女だから言えること

日記&遺言

物事はひとつの状態にはとどまらない

 「物事はひとつの状態にはとどまらない。」ということを、端的に表現している文章で私が一番好きなのは、やはり、私の大好きな般若心経です。ですが、平家物語の冒頭も、自然や人々の有りようは、ずっとひとつの状態ににはとどまらないということを、とても短い文章にまとめあげていて、中学校の頃にすっかり気に入ってしまいました。

 言葉の流れが韻を踏んでいてとても美しい上に、情景が浮かんでくるような描写が随所にちりばめられいる。それなのに、ただのロマンティックな詩編にとどまることなく、社会動向の機微が端的に表現されている点がとても大好きなんです。

 

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の夜の夢のごとし

たけき者もついには滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ

 

 

【発音】

ぎおんしょうじゃのかねのこえ

しょぎょうむじょうのひびきあり

さらそうじゅのはなのいろ

じょうしゃひっすいのことわりをあらわす

おごれるものもひさしからず

ただはるのよのゆめのごとし

たけきものもついにはほろびぬ

ひとえにかぜのまえのちりにおなじ

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 般若心経も平家物語も、短い文書にギュッと本質や情景を押し込めたものだから、比較的に自由に「行間を読む」ことができるので、私はそれが大好きなのです。「読み手が勝手に解釈や思い入れを投影しても良い空間/余地」があるからこそ、私はこれらの文章が大好きなのだと思う。

 

 歌の歌詞もそうだけど、長々と説明する歌詞もいいにはいいんだけど、私は活字を読むのが苦手なほうなので、短い文章のほうが読みやすいといえば読みやすいし、勝手に行間に自分の体験や思い入れなどを投影するのが好きなので、そういった余地を与えてくれない歌詞はわりと苦手です。

 

 というわけで(どういうわけだ?)、平家物語を中学生でも分かるように非常に簡単な文章に訳してみると、

 

 

 

祇園精舎の鐘の音は

あらゆることは

同じ状態ではあり続けない

という響きがある。

 

沙羅双樹の花の色は、

栄えた者も

必ず力を弱めていくという事実を

表しているよう見える。

 

力を持った物も、

長くはその力を維持できない。

まるで春の夜の夢のように。

 

強い物もいつかは滅びる。

本当に、

風に吹かれて

簡単に吹き飛ばされてしまう

チリのよう。(に、はかない。)

 

 

 私が平家物語を中学生にでも分かるように現代語に訳すとしたら、こんな感じに訳すかな?私はイメージ先行型なので、リアル社会でも言葉尻をとられることはよくあります。言語に強い方たちは本当に「言葉」を使うのがうまい!って感心することがあります。なので、間違ってる間違ってないとかいうことはなしでね-☆というクレーム対策もしとく(笑)

 

 政治・経済も、商売も、色恋も、婚姻も、命も、同じ状態にはとどまらないし、人の思惑は変化し続けるし、人間の肉体は最終的には滅びます。

 それでも、今日の一瞬一瞬を悲しい気持ちではなく、苦しい気持ちでもなく、淡々と生きていたい。だから、私は「もう耐えられない。」と思うくらいの肉体的、精神的苦しみがあった時は、わざとくちびるの端と端をキュっとあげて、「私は大丈夫。」と頭の中で、繰り返しつぶやくの。そうすると、本当に大丈夫になってしまう。変化し続ける自分や、自分の周囲の人や、自分を取り巻く環境に付いていけそうな気分になれるの。

 

 鏡を見ながら微笑んでみて。そして、自分に向かって、「私は大丈夫。」と、自分の「目」を見て言ってみて。鏡の中の自分の目をしっかりと見つめながら「あなたは強いって、信じているよ。」と、自分自身に伝えるの。

 どんなに自分や周囲が変化していっても、自分を奮い立たせようとする自分や、自分を信じようとする自分が心のどこかには残っていると思うの。そういった自分に揺さぶりをかける方法を自分なりに見つけておくことができれば案外に便利かも…と、ふんわりしたアドバイスを書いておきたいと思います。