女だから言えること

中高年のおばちゃんの脳内を日記がてら綴っております。

私は発達障害なの?ストラテラを飲んでみることにしました【2】

 このような記事を書いたら、親切な方が 「ADHDだったとしても社会に適応できる人は治療の必要は無いかもしれないと思った。手元の資料では「職場に馴染むよう手助けする」事がゴールの一つみたい。(今日の精神疾患治療指針第2版 25 成人の注意欠如・多動症」

と教えてくれました。

 参考文献の詳細まで教えてくださって、本当に感謝しています。ありがとうございます。

 

 ただ、自分自身で社会に適応できているのかは判断がつきませんし、何より外で働いていない時の日常生活でも、困っていることが多々あって薬の服用を試してみることにしました。私としても、あくまで試してみたいという感覚だったので、ご指摘の通り、治療の必要がないかも?と感じたら、そのように医師に相談するつもりです。

 このように、参考になるコメントをいただけることは本当にありがたいことです。重ね重ねありがとうございます。

 

 さて、上記のアドバイスから「私は社会に適応できているのだろうか?」という疑問が沸いたので、私が日常生活で困っていることのエピソードをいくつか書いてみたいと思います。これがADHDの症状なのかは患者の私には判断がつきませんが、こういったことで心理的にしんどくなるのは確かです。

 

ケース1

 自転車に乗ってスーパーに行ったのですが、自転車に乗ってきたことを忘れてしまい、歩いて家に帰ってしまうことが頻繁にありました。そして別の日、外出しようと自宅の自転車置き場に行くと自転車がありません。当然です。スーパーに置き忘れてきているのだから。

 一所懸命思い出して、スーパーに置いたのではないかと探しに行くのですが、置いたのではないかと思われる場所に私の自転車がないのです。「ここじゃないのかな?」「撤去されたのかな?」「盗まれたのかな?」「見つからなかったら、また新しい自転車を買わなきゃいけなくなるよ…」と、不安でいっぱいでした。

 思いつく場所を探し、見落としていないか何回も往復して確認しました。ですが、どうしても見つからず、そのことを夫に話しました。すると夫が「一緒に探してあげるから、もう一回行ってみよう。」と言いました。でも、なかったんだけどなーと思いながら、夫とスーパーの駐輪場に探しに行くと、駐輪場を見るなり、「あるじゃん」 と夫に言われ、すぐさま見つかりました。

 要するにスーパーに自転車を置き忘れた挙句に、探しに行っても自分の自転車がどれなのか認識できていなかったのです。視界には入っていたのだけど、自分の自転車だとは思わなかったみたいです。

 財布やケータイだけでなく、自転車という大物でさえ、こんな調子で無くしてしまうのです。財布にいたっては、もらいたての給料を10万円ほど入れたまま無くしたりしたこともあって、トータルで数十万円は落としてますね。たまに財布が冷凍庫の中から見つかったりして、自分の不注意さに本当にガッカリしていました。

 

ケース2

 スーパーに行き、100g97円の豚肉やその他の商品を買って家に帰ったとします。するとなぜか97円の豚肉ではなく、1580円の焼肉用の牛肉が袋から出てくるのです。たぶんですけど、豚肉の隣のケースにあった牛肉を間違えて掴んだんだと思います。

 選ぶ時も、レジを通る時も、袋に入れる時も何回も見ているはずなのに、全く気が付かずに家に帰ってしまうんです。これは何回もやっていて、豆腐とこんにゃくとか、色も形も違うものを間違えて買って帰ることもしばしば。目は豆腐の方を見ているつもりなのに、手はこんにゃくをつかんでるみたいなことなんだと思います。

 また、レジを通るのを忘れて、かごを持ったまま自動ドアから出ようとしたことが何回かあります。ドアが開いたことに気づいて、ハッと我に返って、レジに行きましたが、気がつかずそのままスーパーを出ていたら万引き扱いされるところでした。

 レジを通ってお金を払っても、今度は商品をレジ袋に詰めるのを忘れ、スーパーの買い物カゴに商品を入れたまま家に帰ってしまったことも何回かあります。後日、そーっと返すのですが、そんな自分がすごく情けなくなります。

 

ケース3

 何かの作業をしているとき、急に自分が何をやっているか分からなくなる時が結構あるんです。一番問題なのが、料理をしている時。作業中に、あれ?何をやっているんだったっけ?っとパニックになり、慌てふためき、物を落としたり、こぼしたり、包丁を足先に落としたりするんです。

 このパニックで揚げ物中の油や、煮物のお湯をひっくり返しそうになって、危うく大けがをしそうになることもたびたびです。そういう時に夫が近くにいると、あまりに危険なので「何をやってるの!危ないでしょ!」と怒るのですが、私は怒られたことで、さらにパニックになってしまうのです。

 見るに見かねた夫が「今日は料理は中止!危ないから、もうやっちゃダメ!」と怒るのですが、私はパニックになっているので、夫の声は聞こえているものの、内容を理解できていなくて「夫が怒ってるから、早く料理を終わらせないと」頓珍漢な解釈をして、より一層パニックになってしまうのです。そして、夫がさえぎっているのに「あと、もうちょっとだから。」と無理に料理を続けようとして、揉めてしまったりするのです。

 

ケース4

 ご飯を作ろうと玉ねぎを切っていると、ブログに書きたいことを思いついてしまって、パソコンをつけてブログを書き始めたら、「あ、洗濯しないと明日のシャツがない」とか思いついて洗濯を始めて、と思ったら、あ、明日のお弁当のおかずがないと思いついちゃって、そのままふらふらーと買い物出ちゃったりして、と、もうきりがないの。

 そうすると、まず台所はゴミ箱をシンクのところに寄せたまま、切った玉ねぎはまな板の上に放置、包丁はその辺になげてある。使いかけのボウルや、途中まで作った料理の鍋がコンロに置いてるという状態になってるんです。

 それで、パソコンの電源をつけっぱなしで、洗濯は洗濯物を入れて回しはしたもののふたを閉め忘れていて途中で止まっていたりします。買い物に行ったはいいけど、帰ってきたとたんにパソコン画面が目に入って、食料を冷蔵庫に入れるのを忘れて、衣服をその辺に脱ぎ捨て、パソコンを触り始めてしまったりするんです。

 で、夫が帰ってくると、まず玄関のカギを閉め忘れてあって、「ららちゃん鍵閉め忘れてるよー」と言いながらリビングに来ると、キッチンはひっちゃかめっちゃか、買い物袋がその辺に投げてある、脱ぎ散らかした衣服がある、とかの惨状でイライラし始めるんですよね。

 それでも、しぶしぶ私の脱ぎ散らかした服を洗濯機に入れようとすると、今度は洗濯機が途中で止まったまま放置されているんです。一事が万事そんな感じだから、最初は夫に「ららちゃんは、だらしない!」と、すごく怒られていました。一旦は諦めたのですが、最近少しキレイな家に住み替えてから、夫が散らかるのを極端に嫌うようになり、毎日怒られる生活がまた始まりました。

ケース5

 特にケース4の状態になる時って思考が止まらない状態になっていることが多くて、次から次へ考えが浮かんでしまって、「ってことは、こうで、となると、こうなるはずで、するとこうなって…」て、ホントに止まらなくなるんです。だから、色んなことが中途半端になるし、一番困るのは、夜、寝ないといけないのに思考が止まらなくなり興奮して、いつまでたっても寝られないんです。

 寝られないのって体力的に結構つらいんですよね。そう状態かとも思ったので、炭酸リチウムなどの落ち着く系の薬や、睡眠薬、睡眠導入剤も出してもらったんですけど、思考の決壊からくる興奮がすごくて、あまり効果は感じられませんでした。もう、考え事をやめるには、はてなでも見て、ブコメでも書くしかなくて、夜中にPCをつけて増田を読んだりしてたんですよね。興奮状態が激しい時は…

 

治療すべきか今でも迷っている

 精神科医は日常の生活を監視できるわけではありませんから、診察時に私の受け答えがしっかりしていると、なかなか注意力に問題があるとは見抜けません。そういったことが発達障害の診断を難しくさせる一因のように思います。

 ADHDのお薬は「薬を飲まないと、またあの状態に戻るのではないか?」と心理的な依存に陥りやすいと何かで読んだことがあります。ですから、服用を多少は迷っていました。自分は発達障害ではないかと思いながらも医師に真剣に相談していなかったのも、まあ、ある程度社会生活は営めているからいいか、という気持ちがあったからだと思います。

 ですが、やはり、色んな事がうまくできない自分にがっかりして気分が落ち込んでしまったり、夫をイライラさせてしまって怒られたり、罪悪感を感じて気分が落ち込んでしまうのが、つらいです。ですから、薬を飲んで楽になれるのなら、その方がいいと今のところは考えています。

  ストラテラを飲み始めて、劇的に良くなったとは思いませんが、上記のようなことが減ったような気がしています。最初は、あんまり変わらないかな?と思っていたのですが、一か月以上飲み続けないと効き目が分からない薬だと言われたので一か月後ほどの飲み続けると、前より自分の行動を制御できるようになった気がします。

  ちなみに、以下の記事の子供の頃から社会人になるまでのエピソードが、私と全く同じなので、私はやっぱりADHDなのだと確信したのでした。

 

私は発達障害なの?ストラテラを飲んでみることにしました【1】

ストラテラ

2018年3月6日に書いた記事です。ストラテラのシートの下側が反対向きになっている写真を撮ってしまうのがADHDの私らしいですね(苦笑

 

 以前から私は自分自身が「注意欠陥障害」なのではないかと疑っていました。ちなみに最近は「欠陥」という言葉が良くない言葉だからということで「注意欠如多動性障害」と呼ぶようになったそうですね。

発達障害と診断して欲しかった

 10年くらい前に「発達障害」という言葉を知って、「もしかして私、これ?」とずっと思っていたんです。で、担当の精神科医にも「私、発達障害じゃないですか?」と聞いてみたところ、「違うと思う。」と言われ、あまり納得がいかなかったのを覚えています。その頃は環境的な問題で色々と他に相談することがあったり、精神疾患の症状が重すぎて上手く話をまとめられなかったとこもあり、発達障害の症状についてしっかり話すことができていませんでした。

 

 ですが最近、やっと私の発達障害の症状について詳しく話すことができて、私が「私はADHDではなかろうか?」と聞いているのに対して、担当医は「あなたはASD(旧呼称:アスペルガー)ではありませんよ。」と思っていたらしくて、だから話が食い違っていたんだと判明しました。

 ASDの人だと、少し話をすると「もしかして、この人ASDかな?」と分かる場合もありますが、特に不注意優勢型のADHDって、ある程度長期間行動を観察しないと、どのくらいの頻度でどの程度の不注意を繰り返すのか、医師では分からないんですよね。たぶんですけど、担当医は、逆に私にASDっぽい要素があったから「ASDじゃないよ。」と言ってたんだと思います。

 何にせよ、「私のこの症状はADHDじゃなかったら何なの?」「え!もしかして天性のもの?だったら救われないわー」と思っていたので、ADHDで薬を処方してもらえるという話になった時には、素直にうれしかったです。

ADHDの症状

一般的なADHDの症状と、私の症状を書いてみます。

■不注意の症状

ADHDの一般的な「不注意」の症状を見出しにして、私の症状を書いてみます。

・過集中

 好きなこと、興味のあることになどには集中しすぎてしまい、切り替えが難しい不注意の症状のことです。私の場合は考え事を始めてしまったり、ブログを書き始めてしまったりすると、思考が止まらなくなって、次から次へと考えが浮かんでしまって、あっという間に何時間も過ぎてしまったり、やらなければいけないことをほったらかしにしてしまうほど、周りが見えなくなってしまいます。

・集中力が続かない

 面と向かって話しかけられているのに聞いていないように見える、細かいところまで注意を払わなかったり、不注意な間違いをしたりするということです。

 私の場合は、夫と話をしていても、途中で「音声は聞こえてるけど、内容を聞き取って理解することができていない。」という状態になったりします。また、長時間集中しなければ行けない場面で、ところどころ意識がなくなっていたりします。だから、会話をしていても、途中の内容が抜けていたりして、「あれ?その状況になった原因は何だっけ?」みたいな感じで、会話の一部の内容だけ聞き逃していたりするんですよね。

 あと掃除でも、夫には確実に認識できる汚れでも、私は「視界に入っているけど、汚れとして認識してない。」ということあるんですよね。あるいは、誰からみても汚れているのに、私が見落としているとかね。細かいところまで注意が払えないって、こういうことなのかな?と思ったりします。

・気が散りやすい

 これは、私の場合非常に多くて、例えばご飯を作ろうと玉ねぎを切っていると、ブログに書きたいことを思いついちゃって、パソコンをつけてブログを書き始めたら、「あ、洗濯しないと明日のシャツがない」とか思いついて洗濯を始めて、と思ったら、あ、明日のお弁当のおかずがないと思いついちゃって、そのままふらふらーと買い物出ちゃったりして、と、もうきりがないの。

・持ち物を頻繁に忘れる・なくしてしまう

 課題や活動に必要なものをなくしてしまう、忘れっぽい、とかのことです。私、本当に身の回り品、特に財布、ケータイをすぐ無くすんですよね。腕時計の時代には腕時計も何回も無くしました。何で腕にはめている腕時計をなくすのよ?と思う人もいるかもしれませんが、私は無意識に身に着けているものを排除したがる傾向があり、夜寝ていて、それがたとえ冬であっても、寝ぼけて衣服を全部脱いでしまっていたりするんです。だから、腕時計も意識が抜けてる時に無意識に外しているっぽいんですよね。

・感覚過敏

 音や音声に敏感に反応するとかなんですけど、私はとにかく(関東の)駅が苦手で、電車のゴゴゴゴゴーという音、人の声が何層にもなってガヤガヤしてるとこ、人が何人も目の前や周囲で動いていて目がチラチラ、チカチカすること、自動販売機のピッ、ガッシャーンていう音、構内アナウンスの音が、一斉に攻め寄せてくるじゃないですか?あれが本当にダメで体調が悪いと一人で駅を歩けないんです。むしろ駅に行く、電車に乗ると気分が悪くなるので、できるだけ電車移動は避け、電車に乗らなければ行けない場合は人の少ない時間帯に移動するようにしています。

 人と一緒の時は気分が悪くなるのを防ぐために、目がチカチカしないよう、夫や友達の後ろにぴったりついて、何なら上着の裾を握ったり、手をつないでもらったりして、夫や友達の背中一点だけを見つめて、ホームまで連れて行ってもらったりします。この事情を知っている友達に東京で合うと、心配してホームまで連れて行ってくれる人がほとんどです。

・同じことを繰り返すのが苦手

 飲食の工場にヘルプに行った時に心底、同じことを繰り返すのが苦手で、なおかつ注意力続かないので、大変でした。失敗しないか不安で不安で緊張感MAXになって心理的にも肉体的にも萎縮してしまいます。そして、途中から自分が何をやっているのか分からなくなってきて、最終的には心理的ストレスからか、気分が悪くなってしまうので、工場労働は絶対無理だと思ったのを覚えてる。

・重要な手続きの期限を守れない

 これは、うつで起き上がれないので書類が書けない上に、気力体力がなさすぎてATMに振込に行けないと事情があったりした。うつ状態だと書類を読み書きする集中力がなくなるんですよね。ウツを体験したことのない人にはお分かりでないでしょうが、書類を読むのも書くのも体力を消耗してるんですよ。実際には。そのため、書類を期限内に送れなかったり、送金を期限内にできなかった時期はありました。

・ケアレスミスを何度も繰り返してしまう

 もう、これは私のブログを読んでいる方ならお判りでしょうが、誤字脱字、まとまりのない文章が結構多くて、推敲しても気づかないことが多いんですよね。文字、数字を扱う仕事は学生時代にトライしてみて、間違いが多い上に探しても見つけられず、あまりに不向きなので事務職には就けないと思い知ってしまいました。ブログが読みにくくて申し訳ないです。

■多動性の症状

ADHDの一般的な「多動性」の症状と、私の症状を書いてみます。

・じっとしていられない

 「気が散りやすい」のところで少し触れましたが、体調が良い時は、じっとしていると落ち着かなくて、行先も決めていないのに、急に服を着替えて外出しちゃったりするんですよね。それで、自転車に乗ってその辺を一周したら、気分が落ち着いて家に帰ったりとか。

・一方的にしゃべる

 一方的にしゃべる、しゃべりだすと止まらない、過度にしゃべるとかもあるんですけど、今は「しゃべる」じゃなくて、一方的に「書く」なんですよね。よくネットで「チラシの裏にでも書いとけ」みたいな内容の文言を見るのですが、私はリアル社会で働く時は寡黙にして我慢しているぶん、ブログを書く前は実際にいらない紙の裏に文章を書きなぐってたんですよね。そして、そういう紙が束になって溜まってました。

 若い頃は「一方的にしゃべる」も、やっていたと思うんですけど、さすがに年を取ってくると訓練されてきて、言いたいことは言うのではなく書くようにしたりして工夫しているので、それで人に迷惑をかけることは減ったと思います。でも、無意識にやってそうだけど。

 私の脈絡のないブログを長期間読んでいる方はお判りでしょうが、自分の思ったことをただひたすら、羅列し続けるというところがすごいADHDぽいですよね。

・力の入れ方がわからず過激になる

 これは私のブログの昔の記事を見るとそうですね。力加減というか感情の入れ加減が分からなくて、むっちゃ怒ったり開き直ったりしてます。最近も、そういう感じで書くことはあるんですけど、下書きして一旦寝かせるという方法を身に着けたので、暴言をそのままアップすることはなくなりましたね(苦笑

・夢中になりすぎて周りが見えなく

 これもブログの事が多いですね。とにかく時間ややらなければいけないことを後回しにしがち。こんなことじゃいけないと、ブログを書き止める時間をアラームでセットしても、ブログの下書きを書きなぐっているときは、アラームが鳴っても、音が聞こえなくてスルーしちゃうか、無意識にアラームを止めてまた書いちゃって、気が付いたら何時間も書いてたーなんてことになっちゃうんですよね。

・課題を最後までやり遂げられない

 これは、子供の頃とか宿題をやれなかったことを思い出します。夏休みの宿題とかも、ちょっとだけやって、ほぼほぼやらずに提出すらしていませんでいしたね。学校自体も行ったり行かなかったりで、高校では、あと数日休んていたら出席日数不足で留年しているところだったと言われました。大学も卒業までに7年半かかっていて、途中で退学しようかと思ったくらいです。結局卒業はしたので、やり遂げられなかったとまでは言えませんが、勉強以外のことのあれやこれやに夢中になって、色んなことが中途半端なのは今も昔も同じかな。

■衝動性の症状

ADHDの一般的な「衝動性」の症状と、私の症状を書いてみます。

・会話をさえぎったり、質問が終わらないうちに出し抜けに答えてしまう

 これは最近は意識して減っては来ていますが、まだまだやってると思います。思ったことを思ったタイミングで、すぐに発言してしまうんです。ホンマでっか!TVを見始めた頃に、私は澤口先生にそっくりだ!と思ったのを覚えています。

・作業をしていても別の作業が気になるとそちらに手を付けてしまい元々の作業が進まなくなる

これは、「気が散りやすい」のところで書いたとおりですね。

・カチンとくると怒りがうまく抑えられない

 これもカチンとくると、すぐ言い返してしまうところがあります。それでも、最近は我慢できるようになったほうだと思う。

・ミスをすると大きく落ち込んでしまい、他の事が手につかなくなる

 これも、仕事でほんのちょっとのミスをしただけで「もう辞めたい」となるくらい落ち込んでしまい、何日も引きずってました。今は考え方の訓練をしたので、以前ほどは気にならなくなりましたが、やはりダメージは大きめですね。

ADHDの種類 

ADHDは以下の3つの種類に分けられるようです。

不注意優勢型

必要なことに注意を向ける・集中し続けるのが苦手

多動/衝動性優勢型

不必要な動作・行動が多く、じっとしているのが苦手。突然に行動する、しはじめることが多い。

混合型

不注意と多動/衝動性両方の症状が出る。

 

私の場合は「不注意優勢型」ですね。それで、ストラテラを飲もうという話になって一か月以上たったので、どうだったか書こうと思うんですけど、また、長くなってしまいそうなので、今日は一旦ここで終わりますね。続きは、また書けそうな時に書いてみます。

 

■以下にADHDについて、参考になる記事を貼っておくのでどうぞ。

 

■この記事のつづきは、こちらです。

学校での近況

 アラフィフにして学校に通っている私ですが、なんとか授業についてはいけています。まず、最初に自慢をほうりこませてもらうと、今の所、試験は全て満点で抜けてるよー。だって、これだけ必死に努力して食らいついていってるんだから自慢くらいしたいじゃん?

 現在「不注意優勢型の発達障害」と診断名をもらったワタクシは、案の定注意力に問題があり、授業中にもちょいちょい意識がどこかに飛んでしまい、ところどころ聞いていない、正確にいうと聞こえていない状態に陥っているようです。なぜ他人事のような言い方なのかと言うと、意識が飛んでいるので飛んでいた時のことを覚えてないから。

 授業を聞いている時にサラっと新しい言葉が出てきて「あれ?それ教わったっけ?」と思い、教科書の少し前のページにさかのぼってみると、やはり数分前にやった箇所で、数分間私の意識が飛んでいたことに気づくという調子。だから私は授業だけだと抜け落ちがあるので、復習は絶対に欠かせない。そんな調子なのに、満点取っているので努力してないわけがない。というわけで、よく頑張った、あたし! ヾ(o´∀`o)ノ

 今だから、ふざけてこんなことを言っていられるけど、自分の意識がところどころ飛んでいると、まず気づくのが大変だったし、気づいてからも何とか治らないかと悩んだのよ。だけど、発達障害は治らないと知って、あきらめがついた。20年くらい前?に復習や反復練習でカバーするしかないというのは気づいてたけど、精神医療かなにかで意識がとばないようにできるのではないかという期待はあった。でも今はもう、キッパリ、サッパリあきらめた。未練を残すと余計に苦しくなるから。勉強だけでなく、仕事も新しく働き始めたら、家でも毎日仕事内容を復習するよ。私は人と同じレベルになるには、人より多くの努力をしなければならないのだと気づいてしまったの。そこまで吹っ切るには長い道のりがあったけど、まあ、書き始めると長い愚痴になり、行き先が分からない文章になるのでやめとくね。

 

 私は日本文化で好きな面もたくさんあるけど、「私は努力しました。」と堂々と言うのがはばかられる文化はあまり好きではないの。これは欧米人にも良く指摘される面です。

 昔、大卒のイギリス人に、

””日本人の学生は優秀な大学に在学していることを褒めると、なぜ皆口をそろえて「運が良かったからだよ。」と言うのか?””

と聞かれたことがある。

 「なぜ、こういう努力をしたから(自分の実力で)合格できたんだよ。」と話さないのかと。一応、「ああ、あれは日本人の謙遜の文化だよ。一部の日本人は自分が頑張ったという事実を他人に話したり見せたりするのは格好の悪いことだと思っているし、頑張ったという事実を人に見せるのは恥だと思っている人さえいるよ。」と説明しておいた。そのイギリス人は理解できずに不思議そうにしていた。日本人の「恥の文化」は外国人には分かりづらいという典型例よね。

 

 あいかわらず書きたいことをつらつらかくので、話が飛びまくるが、当然のごとく学校で勉強する内容には種類があって、科目ごとの得意不得意というのは誰でもあると思うの。それで今勉強している科目はものすごく楽しいんだけど、ものすごく苦しいの。知りたい分野だったから「おお、そういうことだったのか!」とつながっていく感じがめちゃくちゃ楽しいんだけど、何ていうんだろ?思考力?みたいのが足らなさすぎて、頭の中で内容を組み立てていく時にものすごくエネルギーを必要としてめちゃくちゃ体力を消耗する。それに、私は頭が良くないので思考をまとめるのに非常に時間がかかる。ついでに記憶力までも良くない。これまでの人生全般でそうだったけど、私は頭が良くないので全てのことを反復練習、反復訓練で覚えてやりすごして来ている。

 今回も概要は理解できても、とっさにそれを組み立てられるかは反復訓練しかないと思っていて、もーその復習の時間がしんどくてたまらない。でも前日にやったことを確実に覚えてしまわないと次の日の勉強に差し支えるので、ほんと、必死。要するに、きちんと組み立てられていない基礎の上に、ゆがんだ支柱で家を建てることはできないということ。だから、そのために基礎を固める、柱の角度を丁寧に整えるみたいな地道な作業をしなければならなくて、それがめちゃ苦しい。新しいことだけ学べて、楽しんだらすぐに忘れても良いというシステムなら、どんな天国だろうかと思う。が、世の中そんなに甘くない。

 世の中には私の中での呼び名で「感性脳」みたいな人達がいて、私が復習や反復練習で必死に理解を頭に叩き込んでいるのとは対象的に、一瞬のひらめきのような感じで同じ内容を理解してしまう同級生たちがいる。彼らは、先生の話を聞いただけで一瞬でその話を理解し飲み込んでしまっているので、私のような泥臭い努力をしなくても、スラスラと先生の出した問題を解いていくのだ。「マジかよ…」と、本当になさけなくなる。

 私はスペックが高くない上に、加齢でなおかつ不注意優勢型の発達障害ときている。ほんと、もう、世の中の現実を見せつけられてる気がしている。まあでも、同級生達が良い人達なので分からないことは教えてもらえて非常に助かっている。

 

 人間関係も良好で、「私、下の名前(ファーストネーム)で呼んでもらって構いませんよ。」と最初に言ったため、最初こそみんな躊躇していたものの、すぐに「ららさん」とファーストネームで呼んでくれるようになり、みんなと親しみをもって過ごせてます。ほんと、世間話もガールズトークもめちゃ楽しい。

 さらには、私以上に空気の読めない(恐らく発達障害でASDの)人やかなり個性の強い人もいるけど、誰もその人に対して嫌な顔をしないの。そして、どんな長話もマウントも、ウンウンと聞いていたり、あまりに激しいマウントをしている時は、ツッコミを入れて機転をきかせたりと、本当にコミュニケーションの上手な人達が多いの。仕事となったらまた話が違ってくるのかもしれないけど、学校程度のことなら、みんなで上手くコミュニケーションをとれるに越したことはないよね。

 もうすでに、同級生達を自宅に招いてご飯を食べたりする程度には仲良くなっていて、これからも適切な距離感でお付き合いできたらなーと思っています。うーん、書きたいことを書いたらスッキリしたので、少しだけ復習して寝ます。みんな、今日もお疲れ様ー

 

おわり

セクハラに遭いやすい地域・文化について

 私は最初この記事に、

「セクハラされてる側がホステス並に気を使って、かわしてあげなきゃいけないの?「私は女性であなたは男性なので触らないでいただけますか?」で良くない?小規模なら、揉めた時に確実に増田が辞めることになるのに」

と、コメントした。

 

 まあ、私は割とプライベートや職場で中の良い同僚、上司、社長の前でギャルキャラになることが多いので、特に抵抗はないが、セクハラに関しては毅然とした態度が良いと思う派。そもそも、私は気が強そうに見えるのでセクハラを受けにくい。ないとは言わないが。

 この記事を見て思ったんだけど、まずこの記事自体の対処法は勘違い男にロックオンされる前の回避方法としては効果があると思う。職場に入ってすぐに、こういうキャラを定着させて、そもそも男性にロック・オンさせないという手法だ。

 だが、元来おしとやかな女性がこれを演じるのはかなり無理があり、ずっと演じ続ける労力だけで疲れちゃいそう。そもそも、こういうキャラは元来お調子者でないと演じきれないと思う。もともと、おしとやかな女性がいかにコギャルキャラを演じたところで、上品さや優しさが漏れ出ちゃうと思うんだよね。例えば、美智子妃殿下がギャルを演じたとしても演じきれなさそうということ。

 多分、一回、魅力的な女性だと男に認識された後に、急にキャラを変えても効果がない、または「そんな安い女だとは思わなかった。」とガッカリされ、嫌がらせを受ける可能性が高まるようにしか思えない。嫌がらせは受けないまでも、それまでの優しさはなくなる気がしてならない。だって、目的があっての優しさだから、目的が達成されないと分かったら優しくなくなるのって当然だよね。

 

 で、元来おしとやかだからこそ、こういうことをされやすい、つまりはロック・オンされやすいのよ。別段、弱い女性が悪いみたいな意味合いで言ってるわけではないのよ。自分に自信がなく、性に対する欲求不満のはけ口を会社の地位や年齢や立場が下だとみなした女性にしか向けられない男達は、おしとやかな女性を好む習性があるの。拒絶されなさそうとか、反撃されなさそうと意識的にか、無意識的にか思っているのもあるだろうけど、何故かそういう男はおしとやかで優しい若い女性を好むのよ。逆に気が強そうな女性とか、派手な女性をあまり好まない気がする。いや、実際には好んでいても気が引けて声をかけることができないだけかもしれないけどね。

  で、そういう自信のない男達は誰かに許容してほしいだけだから、どんなに優しい言い回しで、お付き合いや肉体関係をお断りしても、どっちにしても逆恨みするタイプが多い気がする。典型的な勝手に期待して、勝手に裏切られたと思っちゃうタイプね。人間関係の作り方が下手過ぎて、ちょっとでも優しくされたら、俺に気があるんだろと思ってしまうタイプ。

 

 あと、こういう事をするもう一つのタイプは、表向きには根拠のない自信がありすぎるように見えるんだけど、内心はコンプレクスの塊みたいな男。何故か自分はそこそこモテると思っていて、俺はただ大人の女を口説いてるだけって本気で思ってる男ね。で、実際にこういう男がモテているかというとそうでもなくて、多少女性にご縁があった程度。まあ、実際に容姿か、財力か、地位か、何らかの魅力があったりはする。けど、無意識にだろうけど、自分の容姿や財力や地位がモテ男ガチ勢と比べると劣っているって、ちゃんと気づいていて、自分より格下(弱い)とみなした女性にしかちょっかいを出さない男。

 ちなみに、格下ってのは、勘違い男達が勝手にそうみなすだけであって、実際に格下かどうかは関係ない。

 そして、こういう男達がセクハラだと怒られたら、全力で「俺は悪くない。」と言いたいがために、「あいつのほうから誘ってきた。」とか、「なんだよただのシャレじゃん。」とか、「子供かよ!」とか、「カマトトかよ!」とか、必死の言い逃れをしようとする。

 それで、セクハラ被害者に二度目の被害を与えるなどと思いもせずに平気で言うよ。自分を守るために必死だからね。そもそも一回目のどこがセクハラか分かってないんだから、二回目の加害に気づくわけもないのだが。まー、その卑怯さと醜さったらありゃしない。

 

 こういう男にロック・オンされないためには、男性との心理的距離感を近づけないことが重要だと私は考えている。物理的な距離感もさることながら女性が男性のセクハラ被害から自分を守るためには、徹底した敬語や無表情などでスキを見せず、心理的な距離感を離しておくのが一番手っ取り早いと考えるのだ。そして、この方法は自分自身の人間として、労働者として、女としての評価が下がるリスクが低いとも考えている。

 ただこれも少し都会的な職場の話で、未だに少しでも田舎になると「愛想(あいそ)至上主義」がはびこっていて、「(無料で)調子よく、笑顔で、他人の相手をしてあげることこそが正義」みたいな風潮がある。そして、そういった地域では、「女は愛嬌」などと言われ、愛嬌は礼儀やビジネスマナーの一つのようにさえ扱われる。ので、地方の女性労働者達は良く言えばニコニコ、悪く言えばヘラヘラ笑っておかなければならない事情がある。

 そんな状態で、笑えば「俺に気がある」と勘違いされ、セクハラだと訴えれば「お前がヘラヘラと愛想をするからだ。」と自己責任を問われ、じゃあ無愛想(無表情)でいますねと無表情でいると「(女なのに)愛想がない。」と怒られ、で、結局どうしろと?という地域があるのよ。

 

 話を元に戻し、心理的距離を遠く取るために徹底した敬語、無表情で仕事をするとする。それだと自分の評価が下がるじゃんという人もいるだろう。だが、自分も相手も人間だし一緒に仕事をしているので信頼できる相手かどうかは半年もすれば分かってくる。悪く言えば、最初は善人ぶっていても化けの皮が剥がれてくる人もいる。

 私自身は(職場によるが)仕事で初対面の相手に対しては、最初は全ての人と心理的距離をとり、言葉だけでなく行動が信頼できそうな相手のみ、小出しに自分を見せていくようにしている。私はこの段階ではまだ本音までは話さない。ただ、一言、二言、こういうことを言ったらどんな返事が返ってくるかな程度の心情を吐露してみたりはする。それで、冷静な返事が返ってくれば、もう一歩踏み込む、それでさらに冷静な返答が返ってくればもう一歩というふうにする。

 コツは、自分から見て優しく見える、自分の味方をしてくれる、自分に都合がいいという理由で関わる相手を選ばないこと。最初は冷静で客観的な人と親しくなって、そういう人達と親睦を深めていくうちに、優しくしてくれるようになった、かばってくれるようになったというのが理想的だと感じている。恐らくだが、これはごくごく一般的な人間関係の作り方だと思う。人間関係の作り方がおかしい人は大概、人を信頼しなさすぎか、人を信用し過ぎかのどちらかのように見える。

 今はこんなことを言っている私だけど、未だに人との距離感がちょいちょいおかしいし、精神疾患が重症だった時とは言え、やさしそうな善人に見える人にうっかり騙されたこともある。本当に人を騙す人の鉄壁の演技というものは、そうそう見抜けるものではないと感心してしまった。

 

 あ、ちなみに酒を断る手段として男女ともに有効なのは「ドクターストップなので飲めません。」と、周囲の社員や上司に聞こえるような大きな声で言うこと。これを伝えられているのに、酒を強要する人がいたり、周囲がそれをとめない会社なら、そういう体質の会社ということ。働き続けて自分が上に上がって会社の体質を変えるのもよし、辞めて違う会社で働くのもよしって感じかな。

 また、つらつらと思いついたことを書いてしまったので、急に終わります。またねー。

 

◆こちらの記事にも勘違いおじいさんのメンタリティを書きました。

blog.lalamiamor.net

家族の偉大さについての物語

育てやすい子供と育てにくい子供

 私は、時々、夫や夫家族と過ごした10年間のことをタイムラインのような形で思い返して泣いてしまうことがる。何に泣いてしまうかと言えば、夫の頑張りと、義母の頑張りだ。

 世の中を見渡すと、分かりやすくも分かりにくくも、親にとっては「育てやすい子」「育てにくい子」という子に別れることがある。ある家庭の子供は育てやすい物分りの良い子供であっても、ある家庭の子は育てにくい粗暴で理解力の低い子であったりすることもある。しかし、同じ家庭に、同じ両親の子供として生まれてきても、育てやすい子育てにくい子がいたりする。それは、ざっくりした言葉でくくってしまえば「特性」と言えるものだと思う。

 夫は少なくとも、親にとっては大変に育てにくい子だッたと思うし、夫のご両親は小さい頃から男の子特有の粗暴な行動を見せる我が子(夫)を何とか落ち着かせようと、ピアノを習わせたり、バレエのような踊りのような事を習わせたりした。とにかく知恵を絞った。そのような芸術的な習い事をさせれば、夫に繊細な振る舞いや感覚が身につくのではないかという考えは、賢い親ならではの発想だと思う。子どもたちに本人の能力で出来うる限りの高い教育を受けさせていて、義父が優秀とはいえ、子供達の教育資金を捻出するためには主に義母が物凄く経済的に我慢していたと考えられる。昔の女性はどんなに気が強そうに見えても、夫や子供のために自分の幸せを我慢するべきという考えが刷り込まれていたのだ。それが良いとか悪いとかの話ではなく、そういう時代だったと言うお話。

 

母親が持て余す男の子の攻撃性・凶暴性

 夫が大きくなるに連れ、夫の粗暴さは増し、義母の処理能力を遥かに超えて来ていたと思う。夫が証言するに義母は頻繁にヒステリーを起こし泣き叫んでいて、それが嫌で嫌で仕方が無かったという。だけど、他人の私から見れば、夫の粗暴さは昭和の古風な女性からしたら、パニックになっても仕方の無い水準だったのではなかろうか思う。私は一応、夫の配偶者的な立ち位置を10年やったの人間なので、彼の攻撃性、暴力性の高さは知っている。それもまた、動物的な本能かもしれないので、迷惑だからやめてほしいとは交渉するものの、人の攻撃性、残虐性、暴力性を制御できるかどうかは、もう個体差によるとしか思えない程度には諦め始めている。

 

親子で異なる過去の証言

 夫には夫の言い分があり、義母には義母の言い分があり、同じ出来事について話を聞いても言い分が全く違う。これは親子や夫婦にはよくある話で、同じ物を見ても、同じ出来事を体験しても捉え方が全く違っている、ただそれだけの話だ。だけど、親子や夫婦というのは何とな無く「私は親なのだから、配偶者なのだから、相手の気持ちくらい分かる。」というおごりが手伝って、誤解が生じやすい。これが職場の同僚なら、「他人」という認識で適切な距離感で接することができ、話し合い、考えをすり合わせる提案もしやすい。だけど、家族だと甘えが出てしまいやすく、感情的になってしまったりして、そうはなりにくいといういう話だ。

 

実の親子の愛憎

 もう、夫は義母に怒りしか無く、何なら憎しみはじめていて、義母は義母で我が子が「可愛くて可愛くて仕方ない。好きで好きで仕方がない。」にも関わらず、やはり子供から受けた精神的被害がトラウマになっており、怒りや憎しみを小出しにあらわにしている調子だった。我が子にチクチクと嫌味を言ってしまい、息子の前で「私は子育てに失敗してしまった…」と言ってしまう程度には、追い詰められていたし、自分の子育ての至らなさを責めてしまっていた。

 もう、この二人が同居するなんて不健全に見えた。夫が私に嫌気がさして実家に逃げ帰ろうとした時も

「私に嫌気がさすのは良いが、本当に実家に帰って良いのか?自分自身でこのまま実家に逃げ帰ってしまったら、そのままニートで人生が終わると思わないか?それで良いのか?いや、自分自身がその人生で納得できるならそれでいいと思うが、あなたは変わりたいと言っていたのではないか?私が嫌なら一人暮らしをすればよいのでは?」

という趣旨の問いかけをしていたつもりだ。かなり乱暴な手法を使ったが、あの時は彼が凶暴だったので致し方がなかった。

 夫のご両親にも、

「これは親の覚悟の問題だ。息子が家に逃げ帰って来たからといって家に入れてしまったら、ニートとして一生過ごす可能性が高まる。あなたちは彼の親で、ほぼ30年間も彼を育ててきたのだから、家に帰ることを許したら、どうなるか想像できるのでは?」

という趣旨の問いかけをした。君ら家族の問題だから君らが決めればいい。私は最終的には他人だから関係ないと、なんとなく傍観者な意識の自分もいた。婚姻届を出していないのだから、戸籍上は確実に他人だ。

 

自分の人生を変えようとした二人

 ただまあ、ご両親がもう息子を実家には住まわせないと決めて、夫が親にどれだけ愛されていたか分かった後の、もう、夫と義母の自分を変えたいという努力はすさまじいものだった。要するに親離れ、子離れの努力がすごかったのだ。

 夫はまず、正社員として働きたいという夢を持っていて、それに向かって必死に頑張った。夫の言動は芸能人に例えると狩野英孝氏のようなタイプだ。人から誤解を受けやすい部分は似ているが、狩野英孝氏ほどは外向きに温厚な態度を取れるタイプではない。狩野英孝氏を攻撃的にしたようなタイプだ。だから、一旦彼の攻撃性が向けられたら、その相手は決死の覚悟で戦わねばならなくなる。それは私も義母も一緒だったと思う。

 

義母と妻が手を取り合う時

 夫の「正社員として働く」という夢を応援するために義母と私は夫には内密に、長いメールのやりとりをしていた。私が夫に対する愚痴を義母にメールで送信すると、最初は息子を馬鹿にされたと勘違いし、攻撃的な反論を返信をしてきたこともあった。のちのち義母に「(我が子の)いたらなさを他人に指摘されると、それが本当のことであっても、悪口を言われたみたいに感じて頭に血が登ってしまうものなのよ。」と話してくれた。

 だけど、私は息子さんについて批判や避難しているわけでなく、息子さんと向き合う事がつらく苦しく感じるときがある、あなたは同じ女性だし、彼の母親だから、彼の性格や言動をよくご存知だろう。どうか、知恵を貸してほしいという交渉をした。

 そうすると義母も人間だ。私に共感し、励まし、私が愚痴を言うと「うちの子が至らなくてすみません」と本気で謝ってくれた、「私の育て方が至らなかかったのだろうか?私は不出来な親だ。」と嘆き、気が強いと思われやすい彼女が普段は隠している弱さを見せてくれもした。

 「そんなことはない、お母様は人としても立派だし、妻としても労働者としても立派に勤めあげた。母親という仕事に関しては誰だって、生まれて始めてやる仕事だから、だれも完璧になんてできるわけがない。完璧な子育てができる親なんていないと思う。そもそも、ご両親は自分たちが本気で不出来な親だったと思っているかもしれないが、一般的に見れば良く出来た親だ。私の親と比べれば経済力、能力、精神力ともに雲泥の差だ。」

と励ました。義母は、夫と私が喧嘩したらいつも私の側についてくれて、今でも私に絶大な信頼を寄せてくれている。

 

ただの同居人だった二人

 母の愛というものに驚愕した一つの思い出として、忘れられない義母の一言がある。私は独身主義者だったので、現在の夫と婚姻契約を結んだのが非常に遅かった。ので、この頃、私と夫は、ただの同居人、ただの同棲している男女だ。前提として書いておく。

 

パートナーにキレた瞬間

 ある時。私が彼の凶暴性を止めるために刃物を持ち出したことがある。ある時期、彼は長い長い説得の期間を経ても、(母)親や私から精神的に経済的に搾取しようとする行動を改めず、なんなら怒鳴り続け、相手を萎縮させて支配しようとする態度取っていた。彼が怒鳴り散らすのに対して、私が何度も何度も怒鳴らないでほしいと冷静にお願いし、説得を続けたつもりだ。だが、彼は怒鳴るのをやめようとしなかった。だから私は、とうとうキレた。

 

「お前、ほんとに怒鳴るのやめないと殺すよ。何年怒鳴るのやめろって注意してんだよ!そもそもお前、男には怒鳴らないじゃないか!怒鳴るのは私とお母さんだけじゃないか!結局、お前は弱いとみなした相手にだけ、甘えていいとみなした相手にだけ怒鳴るんだ!そして、何年やめろといってもやめない!そういうの弱い者いじめって言うんだよ!卑怯者って言うんだよ!私は卑怯者が大嫌いだ、どなるならヤクザ怒鳴れ!できないだろ!」

 

と罵った。

 

 さらに、「お前が私を怒鳴るのやめなければ、私はお前を殺す。」と台所にいって包丁を手にとった。もちろん3m程度は離れていて、どうっやったって彼を刺せる範囲ではなかったし、それ以上に彼に近づくつもりもなかった。当然、これはただの威嚇行為なので、夫が掴みかかっても刺しはしない。私は暴力にさらされることに慣れた人間だ。殴られたら殴り返すし、一本骨を折られたら、相手にも一本骨の折れるのに相応な攻撃を加えるだけ。目には目を、歯には歯をで、同じ痛みを体験させないと分からない輩もいるのが人間社会だ。戦争は不条理な暴力を振るう相手への報復、反撃行為から始まると考えれば、簡単な理屈だ。だが、そこに至るまでには、互いにある程度の被害は許容し忍耐し、さらには外交交渉も何年にも渡って行われていたという背景があることは忘れてはならない。要するに貼り強い外交交渉も決裂した状態で、戦争は起こるという意味だ。

 彼は良心的で善良なご両親としか暮らしたことがないので、自分の悪質な攻撃に対して妥当な反撃を受けたことがなかったのだろう、それで怖気づいた。なので「怒鳴るのをやめろ、さもなければお前がとりあえずこの家を出ていけ。この部屋を借りる資金も家賃も生活費も私が出してるのに、私ばかり追い出されてネカフェで寝るのはおかしい。今度はお前がでていけ!」と夫を追い出した。

 ありがたいことに、言葉で交渉しても怒鳴るのもやめず、出ていってもくれなかった彼が刃物を見せた途端に家から出ていってくれた。暴力(をチラつかせる事)の威力は偉大だ。

 

警察は冷静に話せば公平に見てくる

 そして、しばらくすると警察がやってきて「刃物で刺そうとした人がいるという通報があったので、一応様子を見に来ましたよ。」と言われた。父がちょくちょく警察の人に捕まっていたので、警察官は話せば分かる人達だと知っていた私は、「そうか、あいつ、私を悪者したのか…」と思いはした。が、自分を正当化するなんて誰でもやることだし、ま、いいかと、とりあえず警察に説明をした。

 私は彼氏の生活費全般を支払っているが、彼は私に頻繁に数十万の金の無心をし、出さないと出すまで怒鳴る、生活費を差し引いても贅沢品、享楽費捻出のために、私としては納得のいかないお金を暴力的に巻き上げられたと感じている。だから今回は金を死守したところこうなった、と、事情を話した。さらに私は冷静で3m以上を距離があったし、あれは威嚇射撃のようなもので刺すつもりなどさらさらなかったと説明すると、警察官は当然いろんなケースを知っていて、私の冷静な態度や説明の内容から、「金(カネ)か…」とつぶやいて悲しいそうにした。私はそういう時の警察官の方々の寂しそうな悲しそうな態度が切なくてしょうがない。沢山の人間の心の闇を見ても、感情が麻痺しないほどの強靭な精神をお持ちの警察官にお目にかかると、心優しい人の苦しみは大きいのだろうと思える。それは精神科医にも同じことを思う。

 そして警察官は「まあ、よくあるケースだけど、刃物は出しちゃだめよ。」と言ってくれて、「はい、すみませんでした。お騒がせしました。」という感じで、ことは終わった。そして、彼は一旦実家に逃げ帰ったものの、私との同居を再開すると決断し私の元に戻っていた。

 ただし、だ。その際に義母と義父が同伴することになり、私は入籍していなかったので家族ではなかったが家族会議のような事をするという話になっていた。私は夫のご両親にどれほど攻撃や批判をされるのだろうとも思ったし、どんなに強く批判されても甘んじて受けようとは覚悟をしていたつもりだった。でも、やはり自分に100%否があることについて、全力で批判されるのかと思うと怖かった。

 

結婚してないのに家族会議

 家族会議的なものは始まり、義父は「どんな事があっても人様に暴言や暴力はいけない。」と、我が子を私の目の前で注意してくれた。義母は「とにかく人様にお金で迷惑をかけちゃいけない。」と、我が子を私の前で注意してくれた。だた義母は、我が子に女だから母親だからという理由で弱い者いじめされ続けた恨みつらみがつのりすぎて、ついつい愚痴や嫌味をチクチク言いがちだった。だから、やはりそこでも多少の親子喧嘩は起こった。彼は激高して義母に怒鳴ってティッシュの箱を投げつけた。私は「人に向かって物を投げつけるんじゃない!しかも心配てくれてる母親だぞ!」と怒った。

 ご両親は非常に賢い方たちで、私に息子を預けるからには、私の機嫌をとっておかねば危険だと思ったのかもしれない。私が刃物を持ちだしたことを批判も非難もしなかった彼のご両親に、ただただ驚いた。こんなことがあるのかと…もうこの息子はこの得体の知れない女に預けるしかないという覚悟を決めておいでのご様子だった。ご両親も、子育てに疲労困憊していらしたのかもしれない。なにせ30歳近くまで思春期のような反抗期のような状態が続いていたのだから。しかも、彼には兄弟もいたのだから。

 

母の愛とは「覚悟」なのかもしれない

 そして、彼が激高してお母様にティッシュの箱を投げつけたにも関わらす、義母は帰り際の、最後の最後で「おねがいだから、息子を殺すのだけは勘弁して下さいね。」と、私に言った。やはり、私が刃物を持ちだしたことは気にしていらしたのだ。当然だ、我が子が殺されたら困る。だが、我が子を殺すかもしれないと思える私に、我が子を預けねばならなかった母親の緊急度と覚悟に私は、再び驚いた。

 そんな不安な相手ところに、普通の親なら絶対に息子を戻らせないでしょ。だけど、息子が信じるという女を、母である私も信じようと決断し、殺されるかもとまで思いながらも、覚悟を決めて預けてくれた。これが家族愛、親の愛なのかと、私はその時に思った。母親の覚悟というのは、ああいったことなのかと義母のことを思い出して、涙が出ることがある。そして、私はこの義母の信頼に答えねばと変な責任感を感じてしまった。なんとなく、彼女に対しては友情のような戦友のような感覚を持ってしまっている。私が一方的にそう感じているだけだが。

 

100か0の人、両極端に触れやすいタイプの人

 彼は、私の夫となり、比較的に温厚に一般人と同様に振る舞えるようになった。彼はとても根が優しく生真面目な人間だ。だが生真面目な人間というのは、得てしてギアでいうところの遊びがない。100か0かで物を考えやすく、100%相手を信じるのでなければ0だ(=敵だ)となりやすい。なぜ77%信じるということができないのかと聞いたところで、できないし、そんなことしたくもないという返答がかえってくれば、それまでの話だ。だが、彼はいつも、それでつまづく。彼の中には中途半端に相手を信じるなんて失礼だ、信じるなら100%信じなければ相手に対して失礼だという感覚がありそうだ。これもまた、考え方を変えられる人もいるし、変えられない人もいるので、やはり個体差だと諦めている。

 私は時々「この人は私の父親に似ている。」と思うようになっていた。実際には父親がどういう人なのか、話したことがないのでわからないが、何事に対しても生真面目、潔癖なところが父に似ている気がするのだ。短所は長所、長所は短所という当たり前の話ではあるが、難しい話だ。

 

夫婦とは?親子とは?

 約10年の彼ら家族との付き合いの中で、母の愛とはなんと重く苦しく、そしてなんと偉大なのだろうとしばしば感じた。そして、私は夫に対して義母ほどの愛情は与えられないだろう。私は彼の母親ではないのだという、当然至極の事を思い知り、義母が子離れしたように、私も夫から子離れするべきときが来たのかもしれないと思うようになっているのだ。

 夫には、とても申し訳をないことをしたのかもしれないと思う時がある。私のようなイカれた人間と出会わなければ苦しまなかっただろうかと。だが、残念ながら起こってしまったことは消せない。許せないなら忘れてもらうしかない。さみしいが、それが現実だ。

 

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眠る家があればいい。「山のあなた」と「逆説の十箇条」

2016年9月に書いたものです。

山のあなた 

山のあなたの空遠く

「幸」住むと人のいふ。

噫、われひとと尋めゆきて、

涙さしぐみ、かへりきぬ。

山のあなたになほ遠く

「幸」住むと人のいふ。

 

作詩:カール・ブッセ

訳詞:上田敏

 

やまの あなたの そら とおく

さいわい すむと ひとの いう

ああ われ ひとと とめゆきて

なみだ さしぐみ かえりきぬ

やまの あなたの なお とおく

さいわい すむと ひとのいう

 

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 この詩が頭の中をぐるぐると回る。何度も書くが、「私は親と縁を切れば幸せになれる」「大学に行けばお金を稼げるようになれる。」「外国に住めば視野が広がる。」そんな、漠然としたすっとぼけた将来像を持って、ぼーっと生きてしまった。

 

 私なりに、幸せ探し、自分探しをしてみたけど、最終的に気づいたことは「自分」も「幸せ」も、その一瞬一瞬に感じるものであって、あるようで、ないようなもの。般若心経がそれを教えてくれて、科学が「感情なんてタンパク質(脳)に電気信号が流れているだけ。」と証明してくれている。

 

 人生は修行。耐えるしかない。一瞬の幸福のために、ちいさなイベントでも企画しよう。それを楽しみに生きていこう。そう、自分に言い聞かせている。考える暇がないほど働いていたときの虚しさと、考える時間がありあまるほどある今の虚しさは、そうは、変わらない。

 

 山の向うに幸せを探しに行って、涙を流しながら帰ってきた。まるで、おつむの弱い私のようだと、すこし、皮肉な気分で自分自身を嘲笑してしまった。

 

 私が家賃3万円のオンボロアパートに暮らしていたとき、深夜2時くらいに自転車で帰宅していると、隣の部屋を借りているおじいさんがいつも、近所の飲食店のゴミ箱をあさっていた。その、おじいさんは私が女の一人暮らしなのをいいことに、仲良くしていたわけでもないのに、借金をしつこく申し込んできた。そして、お断りし続けたら、電話番号を教えてもいないのに、電話がかかってきて「お金を貸してほしい。」と言ってきた。「どうして、ウチの電話番号を知っているんですか?」と聞くと、「ちょっと、郵便を開けて。。」と言い訳。私の郵便受けの郵便物を勝手にあけて、電話番号を盗み見て、私に借金の申し込みをしてきたのだ。働いていた飲食店の副店長に借金を申し込まれたこともある。今考えれば「女の一人暮らし」という点がナメられた点だっただと思う。借金の申し出を断り続けた結果、隣のおじいさんに郵便物を盗まれ、捨てられるという嫌がらせまで受けた。

 ある日、日雇労働をしているボーイフレンドがうちに来ていて、玄関にドロドロに汚れた大きいサイズの彼の靴があった。その時に隣のおじいさんが、また借金を無心に来て、靴をみるなり「彼氏いるの?」と聞いてきた。「はい。」と言うと、「彼氏には言わんでね。(ニヤニヤ)」と去っていった。そして、その後、借金の無心も嫌がらせもなくなった。やはり私が女の一人暮らしだから舐められたのだと、あの時に思った。

 精神病棟で知り合った女性も同じアパートのおじいさんから同じ目にあったそう。彼女の場合は、相手が老人だと思って少し手助けをしたら、おじいさんが勝手に彼女が自分に好意を持っている(惚れている)と勘違いし、家まで押しかけて来たのだ。当然、彼女はあなたに好意は持っていませんと伝えたが「なら、なんで親切にしたんだ。」と言った趣旨の逆ギレをされたそう。

 女性はなぜ男性のKKOに親切にできないかというと、このような事情があるからだよとしか言いようがない。

 

 大変申し訳ない話だが、あの時から男性の老人に優しくできなくなった。全くの通りすがりで身元がバレない相手には親切にすることもできるが、ちょっとでも身元がバレそうな相手には一切の感情を込めず機械的に振る舞い、嫌われるように仕向けるようすらなった。自己防衛のため、トラブル回避のための手段なのだよ。残念ながら仕方のお話なのよ。

 私だって彼女だって精神を病んだ貧困女性で、体力的に精神的に身ぎれいにできるはずもない。私に至っては過食症が出続けて100kg近い肥満体になることだってある。そんなみすぼらしく不器量な中年のおばさんでさえも、貧困おじいちゃん達は女性とみなして言い寄ってくるのだよ。だから自意識過剰だと言われようと、こちらは身を守る手段を取らざるを得ない。それに、ランニング&ステテコ&髪の毛ボサボサで玄関の外で猫と遊んでる貧困おじいちゃんに手助けをしてでさえも、女側に油断があったのではないか?などと自己責任論を言い出す輩もいそうなので、なおさら手助けできない。

 役所などの市民相手の女性労働者が、初対面で冷たく感じられる対応をするのは、そういった自己防衛のためでもあり得ると思うと、かなり納得の行く話だ。申し訳ないが男性には男性が手を差し伸べてほしい。女性が手を差し伸べると問題が解決するどころか、問題が増える可能性があるのだ。

 

 貧乏人には人情があるみたいな側面もあるにはあるが、そんな人ばかりではない。貧乏人は貧乏人同士で、足を引っ張りあったり、タカったり、盗んだり、いやがらせをしたりしているんだろうと思うし、私も実際にそうやって、見ず知らずのおじいさんにタカられた。それが現実だ。

 だけど、それでもなお、私は「逆説の10箇条」をここで、取り上げる。それは、私自身が人間の善意を信じたいという願望であり、信じようと努力している心の叫びなのだ。過去に、才能のある方々が人生の支えになるような言葉を生み出してくれたお蔭で、私は今、この生きること苦しみに耐えることができているのだと思える。良い意味で自分を騙すのに都合の良い言葉なのだよ。

 人を信じてばかりじゃいきていけない。人を疑ってばかりでも生きていけない。人生とは何と複雑なことか…

 

逆説の十箇条/ケント・M・キース

  1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。 それでもなお、人を愛しなさい。
  2. 何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。
  3. 成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。 それでもなお、成功しなさい。
  4. 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。
  5. 正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。 それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。
  6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって打ち落とされるかもしれない。 それでもなお、大きな考えをもちなさい。
  7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。 それでもなお、弱者のために戦いなさい。
  8. 何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。 それでもなお、築きあげなさい。
  9. 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。 それでもなお、人を助けなさい。
  10. 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。 それでもなお、世界のために最善をつくしなさい。

フリーランスに対する誤解

 この記事についたブコメで、なんちゅうか、何で会社員かフリーランスかの二択なんだ?と不思議に思ったので、ちょっとだけ書いとくね。

 フリーランスって簡単に言うと自営業なんだけど、自営業って、飲食店みたいに、がっつり拠点を構えて社長風な立ち位置でリーダーシップをとってる人と、自分の才能を売りに本当にクライアントも毎回変わるし、働く場所も毎回変わるという人もいるのね。

 で、私の友達のフリーランスは、個人事業主な時期のほうが長いんだけど、必要があれば数年、仲間の会社に所属したりして、また、会社の縛りから抜けたい時は個人事業主に戻ったりしてるわけ。まあ、色んな都合の兼ね合いでそうなるらしい。

 ようするに、実力とビジネスのコネさえあればフリラーランスと会社員を行ったり来たりできるわけよ。

 なのに、ブコメをみるに、フリーか会社員かのどちらかしか選べないみたいな感じになってて、そうでもないよーと思ってしまった。確かに、つぶしの聞かない業種で大した成功もせずに苦しい自営を続けてしまった人が会社員に戻るのは難しい場合もあると思うけど、技術・技能を持っていて、なおかつ業界である程度のコネクションを作っていたり、顧客がついてる人は会社員に復活できるよ。だから二択ではないと思う。

 年功序列の会社ならやめるのはもったいないが、給与の上がる見込みのない仕事をしてるなら、自営をやってみるのも手かと思う。でも自営をやるにも、元々その業界にコネクションができていて、仕事が取れる算段ができてからだと思うよ。さらには、最低限の商法や労働法や経理(特に税務)、さらにはコンプラや情報管理の知識を頭に叩き込んだ上で、事業計画を書面にして実際に事業をしている人や、税理士に相談したほうが安全だと思う。

 どうも、上記の記事で書かれているサロンとやらは、そういった具体的な指南を一切していなさそうなので、私だったら参考にしないと思う。

 ただまあ、ブコメで散見されるように、これらのお話は能力のある人達のお話で、能力のない私のような人は微々たる会社の厚生制度のために社畜として働くか、対した保証もないバイトとして自由に働くことを選ぶかの二択になるのは、まあ必然よね。

 

 いずれにせよ、ネットでは一方的にお金を貢いだり貢がせたり、互いが互いのパトロンになるという、宗教チックな思想を広めやすいんだろうなーと言うふうには感じてる。実際の新興宗教がとってる手法と同じなのに、宗教法人を作らなくて良いから、簡単に集金できるそのような手法を使う人がいるんだろうね。日本は法治国家なので法律に触れなければ問題ないとされるし、そのやり方に対する他人の心象が様々であるのは致し方ないとは思うが、あまりにも心象を主軸で物を言う人は比較的に私が苦手なタイプではある。だれでも感情的になったり、無神経な発言をするという割引はしてるつもりだけどね。

 まあ、新興宗教の信者さん達も、互いのパトロン関係を維持できてる間は良いけど、パトロン相手の主要人物に嫌われたりすると、急に客足がなくなって地獄を見るって話もきいたことがるので、一系統のコミュニティからしかお客を呼べない、パトロンをつかめない人は終わってしまうよね。

 そういった危険を防ぐためにも、働き方、収入源、所属するコミュニティは多方向に広げておいたほうが良いような気がする。

勝間氏のカミングアウトを見てLGBTについて思い出した事

2018/06/04に書いた文章を、読みやすく修正した(つもり)の記事です。

 

 時々20年以上前にシドニーに住んでいたことを書いているのですが、当時、シドニーは一部の人たちに「The Sex City(性に奔放な街)」と揶揄されるほどに、(カミングアウトした)LGBTが多い都市でした。

 当時は、一般市民レベルでは、シドニー(豪)、ロスアンゼルス(米)にゲイが多いと言われていて、その後、シンガポールが性に関して寛容な国という噂でした。この頃は、まだインターネットは普及しておらず、コンピューターが使いこなせる一部の人たちが使っていた程度でしたから、こういった情報のほとんどは口頭での噂が主流だったんですね。(だから、真偽の程は分かりません。)

 現在の米国でLGBTが多い都市はサンフランシスコのようですが、当時はロスという噂でした。恐らくですけど、現代はインターネットの普及で情報が集めやすくなったため、LGBTにとって住みやすい環境作りをした街にLGBTが集まりやすいのかな?と推測しています。

 

国・都市・人によって感覚が違う

 例えば、当時のシドニーでも、革新的な人はLGBTに非常に理解があったのですが、性に保守的な人達は「セックスシティ」と揶揄され、ヌーディストビーチがいくつか存在し、マルディグラパレードが開催されているといったような事を快く思っていませんでした。

 あるいは、ロンドンも最近はわりとLGBTが多いと言われていますが、当時、30歳前後のイギリス人とおしゃべりしてる時に

「エルトンジョンがゲイであることをカミングアウトしたとたんに、ウチの母がエルトンジョン好きだったのにー(嫌いになった)。とか言うんだよ。ホント、イギリスは保守的。同性を好きになろうが、異性を好きになろうが、バイだろうが、トランスジェンダーだろうが、嫌われる理由にはならんだろ!?何でいちいち同性が好きか、異性が好きか他人に報告しなきゃいけないんだよ。そんなプライベートなこと、人に言う必要ないだろ!」

って、怒ってました。

 

マドンナは嫌わていた?

 また、当時、あるアメリカ人とおしゃべりしていて「私、マドンナが大好き!」って言ったら、そのアメリカ人は苦々しい顔をして本当にイヤそうに「マドンナは狂ってる。」って言ったんですよね。

 マドンナは、公衆の面前で下着同然の格好でパフォーマンスを始めた元祖のような人だったんじゃないかな?当時はアメリカでも比較的タブーだった、性的な表現を公に始めた人だったような記憶があります。だから、抗議にあって公演中止とか、わりとあったんですよ。

 でも、言ってることはとても大切なことで、公演も「safe sex(安全な性行為:エイズなどの性感染症から人々を守るための予防措置を講じる性的活動)」に準じたものだったんですよね。でも、アメリカって今でもでしょうけど、保守と革新の対立がすごくて、マドンナは保守からは相当に嫌われてたみたいです。

 まあ、こういった性的な保守派宗教と密接に関わっているっぽいんですけど、私はそこらへんはよく知らないので、ここでは書かないでおきます。

 

同性愛が当然の前提とされていた社会

世界的にみるとまだ、そんな状態だったんですけど、

シドニーでは知り合った人たちが「僕の彼氏がね…」「あたしの彼女がね…」なんて、普通に話してくれてたんですよね。

 私が行きつけのカフェで、スタッフのお姉さんが私によく話しかけてくれるので、別のスタッフの人に「彼女は優しい人ね」って言ったことがあるんですね。そうすると、「ああ、彼女はガールフレンドと一緒に住んでるよ(パートナーがいるよ)」って教えてくれたんです。

 その時は、なんでその返しだったのか良く分かってなかったんですけど、私がその女性スタッフに恋愛感情を持っていて「彼女は優しい人ね」と言ったのだと勘違いしていたっぽいです、。ですから、「彼女にはガールフレンド(パートナー)がいるから、あきらめたほうがいいよ。」って意味で教えてくれたのだと、随分あとになって気づきました。

 一部の人たちの間では、同性の恋愛がそれくらいには認知されてたんですよね。だから「僕の彼氏が~」とか、「あたしの彼女が~」とかいう話が普通になされてたんですよ。私の家の近くに2件ほどゲイ(レズビアンもかな?)のナンパスポットだと言われるバーもありましたし、そんなもんなんだーって思ってました。

 

売春も男女ともしていた

 私が働ていた場所は、日本で言うところの新宿二丁目と六本木を足したような歓楽街でした。東京ほど人口が密集してませんから、東京の街ほどは大きくありませんでしたが、色んなことが起こっていました。

 私の勤務先の前で、背の低い小柄な男性が、身長が190センチくらいあるセクシーな女装をした男性にグーで殴られてたりしました。多分、売春の支払いについて揉めていたのではなかろうかと推測していました。

 その街から少し外れたところに、有名な売春通りがあって、夕方以降になると方側は女性の売春婦、もう片側は男娼が並んでいるという噂でした。私は、店の前で上記のようなトラブルを見てしまったので、夕方以降は怖くてその通りを歩いたことはありませんが、ギリギリ夕方になりかけた時間にうっかり通ったら、ちらほらと売春目的の方たちが立ち始めていて、ああ本当にここは売春通りなのだと思いました。

 ちなみに、その通りは裏通りとか歓楽街ではなく、普通の大きなストリートだったような気がします。勤務先から主要駅まで健康のために歩こうと思って昼間によく歩いていたのですが、本当に普通の通りでした。

 

ゲイっぽいけど結婚してる人

 私にとっては知り合い程度の、南欧人の男性が日本の芸能人でいうと「カバちゃん」みたいな話し方とふるまいをするので、私はてっきり彼はゲイだと思っていました。あ、ちなみに服装は女装ではなく、おしゃれな男装ね。だけど、ある時、友達とかわいい服の多い古着屋にいると、その南欧人の彼が妻と赤ちゃんと一緒に店に入ってきて、「ハーイ、トム」って言うと、「ハーイ、らら、こちら、僕の妻と子供だよ!」って言うんですよ。あれ?ゲイだと思ってた…などと当然言えるわけもなく、「あー、子供いたんだー。」みたいな感じになりました。

 私のルームシェアのシェアメイトにその話をすると「あれ?彼はゲイじゃないの?」って、私に尋ねてくるくらいゲイっぽかったんですけど、「さあ?」としか答えられませんでした。「妻と子供はいるみたいだけど、どういうセクシュアリティかは全く分からない。」という話をしました。

 

自国から避難してきた可能性

 これは、個人的な見解なのですが私が知り合ったゲイ・レズビアン方々は南米、南欧、アジアの方たちが多くて、自国の宗教・文化が同性愛、バイ、トランスジェンダーに厳しいから、その迫害から逃れてオーストラリアに移民してきていたのではなかろうか?と感じていました。

 私自身は、あまり彼らのセクシュアリティに首を突っ込んではいけないと思っていたので、そこら辺の事情は全く当事者に聞いたことがないので、これは全くの私の推測です。ですから違うかもしれません。

 

ゲイだと勘違いされて振られた男子

 じゃあ、オーストラリア人、あるいはシドニー在住者がみなそんな感じかと言えば、そうでもなかったんですよね。私のボーイフレンドがゲイの上司と仲良しでちょくちょく二人で遊んでて、彼自身もゲイだという噂が近所で流れてたんですよ。で、彼の親友に「彼って、ゲイなの?」って聞いたんですけど、「彼は元カノにゲイだと思われて振られた。」とだけ教えてくれました。で、結局、ゲイなのか、バイなのか、ストレートなのかの答えは教えてくれなかったので、真偽のほどはさっぱり分からず、むしろはっきりとセクシュアリティを教えてもらえないことで彼はバイかもな…という思いは強まっていきました。

 で、そのボーイフレンドが、ある時、突然に「らら、僕はゲイじゃない。元カノは僕のことをゲイだと思い込んで振られた。」と、聞いてもないのに言い始めたんですよね。聞いてもないのに、そんなことを言い始めたから、逆に疑ったんだけど、「私は別に、あなたがゲイでも、バイセクシュアルでも関係ないよ。ただあなたがHIVに感染したら悲しいから、誰かと肉体関係を持つ時は(男性と性的関係と持つときは)コンドームは使ったほうがいいと思う。」的なことを言ったと思います。

 

まとめ

 まあ、そんな体験をしたことがあったので、勝間さんのカミングアウトとか見てると、わざわざカミングアウトしなきゃいけない社会って窮屈そうだなーって思いました。だって、相手がどんなセクシュアリティだろうが、わざわざ言う必要も、聞く必要もないと思うんですよね。

 私が、わざわざ「私、異性愛者です。」ってカミングアウトしない、「あなたは、異性愛者ですか?」と質問されないのと同じことです。少なくとも私が生活の中で接していたコミュニティーは、色んなセクシュアリティがいること前提で、恋愛についてフランクに語っていました。個人的には、そのくらいにゆるくて気楽な社会のほうが好きですね。というお話でしたー。

 

おわり

 

鼻の異常のメモ

 若い頃から細かい不調が沢山あって、もう良い歳なので全て治療しようと思っているのですが、なにせ治療しなければならない箇所が多すぎてメモしておかないとわからなくなるのよね。

 

 鼻の異常は

  • 後鼻漏
  • 鼻中隔弯曲症
  • 動物アレルギーによる呼吸困難

は、すでに耳鼻科で診断を下されているので確実。

 

 鼻中隔弯曲症はレントゲンを撮ってみると、かなり鋭角に曲がっていました。ですが鼻中隔弯曲症は成人の約80〜90%にみられる形態異常だそうで、何もいやな症状がなければ特に問題はないそう。

 

 後鼻漏に関しては治療法はいまいち調べきれていません。私の場合は常時、鼻水が喉の奥に流れているので、喉が常に炎症を起こしていてチクチク・イガイガしていいます。さらに、体調が悪いと炎症がひどくなり、ひどい咳が止まらなくなってしまうので、けっこう困ってます。

 

 レーザー治療や外科的手術が必要な可能性もありそうですが、完治できるなら何でもしたいと思う程度には困っているので、甲状腺癌を切ったら治療開始したいかなと思ってます。ので、今のうちにネット、リアル人脈共にリサーチしておこうと思っているしだいです。病院探しは常に情報戦ですので、ネットで下調べして実際に医師/患者にお目にかかってリサーチするというのが私のリサーチ方法です。

 医療に関しては、石橋を叩いても叩きすぎることはないので、それくらい慎重にリサーチしています。下手したら一生治らない後遺症が残ったりしますからね(体験談)。むしろリサーチする時間があるのはありがたいことで、救急車でなんだか分からない病院に運ばれて雑な処置をされて致命的な後遺症が残ることのほうが怖いかな…私の体験的には…

 

というわけで、喉のイガイガ・チクチクは鼻の異常に由来している場合もあるというお話でした。

 

 

身体醜形恐怖症のKちゃん

 最近、20代の女性で醜形コンプレクスの女性たちに会うんですよね。重度から、軽度まで。私が会った醜形コンプレクスの子は皆、20代で女性でした。10代も会ってないだけで、多そうだなー。

 

 正直、私の印象で言ったら、私の会った醜形コンプレクスの子たちは「美人」です。だけど、彼女たちは自分を「ブス」だと言いはって、整形したいと言うのです。

 

 実際は美しい容姿であるにも関わらず、心のなかで自分をブスだと思い込んでしまうこの現象は、何故起こるのだろうと、彼女らの話を聞いてみると、親からの許容不足であるように私には思えました。

 みんな、親、特に母親と、なにかしらの軋轢があって、それが偏った形で自分の顔への評価として感じ取っているように思えました。あくまで、私の印象に過ぎませんが。

 

 身体醜形恐怖症のKちゃんの一例でいくと、彼女はファッション雑誌の女の子達の顔をひとつひとつ強烈に非難、罵倒していくのです。

 

「何、この子~。よくこんな顔でモデルになろうと思ったね。チョ~ブサイクなんだけどー。」

 

「何、この子。よく、こんな顔で生きていられるねー。あたしだったら、こんなブスに生まれたら、耐えられなくて自殺するわー。」

 

 などと、本当に、おおげさにではなく、しらみつぶしに、一人づつを、そうやって非難、罵倒してゆくのです。

 

 そして、そういう子にとっては「理想の顔」というのもあって、雑誌をみていて、

 

「見て見てーーーー!!この子チョーーー可愛くなーい?完璧な顔なんだけどー!!あたし、こういう顔に整形したい。こんな完璧な顔が世の中にあるんだーー!!」

 

と、いった調子。

 

 そしてその完璧な顔とやらを「どれどれ…」と見せてもらうと、さっきまで「ブスだ。」と強烈にこき下ろしていた顔と大して代わり映えしない顔なのです。ほら、男女ともに「美しさ」には時代時代の流行り廃りがあり、流行している化粧品、メイクアップ法、髪型などにしないと、時代遅れだの今の流行りじゃないなどという評価を受ける(場合もある)わけですから、同時代の人達が同じような顔貌になるのは当然と言えば、当然なわけです。だから、雑誌のモデルさんたちの顔も必然的に似てたのよ。

 ですが、醜形コンプレクスの彼女からしてみれば、最高にキレイな顔と、自殺しなきゃいけないくらい醜い顔の2つに別れるようで、しかも何故か彼女は自分自身の顔を「自殺しなきゃいけないほどではないけど、かなりひどい顔」という括りに入れているようなのです。しかも、本人は、それをかなり客観的な評価だと思い込んでいるようなのです。

 

独特の感性を持っているのでしょうね。

 

 私の周囲でも、一重がコンプレクスとか、片目は一重でもう片方の目は二重なのがコンプレクスなどと言った理由で、整形をし、とても性格が明るくなった人もいます。ですが、醜形恐怖症の子達の話を聞いていると、実際に自分が醜いかどうかということは、さほど重要なことではないように感じられました。

 自分が醜形であるから「愛されない」「大切にされない」と感じてしまっているということに問題があるというのが私自身の心象です。やはり、家庭環境かと。。

 むしろ、私が家族に大切にされない、あるいは同級生にイジメられるのは「顔のせい」であり、私自身の「人格」「性格」のせいではない、と言い訳をするために「容姿」を持ち出しているようにさえ思えました。

 

 ですから、私もKちゃんの家庭環境の愚痴を聞くためにお話がしたくて、その後、友達と二人がかりで、頻繁に「あそぼうよ」メールを送っているのですが、「太ったから人に会いたくない。」と出てきてくれません。醜形恐怖症は醜い自分を見られるのがいやだからと外出恐怖症になる人もいるそうで。。

 

 実はKちゃんは、すでに何院も美容整形外科を回っていて、美容整形外科の何人かの医師に「君の場合は顔の問題じゃない、心の問題だ、精神科に行け!」ともうすでに、直接言われてる子なんですよね。

 本人が、そのように証言していました。すでに複数の美容整形外科に相手にされなくなっているので、整形をしてくれるクリニックを探すのが大変だと。

 

 私も、「それだけ、精神科に行け、精神科に行け、って美容整形外科で言われて、精神科に行ってみようとは思わなかったの?」と聞いてみたのですが、「私は本当に醜いから、整形で顔を治したいし、精神科には偏見があるから行きたくない。」とのこと。

 

 ですが、お世辞でも何でもなく、彼女は本当に美しい顔立ちなので、「え、でも、Kちゃんは世間一般からみたら、めっちゃ美人な顔だよ。」と伝えてみました。すると、ものすごい剣幕で「あああああああ、もおおおおおおおおおおおおお、ほんとうにそういうのやめて!!いい!いい!ほんと、そういうのいいから!!」と(お世辞を言うなと)怒り始めるというか、パニックになっちゃうんですよね、顔をほめると。ほんとに美人だからそう言っただけなんですけどね。

 

 私個人としては、彼女にはカウンセリングで家族の問題を癒やしてほしいし、たまたま関わった私や私の友人とお茶でもして、わいわいいいながら、気晴らしでもしてほしいなーって思ってるんですけどね。まずは、外に出てきてもらわないことには会えないからねー。彼女どうしてるかなー。