女だから言えること

中高年のおばちゃんの脳内を日記がてら綴っております。

モテるおじさんのお話

 ある時期に60代も半ばに差し掛かった洒落たおじさんが仲良くしてくれて、時々二人で終電まで飲んでいた時期がありました。ちなみに私はお酒が飲めないので烏龍茶を飲むのですが、おじさんといると楽しいので1杯くらいなら…とカクテルくらいはいただいたりしてました。

 このおじさん、仕事柄、色んな人から「先生」と呼ばれている立場の人。私は彼の仕事関係から知り合ったわけではないので名前で呼んでいるのですが、彼は顔が広く人に慕われるタイプなので、私ごときが遊んでもらえるのは本当にありがたい話な程度には人気者。

 彼はスポーツをやっていることもあり、体型もシュッとしていて、姿勢も正しく、非常に凛とした佇まい。なおかつ原宿?(東京の洒落た街のどれか)の美容室に通うほど身なりにかまっている人なので、どう見たってモテる感じなの。雰囲気は昔でいうと田村正和氏、今で言うなら木村拓哉氏のようなセクシーでキザな感じの男性。

 現に、取り巻きの女性たちが私が知っている限りでも4~5人いて、「先生」「先生」となんやかやで世話をやいている。ちなみに彼は既婚者。んで、自宅が40~50人ほど収容してパーティーを開けるほどの家で、実際に45人規模のホームパーティーに呼んでもらったことがある。

 だけど、不思議なことにそういったパーティーでも料理やらなんやらの段取りをしているのは取り巻きの女性たち。妻が一切顔を出してこない。それが割と不思議な感じだった。だからといって妻との仲がいまいちなのかと思いきや、そうでもないらしく、「妻には感謝してるから充分な財産が残るようにしてあるし、生命保険も毎月10万円以上かけて、俺が死んでも金が残るようにはしてある。」とのこと。

 このおじさんの面白いところは、生まれて一度も会社員をやったことがないとこ。この世代は団塊の世代で、無難な生活をできている人は会社員を退職した人が多いのだろうと思っていたのだけど、彼は自営で資産を築いた人なのよね。だから話していてとても面白いの。

 私と飲みに行く時、たまたま彼の税理士から電話がかかってきて、土地の境界線で問題が起こっているらしくその話がなが引いていました。私に隠すこともなく堂々と話しをするので、彼の自宅の土地の値段が数億であることが聞こえてしまいました。立地の良い場所なので、土地だけでウン億はするだろうなと思っていたけどやっぱりそうか、と納得してしまいました。まあ、土地を売るだけ、あるいはリバースモーゲージだけでも余生を楽しく過ごせる現金が得られるよなーなんて思いながら見ていました。

 そんなおじさんですが、資産もあるし、かっこいいしでモテないわけがないと言うことで、私がモテそうな男性に必ずする質問をしてみました。

「ねぇねぇ、〇〇さんモテる?」

という質問。この質問にどう返してくるかで相手の人間性が見えてくるので、面白いから、この質問てほんとやめられないのよね。で、だいたいモテる日本人の人は、

「モテねーよ!」

と、食い気味に、かぶせ気味に、速攻返事をしてきます。

 

 私はいつも、それが面白くてしょうがなくてゲラゲラと笑ってしまいます。で、面白いから、ついでに

「モテないわけないじゃん!あれだけ取り巻きの女性たちがいるのに。まあ、既婚者がやすやすと俺モテます、あの子と付き合ってますとか言えないよねー。まあ、慎重なのはいいことだ。ほほほ。」

と、からかってしまいます。

 

 すると、このおじさん、真顔になって、

「俺、恋愛目的の女は好きじゃない。」

と言い出したの。私は面白すぎて、

「おっと、余裕の発言だねー。モテない男性たちが聞いたら、嫉妬で怒られちゃうよー。」

と、また冷やかしてしまいました。

 

「てか、おじさんが恋愛目的の女が嫌いでも、向こうが好きです!付き合ってください!って来るじゃん。そういうのどう処理すんのよ。」

と聞いてみると、

「断る!その場で断る。」「めんどくさい。」

とのこと。

「おっと、これまた余裕の発言だねー。まあ、断るならぴしゃっと断ってあげないと、相手が期待しちゃうもんねー。私、〇〇さんのことモテる遊び人かと思ってたけど、案外そうでもないんだねー。」

「うん、俺、めんどくさいの嫌いなんだよ。」

なんて、無駄話をするのが楽しいのよね。

 

 このおじさんもそうだし、シドニーでルームシェアしていたニュージーランド人の男性もそうだったけど、互いに人間的には好きなんだけど男女として意識し合っていない関係っていうのは本当に居心地がいいんだよね。私は彼の好みのタイプではないし、彼も私の好みのタイプではない、でも友達としてバカ話をするのは楽しいみたいな相手は本当に楽しい。

 恋愛を意識しないおしゃべり友達なら女友達でもいいじゃん?と思うかもしれませんが、女性でもハジけた人はいるけど、やはり男性のほうが圧倒的にハジけた変わり者が多いので、つい面白くて話し込んでしまいます。だって、おしゃべりするのに平凡な話じゃつまんないじゃん?変わり者の変わった人生のほうが圧倒的に面白いし、実話のほうが小説なんかより全然面白いんだもん。

 

 今月は、学生時代に親しかったドエライ出世をした男友達にも会う予定。彼の立場だと、周囲でどんな事が起こっているか、気になってしょうがないので、根堀葉掘り聞いてくる予定。もちろんブログになんか書ける内容ではないので書かないけどね。色んな立場の人の色んな裏話を聞けるのは、自分が自分の人生を立ち回る際の大きな知恵となるので、本当に興味深いし参考になる。

 私は生まれも育ちも貧乏なので、貧乏人の生態については多少知っているつもりだけど、モテる人とかお金を持っている人の生態は当事者に話を聞かないと知ることができないからね。彼らには彼らの喜びや苦しみがあるのよ。だから、お金があっても幸せじゃないと意味がないと思えたりもする。そうは言っても、働けない時期が続くと「金!金!金!」とノイローゼ気味になって、そんなことはすっかり忘れちゃうんだけどね。

 

 まあ、またつらつらと書いてしまって、終わり方が分からないので、突然終わります。まったねー。

【私の脳の特性】発達障害者は時計が読めない?

 これは、私が発達障害だからなのか、映像脳だからなのか分からないのですが、デジタルの時計だと、いまいち、今、何時何分なのかという実感が持てなくて不安になるという特性があるます。

 アナログの長針と短針の時計を見ると、「今は一日の中でこれくらいの時間帯なのだ。」ということをはっきりとつかむことができるのですが、デジタルの数字だと、一度見ただけででは時間感覚つかめず、「あれ?何時だったけ?」と何度も見返してしまったりします。

 私は昔から体調の悪いことが多く、特に最近は甲状腺肥大と甲状腺がんの影響もあってか、もっと体調が悪くなり、隙あらば横になって休んでいます。そうすると、ついうっかり眠ってしまって、目が覚めた時に部屋は真っ暗で今は夕方なの?深夜なの?早朝なの?と困惑してしまうこともしばしば。

 それで、真っ暗な中でも見える常時光っているタイプの置時計を買おうとニトリに行ってまいりました。

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 ざっと見るとこの写真の下側あたりが、光るタイプの時計なのですが、全部デジタル…

 

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 ちょいちょい日付が分からなく私としては日付付きな上に、光ってくれるこのタイプにも目を奪われました。

 

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 そうして、アナログの掛け時計も見てみると、なんというか、圧倒的な安心感。どうしてアナログには光るタイプがないのー。と悲しくなってしまいました。

 

 デジタル時計だと数字しか表示されていないので、その数字を暗記しなければ時間を覚えることができません。ですがアナログの場合は長針と短針の位置を覚えれば時間が分かるので、活字(数字)を覚える必要がありません。つまり私は、時間を針の位置=絵として認識したほうが覚えやすいようなのです。

 さらに私は、時刻にかぎらず時間の経過についてもアナログでないと認識が難しいようです。例えば、「30分後」を認識するのも、針がここからここまで移動する時間というふうに認識しているようで、針の位置がここ(5分前)になったから、そろそろ移動しようと感じるのは簡単なのですが、数字で12:00から5分前というふうに読もうとすると、いまいち感覚が分からず、もたついて遅刻してしまいそうになるのです。

 

 アナログだと、時間軸で30分前の点、現在の点、約束の時間の点が可視化されているので、自分がどのくらいのペースで動いているか、今この時点までにどんなペースで動いていたのか、この後どのくらいのペースで動けば間に合うのかを秒針や短針を見ながら読むことができます。ですがデジタルだと現在の時刻しか表示されていないので、時間の流れ?時間の幅?が、上手くつかめないのです。

 さらには45分という時間を知ろうとした場合、「短針が270度回った範囲ですよ」と(私の中で)時間の幅感(と呼んでいる感覚)が分かるので、とても分かりやすいのです。ですが、デジタルの場合は今現在の時刻しか情報がないので、時間の幅感が分からず、どの辺でどのように動けばよいという段取りができなくて戸惑ってしまうのでです。

 そのように考えると、やはり私は物事を理解する際に言語ではなくグラフィックから理解しているのだとしみじみしてしまいます。

 

 さてさて、昼間でも深夜でもパッと目が覚めた時に、遠目に見ても時間が分かるような、私にとって都合のよい時計なんて存在するのでしょうか?スマホの時計もデジタルですし、アナログ時計アプリを入れたとしても、ADHDなのでちょくちょくスマホの電源を切らして見られなくなってしまうので、やはり(アナログ)腕時計が必要だと感じています。

 だけど、これまたADHDのせいか、腕時計は過去に外出先で何本もなくしてきているので、腕時計も時間を見るのに役にたつかどうかは難しいところ。本当に自分のこういう特性がわずらわしくて仕方がないです。

 

 ですが、スマホの使い方を必死に調べているのも、腕時計が必要と感じるようになったのも、引きこもりをやめて、バンバン外に出ていろんな人に会っていたり、いろんな人と連絡を取るようになったからで、比較的に健全な生活に戻ってきたからかな?と前向きに考えるようにしています。

 

追記

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 発達障害で時間を読むのが苦手な人達のために、このような便利なタイマーが開発されているようです。障害者に優しいデザインの商品が増えれば発達障害者の生きやすさにもつながっていきそうで嬉しい限りです。

fbird.jp

 

【関連記事】


生理について思うこと

目次

 

今回の生理が重い

 今回、生理前症候群もひどいし、生理もひどい。生理前症候群は過食がひどく、自分で焼いたパウンドケーキを1本まるっと食べた上に、またパンケーキなどを焼いてたべた。黒豆を炊いたのも鍋にいっぱい食べてしまいました。それ以外も食べたと思いますが何を食べたかは忘れてしまいました。そのためか吹き出物が4つもできてしまいました。

 生理が始まって一日目で大きな血の塊が出ました。私の生理は出血が非常に多いので若い頃は成人用の紙おむつをしていた時期もありました。当時はどんなに生理痛がひどくても、ピルや痛み止めは体に悪いから飲まないほうが良いという噂があり、痛み止めを飲まずに出勤したりしていました。ですが、痛みをこらえて出勤しても、激痛で仕事にならず、結局は早退してしまったり、その翌日も休んだりしていました。

 結局、あまりの出血量と痛みに肝念して婦人科に言って中容量ピルを処方してもらうようになりました。まだ低用量ピルが認可される前の時代だったからです。そうすると、痛みが随分楽になり、今までやせ我慢して布団の上でうなりながら苦しんでいたあの時間はなんだったのだろう、無駄だったのではないか?と、がっかりしてしまいました。

 そして今回、生理が始まってから食事が食べられないでいます。いつものことと言えば、いつものことなのですが。生理期間かどうかに関係なく、私は時々食事をとることができなくなります。「噛むのがしんどい」のと「内蔵が消化している感じ」がしんどいからだ。

 担当医にそのことを話すと「噛むのがしんどいんですか?」と 目をまん丸くして驚かれたので私も驚いてしまいました。私は自分が噛むのがしんどいから、世の中の人はみな噛むのがしんどいのだと思っていたのです。驚きすぎて、また「え、(普通の人は)噛むのってしんどくないんですか!?」と、質問に質問を返してしまいました。担当医が「消化しているのを感じながら食べているんですか?」と聞いてきたので、私は「消化かどうかは分かりませんが、胃の中に物が入って来て重たいなーという感じが苦手で、食べられなくなります。」と答えました。

 「はあ…」と、担当医は私の感覚が分からなさすぎて困っていました。「ああ、私は食べなくてもいいんですけど、夫が心配するのでプロテインは飲んでいます。」と伝えたので、食事が取れない時に処方する「栄養補助ドリンク」みたいなのがあるじゃないですか?あれは処方されませんでした。

 

生理は不浄らしい

 ある会社で働いていた時に神棚の水を換える際に、「女性が生理の時は不浄(けがれている?)なので神棚の掃除や水換えをしてはいけない。」と言われました。この発言で、私の発達障害特有の「理由が分からないとよく分からない」が発動してしまいました。

 空気の読めなかった私は「なぜ生理中の女性はけがれているんですか?なぜけがれている時は神棚を触ってはいけないのですか?」と質問してしまいました。喧嘩を売っているわけでもなんでもなく、不思議に思ってしまったら答えを聞かないと前へ進めないタイプの発達障害なんです、私。

 誰も正確な答えを教えてくれるくれる人はおらず、「そういう決まりなので、そうしておけばいいの。」という回答しかもらえませんでした。「へー、そういうもんなんだ。」と思いつつも、誰か教えてくれればいいのに…と、納得のいかない気持ちもありました。

 ついでに「これだから学生は理屈っぽいと。」と嫌味まで言われてしまいました。どうも、私が絡んできたと思ったっぽいです。私はこうした体験から、世の中の「暗黙のルール」について「何故そうなのか」を質問をしないほうが良いと、何となく学んだのでした。どうしても知りたければ自分で調べるしかないと。

 

生理があると怒られるらしい

 私の好きなブロガーさんも生理の症状について時々書いていらっしゃいます。彼女はその特殊な過去や生活スタイルから読者に放言されやすくコメント欄を閉じていらっしゃいます。が、時々、気まぐれにメールフォームを設置なさったりしています。

 ある時、メールフォームを設置していたところ、その方に対して「生理について公言するなんて下品だ。」というクレームが入ったのだそうです。ついでに、彼女は50代半ばで生理がまだある方なのですが、「50代でまだ生理があるよ、と自慢するとは何事か。閉経した人達が傷つく気持ちが分からないのか。」と怒られたのだそうです。

 その方は、「下品に感じたなら申し訳ございません。ですが、自慢する意図も閉経した人を傷つける意図もございません。」と一旦謝罪し、「それでもこの世代の生理の症状について書かせていただきたいので、不快に感じる方はご覧にならないほうがよろしいかもしれません。」と言った趣旨のことを言ったのではなかっただろうか?記憶が曖昧なので間違っていたら、申し訳ありません。

 だから彼女は、生理について書く時は「この話は自慢する意図も、人を傷つける意図もありません。」と注釈を入れてから書くようになりました。

 

ホルモンバランスと感情の起伏

 女性の生理・月経について、同性であっても色んな見解があるものだなぁと思いました。私は長年一人暮らしだったから気づかなかったのですが、夫と暮らし始めて自分がいかに生理前にメンタルや体調を崩すかを思い知りました。

 夫が「目の下にクマができてるよ。」とか外見の変化を教えてくれますし、生理前になると夫の挙動に対して普段我慢していることでも我慢できなくなり、若干の言い争いになってしまったりすることにも気づきました。一人暮らしですと、家の中で一人でイライラしていても自分では気づきにくいですから。

 生理前だけでも別居したいと思うくらい私か感情を制御できなくなる時もあります。その点、一人暮らしの時は誰にも迷惑をかけなくてよかったなとさえ思えてきます。少なくても夫と暮らしていなければ言い争いにはならないだろうな…と思えてしまったりして。最近は生理前には極力、夫と会わないようにして、夫とのいさかいは物理的に解決するようにしています。人の生理現象というものは本当にいかんともしがたいものだと、しみじみしてしまいます。

甲状腺の悪性腫瘍の転移の検査に行ってきました

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 7月に甲状腺にある悪性腫瘍の切除手術をすることになっているワタクシですが、甲状腺がんはごくまれに肺に転移することがあるそうで、肺に転移していないか術前のCT検査に行ってまいりました。

 正直、工エエェェ(´д`)ェェエエ工、甲状腺の悪性腫瘍ってそんなに問題ないって言ってたじゃん!肺への転移ってなんだよーっ。とは思いましたが、ことが進み始めてしまった以上は仕方ないですね。もうまな板の上の鯉ですわ。

 上記の検査結果の紙によると腫瘍マーカーであるHTg値が基準値越えですね。まあ、悪性腫瘍があるわけですから当たり前と言えば当たり前なのですが、腫瘍マーカーって案外ちゃんと腫瘍をマークするのね…と少し驚きました。まあ、その程度には現代医療を信用してないし、ある程度は信用しているって感じかな。

 ちなみに腫瘍マーカーって良性の腫瘍でも数値が上がるそうなので、マーカーで異常が認められたからといってすぐに悪性ってこともないみたいです。そういったことに関しては以下のページを参考にしてください。

 

【追記】

  この一か月後に、胸部レントゲン、心電図、肺活量検査に行きました。麻酔の量を決めたりするための術前検査だそうです。

 

シー・アール・シー|サイログロブリン高値は甲状腺癌ですか?

 

 さてさて、肺への転移が気になるところです。

物事はひとつの状態にはとどまらない

 「物事はひとつの状態にはとどまらない。」ということを、端的に表現している文章で私が一番好きなのは、やはり、私の大好きな般若心経です。ですが、平家物語の冒頭も、自然や人々の有りようは、ずっとひとつの状態ににはとどまらないということを、とても短い文章にまとめあげていて、中学校の頃にすっかり気に入ってしまいました。

 言葉の流れが韻を踏んでいてとても美しい上に、情景が浮かんでくるような描写が随所にちりばめられいる。それなのに、ただのロマンティックな詩編にとどまることなく、社会動向の機微が端的に表現されている点がとても大好きなんです。

 

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の夜の夢のごとし

たけき者もついには滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ

 

 

【発音】

ぎおんしょうじゃのかねのこえ

しょぎょうむじょうのひびきあり

さらそうじゅのはなのいろ

じょうしゃひっすいのことわりをあらわす

おごれるものもひさしからず

ただはるのよのゆめのごとし

たけきものもついにはほろびぬ

ひとえにかぜのまえのちりにおなじ

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 般若心経も平家物語も、短い文書にギュッと本質や情景を押し込めたものだから、比較的に自由に「行間を読む」ことができるので、私はそれが大好きなのです。「読み手が勝手に解釈や思い入れを投影しても良い空間/余地」があるからこそ、私はこれらの文章が大好きなのだと思う。

 

 歌の歌詞もそうだけど、長々と説明する歌詞もいいにはいいんだけど、私は活字を読むのが苦手なほうなので、短い文章のほうが読みやすいといえば読みやすいし、勝手に行間に自分の体験や思い入れなどを投影するのが好きなので、そういった余地を与えてくれない歌詞はわりと苦手です。

 

 というわけで(どういうわけだ?)、平家物語を中学生でも分かるように非常に簡単な文章に訳してみると、

 

 

 

祇園精舎の鐘の音は

あらゆることは

同じ状態ではあり続けない

という響きがある。

 

沙羅双樹の花の色は、

栄えた者も

必ず力を弱めていくという事実を

表しているよう見える。

 

力を持った物も、

長くはその力を維持できない。

まるで春の夜の夢のように。

 

強い物もいつかは滅びる。

本当に、

風に吹かれて

簡単に吹き飛ばされてしまう

チリのよう。(に、はかない。)

 

 

 私が平家物語を中学生にでも分かるように現代語に訳すとしたら、こんな感じに訳すかな?私はイメージ先行型なので、リアル社会でも言葉尻をとられることはよくあります。言語に強い方たちは本当に「言葉」を使うのがうまい!って感心することがあります。なので、間違ってる間違ってないとかいうことはなしでね-☆というクレーム対策もしとく(笑)

 

 政治・経済も、商売も、色恋も、婚姻も、命も、同じ状態にはとどまらないし、人の思惑は変化し続けるし、人間の肉体は最終的には滅びます。

 それでも、今日の一瞬一瞬を悲しい気持ちではなく、苦しい気持ちでもなく、淡々と生きていたい。だから、私は「もう耐えられない。」と思うくらいの肉体的、精神的苦しみがあった時は、わざとくちびるの端と端をキュっとあげて、「私は大丈夫。」と頭の中で、繰り返しつぶやくの。そうすると、本当に大丈夫になってしまう。変化し続ける自分や、自分の周囲の人や、自分を取り巻く環境に付いていけそうな気分になれるの。

 

 鏡を見ながら微笑んでみて。そして、自分に向かって、「私は大丈夫。」と、自分の「目」を見て言ってみて。鏡の中の自分の目をしっかりと見つめながら「あなたは強いって、信じているよ。」と、自分自身に伝えるの。

 どんなに自分や周囲が変化していっても、自分を奮い立たせようとする自分や、自分を信じようとする自分が心のどこかには残っていると思うの。そういった自分に揺さぶりをかける方法を自分なりに見つけておくことができれば案外に便利かも…と、ふんわりしたアドバイスを書いておきたいと思います。

教員の時間や心のゆとりについて

www.fukuishimbun.co.jp

 

 月80時間以上残業する公立校教員を2021年度までにゼロにすることを目標に、▽退校時間の設定▽行事や研修、会議の簡素化や削減▽外部人材の活用▽部活動の活動時間や日数の上限設定、部活動数の削減-などを掲げている。

 

 福井で具体的な指針が出たみたいです。教員自身に余裕がないのに、広い心で子供や保護者に接するのは無理よね…とは、常々主思っていたので、どうなるのか気になるところです。

 教育、福祉、医療などは、各々の使命感のようなものに頼りすぎている、と感じることが多い分野ですね。

 

あの小さな木に登ってみよう。

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物事には順序というものがあります。

あの高い山に登りたいのなら、

まずは最初に、

この小さな木のてっぺんまで登ってみよう。

 

てっぺんまで登れないかもしれません。

 登れたとしても、

思っていたのより

はるかに長い時間を要するかも知れません。

 

次の日には、

ひどい筋肉痛になってしまい

2,3日まともに歩けないかもしれません。

 

人は、小さな挫折をし、

そして今現在の自分の実力を知り、

たった、

これっぽっちのこともできない自分、

たったこれっぽっちのことに

こんなに苦戦している自分、

そんな自分を乗り越えようと努力します。

 

たった、それっぽっちのことでさえも、

自分にとっては

大きなプレッシャーになってしましったり、

自分は才能がないんじゃないかと、

がっかりしてしまったりします。

 

高すぎる目標を持つことは、

失敗する準備をしているんだ

という人もいます。

 

小さな目標を少しずつクリアして、

ちょっとずつ自分に自信をつけていく、

それが成功への

一番の近道なのではないでしょうか?

 

小さな木のてっぺんにさえも登れない人が、

富士山に登れるはずもありません。

当然、大きな挫折感を味わうでしょう。

無理をしたら高山病で死んでしまいます。

心の準備も体の準備も整わないうちに

高い場所を見つめて、

あせってしまうのは、

とっても苦しいことでしょう。

 
小さな木のてっぺんまで

登ることができたなら、

それを素直に喜ぼう。

 

そうしたら、

次はあの小さな丘に登ってみよう。

それができたら、

今度はあの小さな山に登ってみよう。

自信は、

すこしずつ、すこしずつ、

ついていくもの。

 

そして、気づく。

やっと、富士山に登れそうだなぁ、と。

もしかしたら、

それまでに2年かかるかもしれない、

5年かかるかもしれない。

 

たまたま、

大きく良い結果がでたことに

しがみつく人は、

落ちて行く人。

 

小さな成功を積み重ねる人が、

大きな成功をつかむ人。

 

趣味でピアノを習い始めても、

一流ピアニストの一流の演奏を

イメージしながら習う人は、

今の自分と一流ピアニストの演奏の

イメージが違いすぎてがっかりして、

すぐ止めてしまう。

 

ドレミファソラシドも

きれいに弾けない自分がいやだと、

止めてしまう人も、

きっといることでしょう。

 

生まれて始めて片手で、

ドレミファソラシドと、

きれいに弾けるようになったことを、

素直に喜べる人は、

きっと、それなりのレベルになっていく。

 

成功と実力を手にする人は

努力もしているけれど、

今、自分のやっていることを

楽しんでいるのではないかと思うの。

少しずつ良くなっていく自分を、

少しずつ

好きになっていってるんだと思うの。

 

だから、わざわざ取り組めないほど、

乗り越えられないほど高い目標を立てず、

ちょっと頑張ればできそうかも。。

と思える目標を少しずつ超えてゆこう。

太っている人が太っている理由のひとつ


 なんか、元増田が記事に書いてある食事量を毎日摂取していて太るか痩せるかはしらんが、嘘つき呼ばわりはひどくないか?橋本病で代謝が悪くなる人もいるし、持病の薬の副作用で太る人もいるのに…ほんと一部のはてなーはひどい有様。

 

 そもそも体重38kgの人はどこからどう見ても拒食症で周りから心配されるのに、肥満の人が体重100㎏だと、いきなり「だらしない」扱いとかする人達は何なの?世の中の短絡的な人の考えは

 

やせすぎ=かわいそう

太り過ぎ=だらしない

 

っておかしくないか?

 

 摂取量が多すぎるか、少なすぎるかだけの違いで、同じ、食事量を調整できない症状なのに。

 

 なぜ、太っている人をみたら、摂食障害だとか、依存症ではないかと思わないの?世の中で、自分から望んで太った人は多くなかろう。体が大きくなって、しんどくて、体調が悪くなって、と、困るのは自分自身だから。太りたくない人のほうが多いのではなかろうか。制御できるなら制御したいと思っているから、世のダイエット関連商品が、あんなに売れているのではなかろうか。でも、どーしても自分では制御出来ないから、困りあぐねて、人知れず摂食障害のカウンセリングや、肥満外来に行く人が多いのが現実だと思う。

 

 いいことを教えてあげよう。私は過食で太りたくないがゆえに嘔吐に挑戦したことがある。なぜなら私なんかよりはるかに過食の量が多い女子の何人かが標準体型だったからだ。「そうか、過食した後に吐けば太らないんだ!」と、早速、喉に指をツッコんだ。が、えづきはするものの上手く吐くことはできなかった。

 

 何回か挑戦したが、やはり上手く吐けなかった。そのことを過食嘔吐のスリムな女の子に話すと

 

「失敗してくれてよかった。過食でさえも治らないのに、嘔吐はやりはじめたら絶対にやめられなくなる。あれをできるようになると、もう戻れなくなるから絶対にやっちゃだめ!!」

 

とめちゃくちゃ怒られた。食べては指をツッコんで吐いてを繰り返している彼女の手には3ヶ所ほど「吐きダコ」と呼ばれる、喉に指をつっこむことを繰り返しすぎてできる茶色いタコができていた。嘔吐は過食以上に依存性が高いので絶対ダメ!ってこと。

 

 要するに、食べ過ぎは「だらしない」のではなく摂食障害や依存症と考えるほうが自然でしょうよ。だって、食べることをやめたいのに、やめられないのだから。私も含めて、「食べ過ぎ」を治すために精神科や肥満外来に行っている人だってたくさんいる。それに摂食障害者は自傷行為をする人も多い。リストカット+摂食障害の女の子なんかザラにいる。そんなに多く感じられないのは彼女らがそれを「人には言えない恥ずかしいこと」として隠してるから。人にそんなことをしていると話さない子も多いし、夏でも長袖をきたり、テニスのリストバンドして隠したりと、皆、傷跡を隠す工夫をしている。そして、こういう子の親たちも、子供の摂食障害や自傷行為で悩み苦しんでいる。それなのに、太っている人への風当たりが強すぎる。

 

 それに、以前アメリカの摂食障害少女を追ったドキュメンタリーを見たのだが、その少女は生まれつき食べる量が制御できない。そのことが原因で、親と祖母が大喧嘩をするほどに彼女の過食は深刻だった。

 101匹ワンちゃんという映画を見たことがある方はお分かりだろうが、一匹だけ、食べる量が異常に多くどんどん太っていく子がいる。あれは、生まれながらにして満腹感のリミッターが壊れているような特性を持った人を表現しているのだと思った。

 実際にそのドキュメンタリー番組では、米国ではこの種の症状に「病名」だったか、「障害名」がついていると言っていた。

 

  私は元々、子供の頃に摂取できる高級な食事がチョコレートやキャラメルという世界観で生きてきた人間で、それが原因かどうかは分からんが、いまだに砂糖依存症。そして、摂食障害。ネットで見る限り、現在出やすい症状は「むちゃ食い症候群」「睡眠関連摂食障害」というのに当てはまっている。これには昔から苦しんできた。

 

 

 私自身は過食と拒食を何十年も繰り返し、5~10キロくらいの増減は当たり前で、数年単位では30~35キロの体重の増減をくりかえしている。夫も協力して過食症を治そうと頑張った。でも、今のところ治ってない。夫は「ららちゃんはよくがんばっとおもう、あれだけ努力と工夫をしても治らなないのだから、もう、治らない前提で生活しよう。」という趣旨のことも言ってくれている。

 

 だけど、私は足が悪く駅の階段も手すりにつかまって、一段づつでないと降りられない。だから体重が重いと足に負担が大きすぎて、少し多めに歩くと足が激痛になる。だから痩せたい。

 だから、病院食のような栄養バランスとカロリーを考えた食事を、一食の予算200円と決めて作っている。私のお料理を食べている夫は、標準体型だし、毎年、会社の健康診断でA(優良)を貰ってくるので、食事はそんなに悪くないはず。だけど、なんとか夜寝る前まで、食べずにがんばれても、深夜、知らない間に、下手したら数千~数万カロリー食べてしまっているので、どうしようもない。

 夢遊病過食は深夜だけでなく、睡眠導入剤を飲んだ後の就寝前にもやってしまいやすい。食べたことを覚えている時もあるが、覚えていないこともある。たとえば夜中にコンビニ行き大量に食べたとしても、コンビニ行ったことも、食べた事自体も覚えていないという時もある。そして、朝、菓子パンやスナック菓子、チョコレート菓子などの空きの袋散らかり様を見て気づくこともしばしば。

 つい先日も、食事制限しようと頑張っていたら、夢遊病で深夜にクッキーを焼いていたらしい。全く覚えていなかったのだが朝起きたらオーブンに入ったままになっていたので気づいた。おそらく、オーブンで焼いている時間に眠って、運良くそのまま朝がきたらしい。朝になって、意識がはっきりしてくれば食べないで我慢することができるのでセーフなのだ。このようなことが起こるので、夫が一番心配しているのが、夢遊病過食で調理しているときの火のコンロ不始末だ。夢遊病過食スイッチが入っている私を目の当たりにしている夫は、私が深夜に調理をしてしまい、家事を起こすことを非常に心配している。

 

 家に食べ物を置かない工夫もした。それでも、夢遊病状態で外に買いに行ってしまうので、夫が私が夢遊病で買い物に行こうとしたらとめようしてくれた時期もあった。だが、夫が止めると、絶対に行く!と怒鳴り、暴れるらしい。そして、私を押さえつけて力ずくで静止しようとすると「お前は父親と一緒か!男は皆暴力を振るうんだ!暴力を振るう男なんか氏ねぇえええー!」と父親のトラウマでパニックになり、さらに暴れるので手のつけようがなく、買いに行かせるしかなかったそう。ようするに私の摂食障害は、重度のアルコール依存症や、重度の薬物依存症によく似ているということ。

 私は睡眠薬を飲んでいる上に、ADHDで異常に注意力が低い。普段から道を歩いていてもフラフラしているのに、深夜に一人で買い物に行かせたら間違いなく車にはねられると、私が過食食料を買い漁るのに夫が一緒についてきてくれたこともある。

 

 上記の米国の女の子も私みたいな感じで、大量に食べないと情緒がおかしくなるので、母親はいちいち娘と対立するのが面倒で、好きなだけ食べさせて、子供が100キロ以上の肥満になっても見てみぬふりをする。

 だけど、祖母は孫の命を守りたいので彼女を引き取り、食事制限をしろと説得し、孫に怒鳴られたり、なじられたりしても忍耐強く、彼女のサポートをしていた。そして一時的には我慢できたりもしていた。だけど、所詮、我慢は我慢に過ぎない。根治したわけではなく我慢しているのにすぎないのだから、今度は我慢のリミッターが外れてしまう。そして勢い余って大量に食べたり、祖母にひどい仕打ちをするかになってしまう。

 

 肥満のことを「だらしない」と思い込んでいる人は、私がいくらこのような事情を話しても、「言い訳をしてる」というふうに見下し、鼻で笑ってくる。さらに、その冷笑を、健康診断の時に女医(老女)にやられたことすらある。肥満体を注意されるところまで、まあ黙って聞いていたが「相撲取りにでもなるの?(ニヤニヤ)」と言われた時には、心底腹がたった。何回も言うが、これは女医、つまり医師、医療関係者なのだ。

 私は自分は「摂食障害で食事量を制限できないので精神科にも通っている。」と伝え、上述の内容の一部を伝えた。すると女医は私に反論されたことが悔しかったのだろう。家に食べ物を置かなければ良いなどの、誰もが思いつくような内容のアドバイスを始めた。私は正直に「その方法はやりましたが、このような理由で失敗しました。」と上述した事実を淡々と伝えた。すると、彼女には私の回答が言い訳に聞こえたらしい。

 私のことを「言い訳ばかりして、自己管理出来ない人間」だと勝手に決めつけたようで、言い返されたことに不服そうにしていた。私は、彼女が摂食障害について無知すぎるので、誠心誠意、細かく説明したつもりだったが、彼女にはそれが長い言い訳に聞こえたようなのだ。長谷川なんとかさんと同じような言葉の受け取り用しかできない女医だった。つまり自分が正しいと思いこんでいて、(特に自分の嫌いなタイプの)人の話には耳をかそうとしない、取り入れようとしないタイプの人だったのだ。(自分が優秀だと思いこんでいて、家柄も人を馬鹿にする家柄で、勝ち負けで物事を判断するタイプで、なおかつASD傾向だと、この傾向が非常に強い気がする。)

 さすがに精神疾患について基礎知識くらいはあるであろうと想定していた「医師」という職業の人に、本当のことを告げて、疑われ馬鹿にされたことがショックで、しばらく寝込んでしまった。私の摂食障害との戦いを一番近くで見てきた夫も、怒り心頭でその病院に抗議の電話を入れてくれた。証拠さえあれば法的措置を取りたかったくらいのレベルの話で、実際にその女医が私を小馬鹿にしていた時に、横に看護師が立っていたので、あの看護師に証言を依頼したら何とかなるだろうか?とすら考えた。でも、その時は心身ともにしんどくて、そこまではできなかった。

 

 これも、肥満の現実の一部だ。こういった事柄は、特に日本では恥ずかしいこととして隠されやすいので、知らない人も多いかもしれないが、知っておいてほしい。そして、肥満の人を一括りに「だらしない」でくくらないでほしい。

 

おわり

外国人から見た日本企業の特徴が昔とあんまり変わってない説

 昔から言われていることと、変わってないことも多くて笑った。特に、意思決定の遅さや、専門分野に特化して仕事させてもらえないってのは、すっごい昔から言われてるけど、なおってないのね…