飯島愛さんへのオマージュ

2015年6月に書いたものに少し加筆しました。

無理でした…

 このブログ、もっとマイルドな「精神病やひきこもりを理解してね-☆」みたいな、 無難な「大人の女性」的なきどったブログにする予定だったんです。 「日常のきれいなとこだけ」を切り貼りした写真や文章でね。 無難すぎて、面白くなくて飽きるられちゃうのは分かってたけど メンタルが弱いんで、クレームのこないようなブログにしたかったんです。 でも、もう無理。隠しきれない心の闇と、毒と、戦闘能力の高さがもれちゃうんですね(笑) このブログ、完全に路線ブレブレじゃネ?的なこと思っている人への言い訳です。でも、無難な記事もたまには書くよ。的なブログになりそうなんですけどね。 何もかも中途半端な感じですみません。ほんとに。人間が中途半端なもんでね。

飯島愛さんがのりうつってきてる的な?

 「私的(わたしてき)には~」という言葉ってね、飯島愛さんが生んだ言葉なんですけど 私、最近これを多用するんですね。なので、もう死ぬのかと… いや、それは冗談なんですが(まだ死なないと思ってるので大丈夫。) ご存命でいらしたら、50歳代? 生きていてくれたら 世の中がもっといい方向に向いたんじゃないか、と思えるくらいの人物でした。

 

 あまり、おつむの良くない女子高生や若い女子達が、悪いおじさん達に騙されて、悲しい思いをしても、おじさん達が牛耳っているマスコミ業界は若い女の子達にセカンドレイプを加える始末でした。「おじさんに、いいようにされるお前らが注意不足なのだ。」と。

 女子高生が、こうこうこういう流れでおじさんにひどいことをされたとTV番組で訴えて涙ぐんでいると、愛さんはとても優しく共感し励ましていました。ですが、おじさんタレント達が「そうはいってもお前らは自分の性に高い価値があるって知ってるだろ!こどもじゃあるまいし!」的なことを言ってくるの。飯島愛さんは、そういうおじさんたちに、「そういう娘ばっかりじゃないのよ。」「本当に、おじさんの言うことを信じちゃう純粋な子もいるのよ。」と粘り強く説得や説明をしていました。

 それでも、しつこく若い子の自己責任を問い、子どもたちをセカンドレイプし追い詰める男性タレント達には「うるせー、お前はちょっと黙ってろっ!」とキレて叫んでいました。ああいう時の愛さんは本当にかっこよかった。

 センセーショナルに物事を扱う番組には多少の演出が加えられていたかもしれないと割引を加えたとしても、当時の女子高生が性的な意味合いで搾取されたり、差別されたりしていた状況をあぶり出すには、ああいった番組も必要だったと思う。

 

 ある時期には(いや今でもか)まだ、援助交際と性被害の区別のつかない人達がたくさんいましたし、「女子高生は、まだ子供だ。」という認識のない大人達も今より多かったかもわかりません。体に凹凸が出てきて女性らしい肉体になったら、急に内面も大人になると思い込んでいる人達が未だにいるようですからね。情報が流通しにくく、性に関わる教育が進んでいなかったあの時代には色んなことを思い、色んなことを言う人達がいて当然だったでしょう。

 テレビ番組では(わざわざ)女子高生が調子にのってオジサン達をディスっている姿を(その部分だけ切り取って)顔出しで放映するくせに、(買春をしている)おじさん達が女子高生のことをディスるVTRは顔にモザイクがかけてありプライバシーが守られるという、ひどい状態でした。

 飯島愛さんはセンセーショナルに女子高生を扱う番組に出る時は必ず、そういった事柄を指摘し、「ほんと大人(の男)ってずるいよねー。」と、的確な指摘をしていました。本当に聡明で心のやさしい女性でした。

 

 飯島愛さんが死んだとき 「うわっ!これ他人事じゃないわ!」 私が死んだら、葬式代、遺品処分代、貯金がどこにいくのか?的なこと、どうするんだ? と思っちゃったわけです。 知人が孤独死した友人の葬儀で出したのね。孤独死の場合は役所が火葬しますし、役所で簡単な葬儀(市民葬)もできますが、友達の寄付が多少は必要なんですね。 やはり、人(葬儀屋)が動きますからね。 最低でも15万円程度は必要になってくるんです。

 

 いくら私が葬式はいらないと普段から言っていても、なんか友達が有志でやってくれそうな感があったんでね。遺品処分も、ワンルームでも最低ラインで10万円くらいは かかるんじゃないかな。大家さん、友達、税金のいずれかで私の遺品整理がまかなわれるんだろうなと思うとげんなりでした。というか、実際一人暮らししてた隣の隣がの部屋で「孤独死」が出て大家さんが遺品処理と掃除してました。そういえば…思い出した。死後どのくらいに発見されたのかはわかりませんが、時間がたっていたら、色んな液体や死臭が部屋についちゃうそうで、大変そう。安アパートって家賃も3万くらいで、大家さんもそんなに儲かってないから、業者に頼むわけにもいかなかったんでしょうね。

お金は誰に残す?

 私の父親は親戚一同から縁を切られてた上に、もう死んでましたから、 父方の親戚の連絡先とか知りませんし 母方の親戚も、会ったことがあるっていう程度で連絡先なんか知りません。 あ、ちなみに母親ももう死んでます。 そういう親戚たちに、私が「馬車馬のように働いて、ギスギスした生活を 我慢して貯めたお金」が、ちょっとでもいくのがいやだったんですね。 お世話になった友人たちに残したいと思ってたんです。 だから、お世話になった友達にお金がいくように遺言を書かなければと 思ってたんですが、心身ともにやんでいたので弁護士さんのところに 「遺言を作ってください。」って、なかなか連絡できなかったんです。

元気だと感謝の気持ちを忘れちゃうんだな的なこと

 そんなこんなしてるうちに、少し元気になってきちゃってね。ええ。 大切なことって忘れがちなんですよね。ちょっとでも健康だと。 座っていられる自分に感動、立っていられる自分に感動、 歩ける自分に感動、外に出られる自分に感動。 こういう気持ちは忘れちゃいけませんね。ええ。

 

追記:と思っていたら、癌がみつかっちゃいました。人生は本当に色んなことが起こりますねー。

骨折がずいぶん治ってきました

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手を骨折したのですが、

やっと、ギブスが取れて

簡易な固定器具に変わりました。

 

これでやっと、

まともにキーボードが打てると

ちょっと安心しました。

 

聞き手の左手を骨折したので

学校で授業のメモも取れず

とてつもなく

授業に遅れをとっています。

冬休みに、しっかり復習しないと

来年の課題がヤバイ…

 

私ね、足を5回ほど骨折してて、

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13針縫う、この怪我と

 

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9針縫う腓骨神経麻痺もやってるの。

 

階段で意識を失って落ちた時の傷が

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こんな感じで、

 

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これは何の傷跡だろう…30代になって膝下を強打した時の傷なんだけど、忘れちゃった。

 

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他にも、この程度の2~3センチの傷はちょいちょいあります。

いつ撮った写真なのか分かんないけど、パソコンの中に入っていたのでUPしてみた。

 

つーか、太ってんな、あたし。

 

 しかも歳とってる上に、美容に興味がないから肌がカッサカサだなぁと写真をみて思った。でも、乾燥肌を認識はするものの、だからといって、お肌のケアをするかと言えば、たぶん、しない。まあ、それが、キモくて金のないおばさんを自称している理由なんだけどね。身なりに構わないから、周囲からはさぞかし、得体のしれないおばさんに見えていることでしょう。

 

 まあ、昔、記憶力も怪しくなってきたアラフィフのおばちゃんの個人ブログに、ことごとく創作だの、嘘だの、盛ってる(誇張)だの言ってた人達がいたので、最近、証拠写真を出してみてます。そんな義理はないが、私、根に持つタイプなのでね-☆

 別段、私のことを嘘つき呼ばわりした人達に興味はないし、関わりたくもないけど、本当のことを書いたってことは証明したいじゃん。

 そういう、人を批判したり、誹謗中傷するのが好きな人達を好む人達もいるみたいで、中傷好きや批判好きな人の味方をしたがる人もいるみたいだから、事実を事実として書いただけだよーんて、こっちも言っておきたいのよね。

 何の証拠もなく、人の話を「珍しい」とか「信じられない」というだけの理由で、嘘呼ばわりするうっかり屋さん達は気をつけましょうね。言いたきゃ言えばいいけど、何の証拠もなく人を嘘つき呼ばわりする人だと思われて、損をするのは自分だと気づいた方が良いよ。周囲からそういう評価を受けるってことをね。

 確か私のブログに対してではなかったと思うけど、個人ブログに「証拠を見せろ」とか書いてる人もいたからね。あれには驚いたね。個人の日常日記を書いてるだけの人に、自分が勝手に目をつけておいて、書いてある内容が自分にとって信じられない内容だったら、自分が信じられるまで個人情報を出せとか正気の沙汰じゃないね。まずは自分が同等の個人情報を、魔のインターネットに出してから言えよって思ってしまった。

 まあ、人のやることが気になって気になってしょうがない人、人のやることにケチをつけたくてつけたくてしょうがない人ってのがネットでは目立ちますね。生い立ちなどからきている心理的問題か、発達障害の特性からくるものじゃないの?早めに精神科やカウンセリングに行って認知行動療法や、反復訓練で楽になってほしい思う。だけど、御本人が心理的に問題をかかえているとお気づきでない上に、精神医療に偏見のある人の場合は「カウンセリングを推薦」しても、攻撃を受けた、馬鹿にされたとお思いになるだけでしょうから、本当に打つ手がないですね。「精神科に行けなんて失礼だろ?」とか平気で言う人がいる世の中ですし、そういう人ほど精神科に行きたがらないですからね。風邪を引いた人に心配だから内科に行けと言っても失礼ではないのに、メンタル弱ってて行動がおかしくなってるから精神科に行けっていうのが失礼って、どういうこと?とは思うよね。

 人のやることがそんなに気になってしまったら、自分自身がつらかろうにと思う。うちの夫も人のやることが気になってしょうがないタイプなので、とてもつらそうよ。でも、カウンセリングに行ってほしいと何度も何度もお願いしたけど行ってくれないので、私に打てる手はもう何もないのよね。彼のことは嫌いじゃないけど、常に人のやることを気にして怒っている人と、一緒に暮すというのは難しいよね。だから今後は良き友人として関わりたいかな。夫と結婚してみて、「もう二度と誰とも結婚はしたくない」「やっぱり私は結婚に向かない」と、よく分かりました。独身時代に独身主義を公言していたのは正解だったなと。

 そういった意味では、例えウッカリミスであっても婚姻届を出してみて良かった思います。一旦婚姻届を出すと離婚しにくいのは何故なのかも学習することができたので、本当に良い勉強になりました。

 助け合って生きるなら夫婦で無くても良いじゃん。普通に外国みたいに、気を使わなくても良い女友達とルームシェアでもして余生を暮らすのが私の理想。どうしても人と一緒に暮らさなきゃならないなら、節度を持てる程度に距離のある相手(できれば女友達)とがいい。夫婦ってのは心理的距離が近すぎて無理、私には。

 甲状腺がんの入院も夏に決まり、色々と段取りが進んできました。体の不調をなんとかしないことには、やりたいこともできないのですが、健康管理も仕事と思って取り組んでます。

保育園騒音被害の重大さと健康被害と愚痴

のコメント欄で、めちゃくちゃトラウマが発動したので書かせてもらいます。

私はこの記事に対して、

「私は保育園騒音の被害者。米軍の騒音と保育園騒音は同じ騒音なのに、保育園騒音に抗議したら心が狭いの?何故騒音を無くそうではなく、我慢しろなの?騒音計を買い訴訟を考えた程に深刻だったのに」

と、コメントしました。

 

 

前提として必ずこの記事を読んでください

 この記事を読まれる方は、必ず上記の記事を読んでください!でないと、絶対話が分かりませんから。

 

私の事情

 当時私が住んでいたアパートは、家賃・立地ともに私には都合がよく絶対に離れたくないアパートでした。ですが目の前に保育園が建設され、保育園騒音で健康被害を受け、泣き寝入りして近くの別のアパートに引越しをせざるを得なくなりました。その状況を細かく書いていきたいと思います。

元々の私の居住環境

 私は低収入なので、もともとアパートの隣に電車が走っているような、立地の悪い安い賃貸に住んでいました。もちろん電車の音もしますし、電車が通れば家が揺れるくらいに騒々しい環境だったんですよね。ですけど、それは全く気になりませんでした。頻度が多くないのと、今思えば、子供の周波数の高いに比べれば神経に障らない程度の音だったからだったと思います。

 そのような立地も悪く安い作りの物件ですから、上記の保育園騒音被害者のように丈夫な家でもなく、二重サッシでもなく、壁も薄いので防音性なんてありません。安い賃貸の作りなんて粗末なものです。それで、目の前に保育園が建って、ウチは2階(これ重要)に住んでいて、もろにその騒音を受けたわけです。あの苦しみは体験した人にしか分かりません。

本当はあの部屋に住み続けたかった

 ウチは低収入なので家賃は4~5万円程度の物件を探すようにしていました。関東で5万円前後で二人が住める物件がいかに格安で粗末なものか、関東で賃貸暮らしをしたことのある人ならお判りでしょう。夫の通勤、私の通院、通勤の都合、破格の価格、全ての条件がそろっていたあの部屋を出ていきたくはなかった。でも、騒音に耐えられなくて引越しをせざるをえなかった、当然、引越費用の数十万は自腹です。

 引越代を節約するために、一部の荷物を自転車で往復して運べるほどには、そのアパートの近くに引越しをしたんですよ。保育園騒音が理由でね。そりゃ、怒りも沸きますよ。

 

保育園騒音の実情

 保育園騒音は、都会か田舎か、防音設備があるかないか等で世帯や個人によって健康被害の大きさが違います。また騒音対策をしている心ある保育園か、騒音を垂れ流しているタチの悪い保育園かで全く話が違います。だから、「ウチはこうだった。」という話は通用しません。さらに保育園の騒音の話なのに、幼稚園、小学校の騒音と比較して我慢が足りないという人が出てくる始末です。これでは被害者が怒って当然です。そこら辺のことを書いていきます。

学校、幼稚園、保育園の設備は違う

 (上記の増田は幼稚園の話なので違いますが)保育園騒音の話をすると、「ウチの前にも小学校があって…」「ウチも近くに幼稚園があって…」などと言い出す人がいます。ですが、田舎と都会の保育園では園庭の広さが、まず違います。面積に対する子供の密集度が全然違うんですよ。ブコメに幼稚園のグラウンドって書いてあったけど、グラウンドと言えるほどの広さの場所に数十人いる程度なら、私だって騒音で病んでないんですよ。都会の保育園にはグラウンドなんていう気の利いたものはない場合があるです。狭い園庭のみなんです。

 うちの前の保育園では「猫の額」ほどの超絶狭い敷地の遊具に、大量の子供が密集して奇声をあげながら遊んでたんですよ。散らばってないし、狭いは近いはで滅茶苦茶うるさかったんです。

小学校は防音設計だし広い

 小学校は、例えば、南側、東側は校舎で北側は体育館で西側にはブロック塀と防音林というように、グラウンドを囲んで音が遮られる構造に作られていることが多いように思います。さらに校庭が広く、子供がまばらなので、都会の敷地が狭く壁もない保育園よりはるかに静かです。しかも、子供の年齢層、声質や騒ぎ方が全く違いますので、保育園騒音とは全く別の話です。

防音設備は保育園によって違う

 うちの前の保育園は狭い上に防音設備が一切なし。塀もなく、かっすかすの金網ネット。しかも、こちら側も賃貸なので防音設備が一切なしだったんですよ。しかも道幅が狭く保育園に近かったの。しかもウチは2階で騒音が直撃だったんです。

 騒音元が遮音・防音の構造で設計されていない、遮音・防音壁がない、その上に自宅も安い作りで防音機能が全くない状態だと、本当に悲劇なんですよ。

 だから、健康被害が出ない程度の騒音被害の人は、保育園か自宅かのどちらかに多少の防音の性能があると思うんです。

具体的な騒音被害

 あの増田は運動会の騒音の話でしたが、狭い保育園、細い道、目の前の立地なら毎日、一定時間おきに騒音にさらされます。うちの前の保育園は順繰り、数十人ごとに交代で屋外の遊具で園児を遊ばせてたんです。

 で、小学校に上がる前の子供の声って周波数が高くて頭に響くんですよ。ちびっこを育てたことのある方ならお判りでしょうが、ちびっこって一人だけでも興奮して騒ぎつづけると、大人一人をノイローゼにできるくらいの威力じゃないですか。あの声が、遊具のところに密集して束になって襲ってくるんですよ。

 ようするに、チョークで黒板をひっかくような不快な高周波の声が束になっておそってくる感じなんです。少なくても私にはそう聞こえたんです。隣を走る電車の通過音はうるさいと思ったことはありませんが、大勢の子供のかな切り声は本当にしんどかった。

 さらに悪いことに、私の自宅の前の保育園は園児が帰った後に、スポーツ教室を開催していました。それを狭い園庭でやっていて、ホイッスルの音と男性コーチのがなり声がずーっと続いてたんですよ。この時、子供の声はほぼ聞こえませんでした。ですから、うるさいのは子供ではなくホイッスルと男性コーチの怒鳴り声のみです。

 サッカー鑑賞される方ははお判りでしょうけど、ホイッスルの音は、あの大きなサッカー場でも響き渡るほどの大きな音です。それおピーピー、ピーピーとずっと吹くんです。さらに、コーチのがなり声も相当なもので、耐えられなくなって、保育園にその件について相談しましたが相手にされませんでした。

 一日に数時間なら我慢しろとか、平日だけなら我慢しろとか無責任なことを言える人は、平日に毎日、会社や自宅の扉の前で数十人の保育園児に、一定時間おきに奇声を数時間ほど叫んでもらってください。数か月でノイローゼになれますよ。

 

保育園騒音の健康被害

 騒音での健康被害と言ったら、頭痛や嘔吐と思うかもしれませんが、個人的には精神的被害が一番深刻だと思います。理由は下記のとおりです。

騒音はキ〇ガイじいさんを産む

 昔ね、自分が保育園騒音被害の真っ最中にネットで保育園騒音被害について調べたんですよ。どうしたらいいのか、本当に深刻に悩んでいたんです。

 そしたら、心無い人たちが、保育園にキチ〇イじいさんが「うるさい!」って乗り込んできて迷惑だ、怖いとか書いていてビックリしたんですよ。いや、確かに急にそんなおじさんが乗り込んできたら怖いですよ。そりゃそうですよ。ですけど私からしてみれば、「いやいや、その老人をその精神状態に追い込んだのは保育園騒音じゃないの?」って思っっちゃたんですよ。「そのおじいさん、騒音のせい(?)で完全に(精神を)病んでる。その状態って、れっきとした健康被害じゃないんですかね?」って思ってしまいした。いや、認知症かもしれませんよ。でも、保育園騒音でノイローゼ気味になっている私には、そう見えたんですよ。

騒音だけが問題ではない

 根本的な問題は保育園から出る騒音なんですよ。だけどね、私からしてみれば保育園騒音で精神が病んでしまうのは、保育園に相談しても相手にされないし、どこに相談したらいいのかも分からなかったし、騒音を解決できそうな糸口が全くなかったからだったんですよ。我慢して、我慢して、相談しても相手にされず、でも引っ越したくないから、さらに我慢して、って2年(もっと?)くらいは我慢してたんですよ。

 結局、私は泣き寝入りして引越ししましたが、もう少し長い間、我慢していたら保育園に「うるさい!」って怒鳴り込んでいくキ〇ガイばあさんになっていたかもしれません。

 少なくとも、ネット社会では、保育園騒音に対する偏った許容と、精神被害に対する偏った偏見・無理解で、負のスパイラスになってたんですよ。それを見て私も「ああ、これは保育園騒音被害を理解してもらおうと思うのは無理だ。」と泣き寝入りを決意したんですけどね。

被害状況の違いによって被害者も分断されている

重度の被害者はごく少数だから泣き寝入り

「うちも幼稚園ではないけど似たような環境に陥ることがある。確かにうるさい。だが、そこでイライラしてたらそれこそ不健康で心が狭い。」

 という、ブコメがありました。

 この方の言ってる「似たような環境」てのが何のことか分かりませんが、「園庭の狭さ」「子供の密度」「保育園の防音性」「住居の防音性」「保育園との距離」の違いで、たとえ同じマンションであっても被害の大きさは違うんですよ。あと保育園は「開園時間の長さ」も、個別に違います。ですから「ウチはこうだから…」は、他の被害者とは全く関係のない話なんです。

  防音設備のない保育園が建ったとして、その目の前のマンションの2階の人と4階の人じゃ被害の大きさが違うんです。マンションなら、部屋の向きだけでも被害の大きさが違うと思うんですよ。

同じ近隣住人でも分かり合えない

 だから、4階の人は平気で2階の人に「それくらい我慢すればいいのに。」って思えちゃうんですよ。私からしてみれば「だったら、この部屋と交換しましょうよ。我慢できるんでしょ?心が広いんでしょ?」って話なんです。

 

で、要するに、ウチは

  • 道が狭い
  • 狭い園庭の遊具に子供が密集
  • その遊具がうちの目の前
  • 園庭に(子供が興奮しすぎる楽しい)遊具がある
  • 保育園に防音設備はない
  • 自宅にも防音設備がない
  • しかも2階で音が直撃

という、悪い条件が全てそろった部屋だったんですよ。で、そういう部屋や一戸建てって、近隣住人の中でも、ごくごく少数なんですよね。だから、近隣住人で結束して「(騒音元または被害者宅の)防音費用の交渉」をするにしても、重度の被害者以外は「面倒だから我慢する。」とか、持ち家の人は「面倒だから自力で自宅に防音設備をつける。」ってなるんじゃないんですかね?

  で、結局お金がなくて自宅に防音設備をつけられない人、賃貸だから防音設備を自宅につけられない人だけが騒音で病んでいくんじゃないですか?私なんかは賃貸だったからまだ引越しっていう逃げ道があったけど、持ち家で騒音の直撃をくらってるのに、諸事情で防音できないおうちってどうしてるんだろ?

同居家族でさえ分かり合えない 

 当時、私は週3~5日、1日3~8時間のアルバイトをしていて、朝~昼過ぎ、夕方~夜の勤務が多く、午前から夕方にかけての保育園の騒音の直撃をくらってたんです。その頃は、まだウツの状態が悪く医師に勤労をとめられたにも関わらず、押し切って働いていたので日々の休息が非常に大切だったの。その大切な中休みや、デイオフの時間を、ちびっこ達のキャーキャー言う声で脅かされて、ウツを悪化させてたの。

 だけど、夫は保育園が開園している時間は仕事をしているので、保育園の騒音がどの程度なのか知らないんですよね。だから「まあ、子供だからしょうがいないよ。」みたいな感じで、私が騒音でノイローゼになりそうだって訴えても、分かってもらえなかったの。それくら、保育園騒音被害は断絶があるんです。で、結局、誰も分かってくれない…ってノイローゼを悪化させていくんです。

保育園の建設を反対されないためには?

 もし私が一戸建てを買ったとして、目の前に防音対策皆無の保育園が建つとしたら絶対に反対します。じゃあ、保育園騒音の被害者の私が保育園建設に賛成できるようになるためには何をしてほしいかを書いてみます。

私が思う解決策

・保育園側の遮音・防音

 または

 騒音被害者側への遮音・防音設備の全額補助

・(賃貸なら)引っ越し費用の全額補助

などで絶対に騒音被害がないと分かれば建設に賛成します。

 要するに、公害レベルの騒音から逃れたいただそれだけなんですよ。元記事のブコメにウチも似たようなとか書いてありますけど、似てません。どうして言い切れるかというと、ブコメの人たちが受けた騒音被害は公害レベルではない様子だからです。恐らく、騒音元か住居(自宅)側に、ある程度の防音設備、防音性能、騒音対策、があるんですよ。気づいてないだけで。

 この体験から、保育園全体に遮音・防音設備を設置するとコストがかかりすぎるという話なら、(ピンポイントで絶大な被害を受けてる)被害者世帯のほうに防音を施せば、低コストで済むかもしれないとも思いました。

 

騒音問題の解決なしに建設反対は防げない

 これも結論から言うと、保育園騒音で健康被害が出てる人に対して「子供のためなんだから我慢しろ」っていう人がいるから、保育園建設の反対運動がなくならないと思います。

 「保育園を建設したいから、うるさいけど我慢して」ではなく、「騒音問題は起こしません。起ったとしても必ずすぐに対策しますし、対策出来なかったら賠償金を払います。」くらい言ってもらわないと、持ち家なら絶対に建設に反対する自信があります。

 この問題は情緒的な論争で解決できる問題ではありません。特にネットでは、子供の奇声からくる騒音問題について、情緒的に無条件に子供を優先し、騒音被害者側の被害を軽視する意見が目立ちます。子供の奇声の騒音被害について問題意識を持つ人が極端に少なく、子供の声なんだから我慢しろという精神論が並ぶのです。

 「ゴミ処理場は必要だから、臭くても我慢して」って言われて賛成しますか?「臭いを出しませんから建てさせてください。」って約束してもらわないとイヤじゃないですか?私は疑い深いので、それでも「本当に臭いは出ないのですね?臭いは絶対に出さないと書面で保証してくれたら考えます。」って言うと思います。保育園騒音は、被害経験のある私からしたら、それくらいの脅威なんですよ。 

 

結局あきらめるしかない現実

「うちの真向かいが幼稚園のグラウンド。自由時間に集団でテンションMAXになった子達の全力金切り声は中々の破壊力です。でもどうにもならないからなぁ。」

 というブコメもありました。

 ほらね、幼稚園の騒音でさえ、「どうにもならない」ってあきらめてるでしょ?本当は騒音元または被害者に遮音・防音設備を設置してもらって、騒音なく快適に過ごせるようにするのが人権なんじゃないんですか?(人権のことはよく分かんないけど。)

 「許容」「許す・許さない」「心が広い・狭い」「神経質」「過敏」とかって、被害者を責めてるうちは、絶対に保育園建設を反対する人が出ると思います。騒音被害者の心に寄り添ってくれないなら、子供を預ける側の心に寄りそう余裕なんて持てませんよ。

 騒音被害から自分を守るので精一杯になっちゃいますよ、そりゃ。実際に健康被害が出るんですから。

テレビで見た解決策

 ある保育園が騒音被害対策のために、子供が外に出る時は大声をあげさせないという訓練をしていて、あれくらいの配慮のある保育園なら近所にあってもいいと思いました。

 テレビで取り上げられた保育園では「忍者のポーズ」というものを考案し、それで子供の興奮を抑えるという手法をとっていました。具体的には、子供が興奮しそうになったら、すぐに先生が「ニンニン」と注意し、それを聞いた子供たちは、両手を忍者のように合わせて小声で「ニンニン」とささやき、大声を出さないという訓練です。子供たちはしっかりと訓練を身に着けており、先生に「ニンニン」と注意されたら、すぐにはしゃぐのをやめ、両手を合わせて「ニンニン」とささやくのです。

 だから、ああウチの目の前の保育園みたいにタチの悪い保育園ばかりではないんだとも思えました。

近隣に迷惑をかける保育園かどうかの判別ができない

 私だって、保育士に連れられて、普通の音量で話しながら散歩しているちびっこに腹を立てたことなんてありません。束になっておそってくる高周波の奇声で健康被害を受けてるわけです。だから、遮音・防音以外の方法だったとしても、ちゃんと対策をとってくれるなら文句はないんです。運動会やイベントの練習で、音楽、人の声をスピーカで大音量で流す行為が数日間続く程度の騒音なら我慢してましたよ、実際に。でもタチの悪い保育園は防音設備どころか、防音の努力をしますという姿勢すらないし、相談しても相手にしてくれないんだもん。

 で、上記の「子供嫌い」の人の記事内で「区と園が言ってた防音対策する約束なんてすぐに破られました。」って言うのを見ちゃうと、誰を信用したらいいの?ってなるんです。私自身が騒音元の保育園に相談しても、相手にされなかった経験があるので、信用できないんですよ。

 私は、低能すぎて、このような体験や愚痴を書くことしかできませんが、制度設計とか立法に詳しい人は、なんか考えてよーと思ってます。また、まとめ方が分からないので、急に終わります。参考になりそうなリンクを下に貼っておきました。 

おわり

◆ブコメに保育園騒音被害の体験談をいただいたので追記

腫瘍の組織検査の結果が出ましたー

 

結論から申し上げますと、

悪性腫瘍

でしたー(●´∀`●)ノ

 

 もし、急に悪性腫瘍と言われたら驚いたかもわかりませんが、地域の病院で悪性の可能性があり、なおかつ(組織検査ができる医院にも関わらず)ウチの病院では難しいので、甲状腺で著名な大病院を紹介しますと言われた時点で、まあ、悪性の可能性が高そうだなと思っていました。

 それに、大病院ではエコーの段階から、悪性の可能性が高く、手術を勧める可能性が高いと言われていたので、特段、驚きはありませんでした。ですから、「悪性の腫瘍でした」と医師から聞いた時も、「あー、やっぱりそうなんですねー。あっはっはー。」と笑ってしまいました。やっと、この検査通院から開放されるという安堵の気持ちと、手術することが決まってしまえば、あとは予定を組めば良いだけなので、安心だと思ったのです。手術をしなければならないかどうかすらわからないと、先々の予定が全く組めず、困っていたんですよね。これで、予定が組めると思うと、一安心です。

 

 だけど、面白かったのが、悪性腫瘍だと知らされた時に私は安堵して笑っていたのに、医師が何故か私が手術を嫌がっているテイで説得を始めたこと。私、まだ、手術をしたいとも、したくないとも、一言も言ってないのに、「いやかもしれないが、手術はしたようがいいってば。」みたいな感じで説得を始めたの。

 私は、別段、切る気満々だったので、早くそう言えば、医師も必要のない説得をしなくてすんだのですが、ほおっておいたら、この思い込みからくる説得をどのくらい続けるのだろうと思って、特に意思表示はせずに「はい。」「はい。」と相づちだけ打って、医師を観察してみました。

 医師は私の悪性腫瘍は、乳頭癌という種類のガンで、一般的には10mmくらいで切らなければならなくなるような危険な悪性ガンではないと説明してくれました。だけど、「場所が悪すぎるので切った方が良い。」という説明をしてくれました。

 そのあとに「切ったほうっがいいってば。」っていう説得が始まりました。その医師は、コミュニケーションの仕方がとてもフランクな医師で、商店街の八百屋のおっちゃんみたいな話し方で私を説得してくれました。あ、ちなみに彼は50代くらいのアルバイトの医師でした。「私はバイトなんでね~」と、言わなくてもいいことを、うっかり言っちゃうとこが、素直でいい人だなーと思えました。

 

 さすがに、これ以上説得してもらうのも申し訳ないと、彼が熱く語っているのを、「あのっ!」と強めに言って、遮って、「私、切る気まんまんなんですけど。あっはっはー」と言うと、その医師は少し驚いたような、拍子抜けしたような顔をしていました。

 恐らくですが、悪性腫瘍なんて言われちゃうと、パニックになって手術を即決できない患者さんもたくさんいて、説得するくせがついちゃったのかな?と思いました。何にせよ大変なお仕事ですね、医師というのは。

 

 というわけで、悪性腫瘍の切除の手術をすることになったのですが、私が紹介していただいた病院はかなり甲状腺では有名な病院らしく、予約を入れても手術できるのは、早くても6~7ヶ月後なのだそう (・д・oノ)ノ

 

 今は腕を骨折していて、入院の書類が書けなくて、まだ入院の予約すら入れてないという、ひどい状態。治さなければならない箇所が多すぎて、笑うしかない状態ですわ。病院の後、東京在住の男友達と食事に行ったのですが、めちゃ心配してくれて、めちゃ腫瘍について質問攻めにあいました。

 

「なんか、私はさして気にしてないのに、周囲のほうがはるかに不安がってて、びっくりする。ありがいことなんだけどね。」という話をしました。

 

 その他にも、このブログで身バレしてしまったので、このブログを見つけた友人たちも、「ちゃんと、いい病院にいってる?」とかの心配のメールをくれたりして、ああ、私ってわりと幸せな人生だったんだなと、自分の幸せを噛み締めたりしてね。

 

 夫も死ぬほど心配していて、

「ららちゃんは、人にすごく幸せも与えるけど、すごく心配もあたえるんだよね。」

と、言われてしまいました。

 

そっかーと、少し切ない気持ちなっちゃいました。

 

まあ、病気や怪我で、自分の生き方や周囲の人達の有難さを顧みている、今日このごろです。

行動を制御できない子としつけについて

 非常に体調が悪いのだが、この記事に関してどうしても書いておきたいので書く。体調が悪いので、また、言葉足らずになるかもしれないが、ご容赦を。

 

 行動を制御できない子供はたしかにいる。また、その親も行動を制御できないタイプであり親の行動パターンを学習してしまった場合もあるにはある。だが、親の知力、理解力、説明力、忍耐力などが全てにおいて高い場合でも、子供が自分の行動を制御できない場合も多い。これについて書いておく。

 

 このエピソードはある勉強会である女性が講演してくれた内容である。彼女は当時50代~60代に見える女性で、医療関係従事者で高い医療知識と高いコミュニケーション能力、説明能力を持っているがゆえに登壇を依頼された一般人だった。

 彼女の子供はASDで、その子の育てにくさと、それに対してどういった対処をしてきたかを話してくださった。一番、印象に残っている話は「我が子が万引きが何故いけないのか理解できず、やめてくれなかった話」だった。

 

 何故だかわからないが、彼女の子供は小学生の頃に万引きを覚え、繰り返した。当然、一回目の万引きをした時点で、親は何時間にも渡って「万引きをしてはいけない理由」を教えて、説教をした。だが、当の本人は何故、万引きをしてはいけないのかが分からず何回も繰り返すのだそうだ。

 母親である登壇者は「万引きは悪いことなんだよ。」「こうこうこういった理由で悪いことなんだよ。」「だからやってはいけないんだよ。」という手順で教えたらしいが、それでは全く理解してもらえなかったらしい。

 登壇者が言うには、警察に捕まるというのは悪いイメージがあるかもしれないが、警察官の人も発達障害の特性が理由で犯罪を起こしてしまう人を見てきているので、警察官によってはとても説得が上手い人がいる。だから、子供と警察官に話をさせるのも有益だと言う。これはもう定年退職された児童相談所の所長だった方も同じことをおっしゃっていた。

 警察官の中には発達障害の子の説得が上手い人がいるようなのだ。そして、登壇者の子供も、とある警察官に「スーパーでお金を払わずに物を持ってかえることは、犯罪なんだよ。犯罪は悪いことなんだよ。」といった趣旨の説明をされたらしい。だが、残念ながらそれでもその子は「何故、万引きをしてはいけないか。」が理解できずに万引きを続けた。

 ある時、また子供が万引きをして捕まった。そして我が子を引き取りに行くとスーパーの店長が子供に説明をしてくれていた。

「君にとっては50円、100円の小さな金額に思えるかもしれない。でもね、この50円、100円の金額の物をお客さんが買ってくれて私達店員はお金がもらえる。つまりは、お客さんがお金を払ってくれることで私達店員は給料がもらえて、その給料でご飯を食べてるんだよ。

 君が万引きをすることで、僕らに給料が入らなくなり、僕らはご飯を食べられなくなり、とても困るんだよ。だから、万引きはやってはいけないということになっているし、私もやってほしくない。」

といった趣旨のことを話したそうなのだ。

 

そうすると、そのASDの子は

「うん!わかった。なんで万引きをやったらいけないのか分かったから、もうやらないよ!」と言って、その後いっさい万引きをしなくなったのだそうだ。

 

 私は小学生くらいの子供に対してなら、母親や警察官のした説明のほうが妥当で、スーパーの店長さんの説明は子供には難しすぎるように思えた。だが、登壇者の子供は、大人から見たら「子供にはまだ難しいだろう」と思える説明のほうが合っていたのだ。

 

登壇者はどれほど嬉しかったことだろうか。また、自分では思いもつかないような説明をしてくれる人の大切さを知ったという。ASDに関わらず、縫い針の穴のような小さな一方向からの説明でしか理由が理解できない人はいて、また、そういった人たちは理由が理解できないと行動を変えられないという特性を合わせ持つ場合がある。

 

だから、自分ひとりで説明・説得しようとせずに、色んな人に説明・説得してもらうというのも一つの方法だと、あの時に知った。

 

★このような勉強会は、誤解を生む可能性があるので一般人には公開されておらず、当事者や当事者家族などにしか周知されません。ですから一般の方はこのような内容を聞くことは難しいのですが、逆に当事者家族の方は、探せばこのような家族会や勉強会を見つける事ができるかもしれません。余裕のある時に、探してみても良いかもしれませんね。

 私も、できるだけ、このようなことを発信していきたいと思うのですが、なにせ体調とメンタルのバランスが崩れやすいので、興奮している時にしか書けませんし、デリケートな内容なので、下がきしても本当に私の下手な文章で伝わるのだろうか、という不安もあって中々公開できずにいます。

 

この書き方で伝わるかどうか分かりませんが、参考にしていただければ嬉しいです。

 

注意!:発達障害の特性が犯罪につながりやすいという話ではありまん。たまたま登壇者のお子さんがそうだったという体験談です。発達障害と犯罪行為の犯しやすさの因果関係については私ではわからないので、興味がお有りの方はその種の論文を探してください。

注意2: 当事者やご家族に向けた、民間のとんでもないセミナーが行われているというコメントをいただきました。私自身は市や県の主催しているもの、 精神病院にチラシが置いてあるもの、担当医も関わっている講演会に行っているので民間のとんでもないセミナーにはご注意ください。

 

dryanbaru.xyz

発達障害の特性と無自覚な偏見について

発達障害に関する予備知識

 さて、私の燃えた記事を含め、ここのところ、増田で燃えている記事でも「これ、発達障害の典型的な特性じゃん。」てのが、燃えているので、そこらへんを書いてみたいと思います。その前に、発達障害の特性に関する簡単な説明を書いておきますね。

ADHD

  • 注意力・集中力が続かない
  • 多動性=じっとしていられない、思いつきで行動する
  • 忘れ物・なくしものが多い
  • 時間を守れない(時間に対する段取りが苦手)
  • よけいなことを言ってしまう
  • 物事を最後までなしとげることが困難

ASD(旧名・アスペルガー症候群)

  • 早口の絶え間ないおしゃべり
  • 相手の気持ちをおしはかることが苦手
  • 雰囲気で当然みんながわかると思っていることに理解が及ばない
  • 相手の立場になって考えられない
  • 人の視線が分からない
  • 変化を嫌う
  • 感覚過敏・鈍麻(聴覚、味覚、嗅覚などの五感に敏感、または逆に鈍感)
  • 赤ちゃんの声に強く反応する
  • 肌を触られると強く反応する
  • 人間・食べ物・概念・思想に対する好き嫌いが多い、または強い

LD(学習障害)

  • 読字障害:文字や文章の意味を理解しながら読むことができない。文章の内容(あらすじ)をつかんだりまとめたりすることができない。
  • 書字表出障害:文章を理解できるが、書き写すことが困難鏡文字(反転した文字)になる。自分で書いた文字が読めない。
  • 算数障害:数の概念が身につかず、数系列の規則性などが困難。数字の大小や10以下の概念が分からない。繰り上りの計算(短期記憶の欠如)や文章題が解けない。
  • 方向音痴・左右盲など:位置や日時の認知ができない。「右向け右」という指示が分からない。昨日・明日・明後日を間違えることがある。

これらの要素を複合的に持つのが発達障害

 で、発達障害の人達はこれら全ての症状を持っているわけではなく、一面を見れば健常者と変わらない行動をとれるけど、別の面は極端にできないとか、どれもまんべんなくできない、とか人によって様々なんですね。スペクトラム(虹のようにあらゆる方向に向けてグラデーションであるという意味)という言葉が使われているように、人によって障害特性の色が違うんです。虹のイメージで語るなら、ピンクがかった紫の症状が強い人もいれば、黄色がかった緑が強い人もいるし、典型的な赤の賞状が強い人もいれば、薄い赤の症状の人もいるという感じですね。

 そういったことに関しては、このクリニックの記事で簡潔にまとめてあるので、是非読んでみてください。>>>発達障害

 

自分はできて相手ができないことを馬鹿にする風潮

 で、はてなーがよくバカにしている「文脈が読めない」はLDの特性だし、他人から見たら些細なことにこだわってしまうのはASDの特性だし、会ったこともないない芸能人のTVやネットの一面だけ見て、極度にその芸能人を嫌ったりするのもASD的なこだわりの特性だし、と当てはめていけば、理解はできなくても客観的に物事を見ることができるようになると思うんです。

 

所詮、人の判断基準は自分の「愉快・不愉快」でありやすい

こうやって、発達障害の人達の苦手な分野を細かく書いていくと、いかに自分の「好き、嫌い」「快・不快」で相手を判断していたかに気づきませんか?私自信は自分が大雑把な性格なものですから、発達障害について勉強する前は、ASD的な細かいこだわりの強い人達を「心が狭い上に、攻撃的な人達」だと不快に思っていました。確実に偏見ですが、「発達障害」の特性について体系的に勉強しなければ、気づきにくい偏見であるのもまた確かでしょう。

 発達障害の勉強をした今では、彼らの感覚を理解できなくても、この人はこれが極度に不快なんだ、別の人はこれが極度に不快なんだとヒアリングさえできれば、人間関係的な対処法は見つかると思っています。

 なんといっても「発達障害」はスペクトラムですから、障害認定されなくても、上記のような傾向がある人はたくさんいます。うちの夫は障害認定されるほどの強いレベルではなさそうですが、本に書いてあるとおりのASDの行動パターンです。ですから、じぶんのこだわりのやり方や自分のペースを私に押し付けようとして、最初はかなりもめました。

 私自信も典型的なADHDの症状を持っていて、ですが普段の考えがや行動パターンが「しっかりしている」と思われやすいので、ADHDの不注意が連続で出てしまったときなどは、緊張感が足りてない、サボっている、手を抜いているなどと見なされやすいです。

 ですが、私は(ADHDの)注意欠陥を治すために薬を飲んだり、夫は(ASDの)自分のこだわり通りに事が進まない苛立ちをコントロールするために「アンガーコントロール」について勉強を始めたりして、相互理解を深めようと努力してきましたし、今も努力し続けています。

理解することは難しくても

 当然ですが、人の立場を理解することはできても、人の感覚を理解することはできません。ですから、関係性の中で相手に対してどういう態度をとるか、そっとしておくのか、配慮のある教育をするのか、本人が危険にさらされているときだけ緊急措置的に声掛けをするのかなど、人によって立場は様々でしょう。

 理解をすることはできなくても、このような行動パターンの人達がいると知るだけで、自分自身の「快・不愉快」からくるストレス値は下がり、相手のためにも、自分のためにもなるのではないかと思います。

 

◆食べ物の好き嫌いと発達障害の関係についても、どうそ。

 追記

 相変わらず私の文章が下手で 誤解があったよう なので追記しておきます 。この記事では発達障害の特性については書きましたが、 健常者についての特性は書いていません。 発達障害か健常者かを決めるのは 発達障害に詳しい精神科医で、それらは IQ テストなど多数の複雑なテストを受けて総合的に診断されます。ですから私がこの人は発達障害でこの人は健常者という風に推論することは不可能です。

 ここに書いたのはあくまで発達障害の特性であって、誰が発達障害で誰が健常者かという話ではありません。そして、自分にはできて人にはできないことをバカにする側が健常者だと言っているわけではありません。

 発達障害者の中にも、自分ができて人ができない事を馬鹿にしたりする人はいます。この記事は、このような特性を持った人達が沢山生活している社会で、より良く生きるための知恵、考え方の提案として書いたつもりです。あなた自身もこのような特性の一つや二つは持ち合わせていませんか? どこからが健常者でどこからが発達障害なんでしょうかね?という問いかけのつもりで書きました。

 健常者か発達障害者かを確定するしないに関わらず、似たような特性のある人、このような特性の人が周囲にいて困っている人は、この発達障害ではないかと仮定して、対処法を調べてみてはどうかという提案です。

 また、定型発達の特徴については下記の記事で皮肉っぽくではありますが、分かりやすく書いてありますので御覧ください。

 

◆定型発達の特性について、(シャレ?皮肉?)

人生を面白くするために奔走するのが楽しい

て、記事に

私の好きなブクマカさんが

「自分の人生を面白くするゲームなので、何もしないと面白くはならない。」と書いてて、私もそのようなものの見方が好きだと思った。

 

 大きな金額のお金を稼ぐ能力がないのに、「消費すること」のほうに面白みを感じる人って大変だなって、昔、夫を見ていて感じました。

 私は幸い貧乏な家庭で育っているので、食事も洋服もちょっとした家具的なものも、牛乳パックやダンボールで手作りしていたし、「作る」という行為が好きなので良かったなと思うことがあります。

 

 これから「作る」ことを生業としたいと考えています。クラウドファンディングでも、お金持ちに土下座でもなんでもする。

 

 日本が長寿だと言っても、それは平均寿命に過ぎず、苦労をしていた親族、友人知人たちは50~60代で死んだ人も多い。私自身はきちんと健康管理したとしても、あと20年が限界だと感じていて、時間が足りないと感じている。

 

 だから、今、通学と共に、個人事業主や起業家の友人たちや現在居住している地元の名士達に接触し、情報収集している。特に現在居住している地域の、地元住人の裏情報は非常にありがたい。その地域で、どのように立ち居振る舞うべきか分かるからです。

 誰が、その地域の権力者でフィクサーなのか、あの人は左派だ、あの人は右派だ、などの情報は無難に暮らしていくための大切な情報と言って良いと思う。

 

 ネットで大切な情報を発信しても、当事者でもなく事情も知らない人達に難癖をつけられるのは、メンタルを削られるし、非常に遠回りだと感じました。あんな回りくどいことをするくらいなら、自分と仲間達で動けばいいんじゃね?と考えるのが凡人。だけど、そんな凡人達の「草の根」的な活動が世の中をゆっくりと変える底力だと思っている私。

 そうやって動いていると、発達障害に関する社会活動をしている精神科医を紹介してくれるという人まで現れた。その医師とともに表現活動をしてみてはどうかということだ。ありがたい話です。

 

 NPOを立ち上げたいと思っていたのですが、どうも個人事業か合同会社にしたほうが私の考えていることを実現しやすそうなので、その方向で計算してみています。つくづく(対して興味のなかった)経済学部に行って良かったと、今となっては思う。

 

 まずそれには、骨折をなおし、がんの治療を真面目にし、学校を卒業しなければならないので、めちゃ大変なんだけど、めちゃ充実してる。夢に向かって細かい目標設定をクリアしてるときって、一時的には結構苦しいんだけど、振り返ってみれば楽しかったりするよね。

 

 学校が終わった後も、地域での人脈づくりに奔走しているので、あまり、時間がないけど、はてなの遺言的なおすすめ書籍や映画もかきたいなぁ。

試験が終わってホッとした。

 試験が終わりましたー。別段不合格でも追試が有るから、どうってことないと言えばそうなんだけど、「50代のおばさんはやっぱ勉強ついてこれねー、次から50代女性に入学許可出すの、止めようっと。」とか思われてしまったら、後に続くおばちゃん達に申し訳ない、みたいな妙な妄想があって、ノイローゼ気味になってました。

 

ここからは自慢なのですが、

 

満点で試験ぬけたぞぉおおお!

 

やったね!

 

:*・゚(●´∀`●)ノ:*・゚

 

と、叫びたかったので

人知れずここで叫んどく。

 

リアルでは照れ屋で、

自慢できないので、

ここで自慢してみた。

 

それだけ。

 

おわり

大学時代の後輩たちと遊んできた

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 先日、大学時代の後輩二人(男子)と遊んできました。彼らは大学卒業と同時に東京に出て、当時の貧乏な若者のお決まりの風呂なし、トイレ、水道共同のオンボロアパートに住みながら、キャリアを積んでいった組です。

 

 彼らは東京に出たときから、ずっとフリーランスで、軌道に乗るまでは大変そうでしたが、乗ってしまえば、半年間仕事を入れずに外国を放浪したりと、比較的に自由に仕事をしています。

 

 彼らの思考は、会社員をやっている男性たちとは少し異なっていて、割とのびのびとしています。ですが、フリーというのは仕事の全ての責任を自分で負わなければなりませんし、社会的信用、あるいは人間としての信用がダイレクトに「仕事を取れるか」ということに関わってしまうので、とても、とても品行方正です。

 

 ふたりとも若い頃から、何とも言えない色気があって、女性の扱いもスマートだったので非常にモテていました。一人はルパン三世のルパンのような人で、普段はふざけているんだけど、締めなければいけないところでは締めるセクシーさを持つ後輩。もうひとりは、ドラマ相棒の右京さんのように、理知的で人との距離感を非常に離すけど、実は秘めたる情熱を持っているタイプの後輩。

 

 私は忙しい二人に同時にアポが取れたことが嬉しくてしょうがなくて「ふたりとも、昔からセクシーだったけど、また、セクシーなおじさんになっちゃって…こんな色気のあるおじさんふたりに挟まれて、両手に花?的な感じで、めちゃ幸せー!」と、全力ではしゃいでしまいました。

 

 学生時代から30年。その後3人共ほんとうに色んな事がありました。そして、不思議なことに、3人共40前後まで結婚しなかったのに、40前後で急に10歳前後年下の相手と結婚したの。三人共、似たような結婚の仕方をしたのを知って、やはり、私達3人は、根本的に何かが似ているんだろうな…と感じてしまいました。

 

 右京くんはスマホと一眼レフとタブレットを持ってきていて、ルパンくんと私の写真をずいぶんとってくれたみたいです。で、クールなはずの右京くんが急に「3人で肩を組むみたいな、学生っぽい写真を取りたい。」と言い始めて、撮ったのが一番上の写真。「えー、あたし、自分を写真に撮られるの好きじゃないのにー。」と、言いながらも、すっごい乗り気な私。他の人に写真を取りたいなどと言われたら「ヤダ」と即答する偏屈のワタシですが、彼らはワタシが「かわいい女の部分」を見せることのできる数少ない男性達なので、正直、記念写真を取れることがとても嬉しかったです。

 

 撮った写真を3人で見て、みんな笑ってて、めちゃいい写真じゃん!と喜んで、「なんだよ、セクシーな中年男子に挟まれて、どんな天国だよ。幸せすぎるんですけどー。」と大笑いしました。3人で明治神宮を散策して、アイリッシュパブで談笑して、仕事のことや生活設計の話などをしました。

 

 彼らのすごいところは、業界ではそこそこの知名度があるような中年のオジサンになったのに、飲食店に入ったら、私一人を上座に座らせて、自分たちは下座に座るという謙虚さ。昭和の威張っているおじさんだと、少しでも自分の社会的地位が上がったと感じていたら、さらに相手が女だったら、なんの迷いもなく自分が上座に陣取ると思うの。やはり、彼らはスマートだなぁと、彼らを大好きな気持ちがより深まってしまいました。

 

 右京くんは心理学科出身なので「30年前って発達障害の概念て習った?」というような話もしてきました。どうもウチの大学では30年前にはすでに発達障害の概念は入ってきていたようです。右京くんの心理学科ではサラッとではありますが、一応発達障害の勉強もしたそう。だけど、やはり、障害者教育に力を入れていたうちの大学でも、まだ発達障害について、しっかりと教える学科も、科目すらもなかったそうです。

 

 当時は広島大学と筑波大学が教育学では競っていると言われていて、かなり互いをライバル視していたようです。筑波大学が学園都市の構想をぶち上げると、広大も筑波より敷地の広い研究都市構想をぶち上げ、実際にアホほど広い敷地に研究都市を作ってしまいました。

 

 楽しむだけ楽しんで深夜に帰宅すると、夫がまだ起きていて、「みてみて~、ルパンくんと右京くんと学生っぽい写真を撮ってきたぁ~!!」と写真を見せると、「おじさんと、おばさんじゃん…」と、冷めたコメントが返ってきました。正直な話、私は写真嫌いなので、夫とツーショットの写真て無いのよね。夫のその冷めた言葉の裏には、自分が立ち入る隙きのなさそうな3人の信頼関係への嫉妬があるようにも思えました。

 

 でも30年の友情と、10年の同居生活じゃ、歴史が違うのは当然のことで、夫も「楽しかったようで、良かったじゃん。」と言える程度には大人だし、もう、そういうことを比べたりしても意味がないということを理解しつつあるようです。

 

 実はこの後、もっと年齢層の高い人達とのパーティーに伺ったのですが、そのお話は、また、いずれ。

学校で男前だと褒められた(私はおんな…)

 アラフィフなのに学校に通っているワタクシですが、先日、クラスメイトの男性に

「高円寺さんって、後ろから見ると肩幅が広くてガッシリしてて、すごい貫禄があってかっこいいですよね。すごい男前だなーと思って見てます!」

と、褒められた(?)。

 

 頻繁に書いているが、私は太ってる、小太りから肥満まで幅は有るものの、たいてい太ってる。でも痩せたら小柄になるかと言えばそんなこともなく、彼の言っている通り、肩幅が広いので、どうやったって、体つきが華奢に見えるということはありえない。

 

 ので、割と体格や肩幅については、いじられることが多い。だから、そんな時は、もっとその場を盛り上げるために持ちネタ(実話)を披露することにしている。

 

 そうなのよー。あたしさー、ガタイが良すぎて、夜の歓楽街を一人で歩いてて、男と間違えられて、ソープの呼び込みに「お兄さん!いい子いるよ!」って声かけられたことがあるんだよねー。で、「え?あたし?」と思って、お兄さんの方を見たら「なんだ、女か…」て言われちゃったよー。

 

 って言う実話をすると、少なくとも男子にはウケる。

 

 そもそもが、「肩幅が広くて貫禄がある。」なんて、女子が言われたら、気分を害したり、失礼だと怒る人もいると思う。だから、一応「私はいいけど、他の女子にはそういうことは言わないほうがいいよ。気にしてる人もいるかから。」と、説明しておこうかと思ったんだけど、彼も無差別にそのようなことを言っているわけではなく、私にだから、安心してそのようなことを言ったのだろうと解釈して、注意まではしなかった。

 無差別に体型について触れる発言をしてたら注意しただろうが、そのようにのびのびと発言しているのは、私に対してだけっぽいので、私に気を許してくれているのだろうというふうに解釈した。

 

 そのクラスメイトは、あまり空気を読まないタイプの人。私は、しばらく前に風邪をひいてしまい、でも、勉強が遅れるのが嫌で、マスクをして学校に行っていたのだが、咳が止まらず、授業中にひどく咳き込んでいた。

 すると、彼は風邪をうつされたくなかったのだろう。

「あの、風邪の菌を殺すアロマスプレーを持ってきたんですけど、かけていいですか?」

と、たずねてきた。

「おお、いいですよ。どうぞどうぞ。というか、なかなか治んなくてすみません。」

というと、

「じゃぁ。(遠慮なくやらせてもらいます。)」

と、謎の液体を頭の上辺りから、私の席の周辺まで、シュッシュしてくれた。もしかしたら、他のクラスメイトも私の風邪菌から守ってあげようと思っていたのかも知れない。彼も私も大人なので、そういった事が全く気にならず、「(自分のやりたいことをやっても)いいですかー?」とたずねて、「(特に問題ないので)いいですよー。」と答えることができる。

 

 だけど、これが小学校や、中学校であったら、また、話が変わってくる。子供はナイーブなので、女の子が肩幅が広い、とか、風邪を引いてるなら殺菌剤撒くね、なんて言われたら結構ショックなのではなかろうかと思った。

 でも、彼には相手をイジメたり、冷やかしたりする意図はなく、純粋に思ったことをそのまま口にしたり、実行したりしているだけ。

 だから、そのようなタイプの人達が何かのアクションを起こした時に、相手が不快に思っていそうだったり嫌がっていそうに見えたら、彼らを否定、批判しない形で、ヤメたほうがいいよと進言するのがおすすめです。

 

 なんとなくだけど、彼も診断名がつかない程度ではありそうだけど、若干、発達障害寄りなのかな?と感じている。同じ(発達障害の)匂いのする人なので、仲良くしたいと思っているし、実際に、仲良くしてもらっているのでありがたいことだと思っている。