

 

サルサ

音楽自体はキューバ発祥だと思うのですが、ダンスは南米の踊り好きなら、踊れることも少なくありません。だからといって、南米の人がみんな踊れるわけではありません。競技サルサと違い、一般人の踊るサルサは非常にラフです。

 逆に、日本人のサルサ好きの人達が集まるホールに行くと、競技サルサ好きの人達が集まっていることも少なくなくて、「君の踊り方はペルー式だね(ふふっ)」って鼻で笑われたりしてました。まあ、競技ダンスの世界は自分に自信がある人も少なくないのでしょう。私はラティーノの集まる安酒場で、ネイティブとラフなダンスを踊るほうが好きでしたね。

 

 

 

 私も安酒場で、「バイラモス!(踊りましょう!)」と言って、男性を誘っては踊っていました。もちろん、男性から誘ってくれる時もあります。いやなら、断ればいいだけだから簡単よ。

 

一人でステップを踏んでも、それなりに見栄えはするでしょ?

 

 

  この曲が私がサルサで一番好きな曲です。

メレンゲ

 たぶんドミニカ発祥?サルサと何が違うの?と聞かれれば、ステップが違うということくらいしか説明できなのよね。私では…

 

サルサもメレンゲも広いホールがあれば、のびのびと踊ることができるのですが、狭い空間で踊る場合は、こんなふうにこじんまりと踊ることもできます。

 

サンバ

 サンバも競技系と、浅草サンバカーニバル系のサンバが有名ですが、私が踊るのは、ごくごく一般的な、一般人が踏むサンバのステップです。

 

 これが、一般人がおどるカジュアルなサンバステップです。

 

 これくらいの体型の人でも、踊るのは不可能ではありませんが、なにせ他のダンスよりも動きが早いので体への負荷が強すぎて、私の場合は3分くらいでバテてしまいます。

 サルサ、メレンゲが長距離走だとすると、サンバは短距離走という感じです。サルサやメレンゲは相手を変えたり、一人でも何時間も踊れるので、本当に良い運動になります。腕を上げて回ったりする動作が多いので肩こりにも良いです。

 

 今、顔を出しているダンス教室も南米のダンスです。その教室で面白いのが日本人男性のシャイなこと…とにかく女性と体を近づける事ができず、先生にもっとくっつけと言われてばっかりなんです。それでも腰が引けてて、最終的には相手の女性の胸と日本人男性の胸の間に、薄いティッシュの箱を挟まれて、落とさないよに!と指導されてました。本当に日本人男性はシャイでかわいいですね。うふふ。

 そこにはラテン系の外国人女性もいたのですが、スイスイ踊ってましたね。おそらく60代くらいではないかと思ったのですが、足がとてもきれいで、ヒールを履いて踊っていると足も美しいままなのかしら?と関心してしまいました。

 

 さてさて、今は体調が悪いのに勉強を初めてしまったもので、結構、地獄味があるのですが、勉強に慣れてきて、腫瘍の手術が終わったら、踊りたいなーと思っているところです。

 

大企業の男に相手にされない増田へのエール

 

 この増田が若い頃の私みたいで、ほおっておけなくて書いてみます。私は増田の歳には独身主義を公言していたし、興味を持った相手は男女を問わず自分から積極的にお茶や食事に誘っていたので、増田とは少々性格が違うのですが、持っているコンプレクスは、ほぼ同じだと思います。

 

 そして、この増田に伝えたいことは過去記事で、ほぼ書いてしまっていました。

上記の増田に読んでもらって、参考にしてもらえれば嬉しいかなと思いました。

 

 

 増田に知っておいてほしいのは、これから必死に自分を高めようとする時に、きっと馬鹿にしてくる人や、冷やかして来る人がいるだろうということ。そんなことも知らないのかと。戦わなくてすむ人たちの中には、必死に戦っている人を笑う人達がいる。たとえば、ネットだと「必死wwwww」と笑う人達ね。

 必死で何が悪い!って話なのにね。そりゃ、君らはさぞかし頭が良いのだろうし、君らにはゆとりがあるんだろうから分からんよ、と開き直るしかなかった。私自身は当時は、嘲笑した人らに対して妬みやそねみの感覚を持っていたが、今となっては可愛そうな人達だったんだなとも思える。

 自分と向き合えない可愛そうな人達だと。全力で命がけで頑張ったのに、できなかった、と思いたくがないために、挑戦することを全力で回避し、挑戦者に嫉妬し、挑戦者の足を引っ張ろうとする人達なのだと。

 それもまた、安定した精神を守るための、一つに生き方なのだろうと思える。自分が挑戦しないのは自らの心の安寧のためだとしても、挑戦者の足を引っ張るのはよろしくないね。だから、やめてね。私達のような家庭環境の人間には、人の人生にケチを付けるだけで生きていけるような、そんな甘い人生の選択肢は与えられていなかった。戦いながら登っていくという選択肢しかなった。つらかったけど、強くなれたと、今となっては思う。でも、若い娘だった私には、やはりつらすぎたのかも。10年社会で働いて精神病になってしまった。

 

www.youtube.com

 

 私は子供のころから、中島みゆきの「ファイト」という歌が好きだった。まるで、自分への応援歌のように聞こえて、この歌を聞いては泣いていた。もしかしたら、これから頑張ろうとしている増田にとっても応援歌になるかもしれないので、紹介しておく。

 

 私も何故かヤンキーたちに声をかけられやすかった。やはり、同じ匂いがしたのだろう。だけど、私はヤンキーの文化に馴染めず、「タバコ吸う?」とタバコをすすめられても、「私はいいや。」と言ってしまうタイプだったので、少しずつ疎遠になってしまった。

 彼女らは小学校高学年ですでに(お母さんのバックから盗んだ)タバコを吸っていて、セッ◯スという言葉も知っていた。母子家庭で、お母さんは昼はパート、夜は水商売で働いていて、家にいる時は疲れて寝ている。子に教育を与えられるような時間はなかっただろう。

 増田はヤンキー寄りだったみたいだが、彼らには彼らの美学があって、あの世界は純然たる縦社会で、下は上を尊敬し奉公するべき、上は下に温情をかけ可愛がってやるべきみたいな暗黙の了解がある場合がある。増田はきっと、そのへんに憧れたのではなかかろうか。

 だから、未だに他人/自分立場/身分を上下ではかる考え方」が習慣化してしまったのではないかと考えてしまう。ヤンキーが「1個上(一学年先輩)」とか「一個下(一学年後輩)」にこだわるのは、強烈な縦社会のある集団に所属しているからのように見えた。

 今の増田に必要な考え方は、人間は出自(どんな家出身か)や肌の色、国籍、言語、その他の特徴によって、上だの下だの決められるべきではないし、笑われるべきではないと言うこと。まずは上下で人を見るのをやめないかぎり、増田の中でのもやもやは消えないと思った。

 派遣より正社員のほうが偉いと思っていないか?中卒より大卒のほうが偉いと思っていないか?実際には、誰が誰よりエライなどということはないよ。私は今、学校に通っているが、大卒の私より偏差値の低い高校を卒業したという隣の子のほうが、飲み込みは早いし、記憶力も良い。

 若さは、それだけで、能力であり魅力だ。体力も脳の働きもまだまだ良いのよ。今、頑張れば、なーんだ、どうして私、あんなに結婚願望が強かったんだろ?と思うほどにたくましくなるかもしれない。

 

 増田におすすめするのは、ファイナンシャルプランナーの勉強だ。将来、結婚して主婦になるという夢を持っていそうなので、人生設計や、家計管理に関わる知識を持っておくと「新しいサービスとか税金が優遇されるなんちゃらとかすごい知ってて」という部分は確実にクリアできる。何が書いてあるか分からなければ、それこそ社員さんに聞けば、交流の足がかりにもなる。中学や高校の勉強をいちからやり直さなくてもよいのだよ。むしろあんなのは必要だと感じてから勉強しなおせば良い。

 まずはビジネスに関わる資格の勉強や、国家資格の勉強に取り組むことをオススメする。資格に関しては本屋やネットで探せば沢山の種類があるので、好みの物を調べてみると良いよ。

 

 増田は真面目で素直な子だが、案外に負けん気も強そうだ。そういうところを生かして、是非がんばってほしい。

 

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25年前のシドニー*ボンダイ・ビーチ

 25年前のシドニーのボンダイビーチの写真がみつかりました。

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ビーチ自体はこんな感じ。

 

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ちょいちょい、トップレス(水着の上側を着ていない)女性が寝転んでるのがお分かりかしら?

 

 

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さて、ここまでで何かお気づきの方もいらっしゃると思います。

 

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そう、海に入っている人が少ないということ。当時、シドニーは海洋汚染が深刻だと言われていて、ネイティブは海には入らず、砂浜で日光浴や日焼けを楽しむのが主流でした。海に入っているのは、そういう事を知らない人や、知っているけど、それでも海に入りたいという人達でした。

 

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ボンダイビーチは日本人サーファーが多いという噂がありましたが、真偽のほどはわかりません。

 

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こちらの写真でみても、ちょいちょいトップレスがいますね。私の女友達は3人並んでトップレスで記念撮影していましたが、スタイルに自信がある人しかできないことだなーと他人事として見てました。

 

 これらの写真は、3か月ほどシドニーの友達の家に居候したときのものです。

25年前のシドニー*ブロンテビーチ

 シドニーの景色や、移転前の広島大学の写真を撮影したネガを見つけて、写真やさんでCD(?)に焼いてもらったのですが、そのCD達が行方不明になるという、うっかりミスをしてしまい、落ち込んでいるワタクシ。

 一体、どこにしまいこんだのやら…。本当に若い頃から、なくし物やうっかりミスの多さ、多動性、衝動性にがっかりし続けていて、なんとかならないかと脳の検査に何回か行ったくらいには、悩んできました。

 

 ADHDについて知った時に、「これ、あたしじゃん…」という納得感とともに、発達障害は「障害」、つまりは持って生まれたものなので治るものではないと知り、再びがっかりの感情に襲われました。

 自分がADHDであることにがっかりしたわけではなく、その諸症状がなくならないということにがっかりしたの。要するに大金をかけて焼いてもらったCDを紛失して落ち込んでます。唯一残っていた思い出の場所の写真だったので…

 

 ま、朝っぱらから暗いことを書いても仕方がないので、シドニーのビーチの写真、行きます!

 

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 やはり25年ほど前のネガなので黄色く焼けていて、これでもパソコンに入っている(性能の悪い)画像編集ソフトで色を直したのですが、これが限界でした。このビーチは恐らく、他の写真から推測するに、ボンダイビーチの隣のブロンテビーチではなかろうかと思います。

 

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 うーん、多分これがブロンテビーチの向かいの商店街だと思う。左側がビーチだったような気がする。ボンダイビーチかな?とも思ったのですが、なんか違う気がする。

 

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 ブロンテビーチの海に向かった側に、このような木が生えていていた気がするので、やはりブロンテビーチと思います。子供たちが木登りをしているのが当時のシドニーぽいですね。現在、日本の都会では子どもたちが公園の木に登ったりするのは危険だからと、禁止になっているみたいですね。昔は日本もシドニーも、その辺はゆるかったですね。

 

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 そして、ビーチの丘側はこのような感じでした。海の真向かいに丘があるというのはとても便利ですね。

 

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 ビーチの写真で公開に耐えうる写真はこの5枚くらいでした。広島大学の写真が見つかったら、再び紛失する前にUPしようと思います。はーあ、この調子じゃ老化が進んだら、どうなることやら…

 

中高年の楽しみ方

 さて、リア充に戻りつつあるワタクシですが、最近は20歳~40歳程度の若者層と、40歳~60歳くらい?までの中年層、それ以上の高年層のコミュニティに遊びに行っています。というか、若者層は家にあそびに来てくれたりするので楽ですね。

 

 「40歳以上になると、そんなに年齢は関係なくなる。」という人達もいて、私もそのとおりだと思う。40歳以上になると、生きることのしんどさを一通り体験(観察からくる疑似体験も含む)するので、だいたいの話題が通じる様になるという意味ね。

 

 だけども、こないだ、中高年が出揃うあるコミュニティに遊びに行ったら、70代の抱かれたい男ランキングの話題で高年の男女が盛り上がっていました。私はパッと70代の俳優さんを思い出せない、というか、60代か70代か分からない俳優さんが多かったのですが、彼らは同世代の芸能人の年齢を良くご存知で、あれはまだ60代でしょ?みたいな感じで、やはり歳の近い芸能人の年齢はわりと覚えているものなのねーと感心しました。

 

 なんというか、60〜70代で男女でそのような話題で盛り上がることができるなんて、都会っぽいなーと思いました。私の母親なんかは、ちょっとでも性の匂いがする話題は、はしたないとして、できない人だったからです。私の親の世代は男女とも、わりと性潔癖に教育されている世代だと思います。特に田舎出身ですから、余計に古風だったと思います。

 

 その中にヨーロッパ人の60代?に見える御婦人で、日本語は全く話せず、英語もほぼ話せない女性がいたの。つまり言葉の通じないコミュニティに飛び込んでくる60代女性ってことね。その度胸が、とってもかっこいいですよね。

 体を動かすサークルのような場に出入りし始めいて、中高年の人達が小気味よくスイスイと体を動かしている姿を見て、ああ、私も鍛えれば60代であの運動能力を維持できるかもと希望を持てたりして…

 

 一人でコツコツ筋トレをするのが好きという方もいらっしゃるのでしょうが、私はみんなで集まってワイワイしながら体を動かすのが好きかな。とっても楽しいです。