女だから言えること

日記&遺言

精神科医や心理士をイラつかせるほどの無神経さ

 夫に時々、「ららちゃんの攻撃力って、すごいよねー」と笑われることがある。最初、何のことか分からなかった。私は夫を攻撃しているつもりがないからだ。温和に話すようにつとめているし、できるだけ冗談を盛り込んで会話を楽しくしているし、元々細かいことが気にならないたちなので、腹が立つこともそんなにないので怒ることも滅多にない。なのに、攻撃ってなんだ?と不思議に思ってよくよく聞いてみると。

 どうも、私は「本当のことを言い過ぎる(と夫に言われた)」ようなのだ。(追記:これ夫に言われたから、そう思い込んでしまったのよ。ここで皆怒ってたわけね。この前提が違うようなので違う前提でも考えるようにしてみる。)このブログを継続的に見ている方はお分かりだろうが、私には分析グセがあって、しかも思っていることが全部、口からダダ漏れな人間なのである。

 

 だから、相手に対して「あなたって、こういうところがあるよね。」って全部口に出して言ってしまっていて、それが相手にとっては、的を射すぎていて(追記:これは、夫/10年来の担当医/20年来の親友達にそのように指摘されたので、その前提で書いた)結構な打撃になるのだそうだ。例えば、私が心理士と話していたとして、その人の挙動からだいたい人柄が分かっちゃって「あなたって、普段から思うところがあっても、抑えちゃうタイプで大変そうだね。」とか、「あなたって、ストレス発散にめちゃくちゃお酒を飲むとか、女に甘えるとかやってそう。」とか、うっかり言っちゃうのだ。そして、どうも、それが当たっているっぽいのだ。(自分は大酒飲みで血液の数値が悪いと、このあと教えてくれた。)

 大学時代に同級生が、「人間って確信を突かれると、ものすごく怒るよね。」と言っていたのを思い出す。たぶん、当たっているから挙動がおかしくなるのかも分からんね。精神科医や心理士だから怒りを押さえて、平静を装って話しているつもりなのだろうが、イライラがダダ漏れの人達も少なくない。

 でも、話し方は物静かだが、質問の内容がイライラしてきてるし、なんだろ?空気?オーラ?がイライラしてくるのよね。で、「何で怒ってるの?」って聞くと、「怒ってません!」って返ってくるみたいなのが、だいたいのパターン。これは職種や相手に関係なく、怒ってる人ってだいたい怒ってないって怒るんだよね。てか、怒ってる人に向かって「何で怒ってるの?」って聞くのも大概だなと、今、書きながら気づいた。が、その場では気づきもしないし、気づいてもすぐに忘れてしまうのが私。

 

 で、私は何で勝手に相手を分析して、勝手に相手に伝えちゃうんだろ?と自己分析してたら、私自身も若い頃に「ららちゃんて〇〇なとこがあるよね。」ってさんざん言われてきたことを思い出した。それは、言われて嬉しいこともあったが、ショックなこともあった。未だに覚えているのは「ららは食べることに関してだけは卑しいよね。」という言葉だ。これは貧困や育児放棄と密接に関係しているであろう摂食障害の症状を的確に言い表した言葉だと思う。

 いい表現ではなかったが、少なくとも私の行動パターンを正確に言い当てているし、ある人達にとっては私の行動がそう見えていると知らせてくれたことは、非常にありがたいことだった。自分を分析する材料になるし、人からの見られ方を改善する材料になるからだ。私自身は私の行動パターンを教えてもらえたことがありがたかったから、私自身も他人に他人の行動パターンを教えてあげることが親切なのだと、心のどこかで勘違いしていたフシがある。案外そうでもないのかもしれないと、この歳になってやっと思い始めた。

 

 さて、私が精神科医や心理士をイラつかせるもう一つの理由に、質問に対して質問で返すからというのが考えられる。精神科医や心理士は質問によって相手の考えや気持ちを引き出すわけだが、私はその質問の意図が分からないと答えられないという習性がある。例えば、「最近の調子はどうですか?」と精神科医が聞くと普通の人は、その時に一番気になっていることを真っ先に話し始めるから、「ああ、これがこの患者にとって現在、第一優先の事柄なのだろう」と推測できるといったような事なのだろう。

 だが、私は「最近の調子はどうですか?」と聞かれると、「調子というと、体ですか?心理面ですか?精神面ですか?それとも、前回と比べてどうかと言うことですか?」と質問で返してしまうのだ。

 「じゃあ、体調はどうですか?」と聞かれたとすると、「うーん、それは精神科と直接関係のありそうな症状だけを話したほうがいいのですか?それとも今、痛みや苦しさがある症状全てを話したほうがいいのですか?」とまた、質問を返してしまい、結局、私の答えを引き出すまでにメチャ時間がかかってしまうのだ。

 最終的にイラッとした先生が「結局、あなたはどうしたいのですか?」と言ってきて、よせばいいのに私は「最終的にどうしたいという目標がないとダメな感じですか?」と聞いてしまう始末。

 「今はうつ状態なので目標を立てて動くことができません。何の夢も目標もなくぼーっと暮らしているだけでだめでしょうか?」と言う意味でいいたかったのよ。でも、その時はその言葉を思いつかなかった。ほんと、どうしようもない。

 いや、後から思い出したら、そう言ってしまっていたというお話で、もっと丁寧な質問、説明の仕方があったはずなのに…とめちゃくちゃ後悔するのだけど、その時は本当に分からないから教えてほしいだけで、教えてほしい気持ちを自分で制御できないのよ。ほんとに。

 私としては、その時思ったことを素直に率直に話しているつもりだったのだが、こうやって思い出して書き出してみると、正直すぎるのもタチが悪いなと思ってしまった。夫が私のことを攻撃力が強いとか、面倒くさいというのはこういうところなんだろうな…と思ってみるが、老人になるまで治らなかったこの性分が急に治るわけもなく、どうしたものかね。 石原良純さんとか長嶋一茂さんが開き直りキャラで頑張ってるじゃん。 あれ開き直るには開き直るまでの苦しみがあったと思えて、 私は笑えないのよ。 開き直れなかったら自分を責めすぎて 安楽死を望む人になるくらいしかなりようがなかったんじゃないかな私も。 開き直ることも安楽死も認めない人達って発達障害の人にどうしてほしいのって思ってしまう。

 若い頃は、こんな自分が受け入れられなくて悩んで苦しんだ。工夫で何とかできる部分もあったが、何ともならない部分もあり、最終的にはつらすぎるから悩むことをやめた。というか、ある時期から悩むことから逃げて、こんな自分でも受け入れてくれる人とだけ付き合えばいいと吹っ切ってしまったから、「無難な振る舞い」を訓練する機会を逸してしまった。まあ、またそれも人生か…

 無神経、デリカシーがない、ららちゃんってほんとに内面がおっさんだよね、と夫にしばしば笑われる。時々は、呆れられてしまう。だが、それを笑い飛ばしてくれる人が身近にいてくれることはありがたいことだとも思う。以上、きょうのつれづれ日記でした。

 

追記

 質問攻めに関しては、相手が「何を知りたいのか?」に対して適切な回答をしたいという気持ちが強すぎるのも関係があるかもしれない。これはコールセンターで「何を知りたいのか」を上手く表現出来ない顧客が「お前は(こちらの質問の意味が)分かってない!」と怒るため、こちらから丁寧に顧客の質問の意図を聞き返してから回答をしなければならなかった職業病( 強迫感)からきているかもしれない。

 

再追記

 私、本当に言いたいことを言いたい欲が強いみたいで、 言いたいことを言えない状況が続くと 家の中で一人でブツブツ呟いてるらしいよ。 今まで一人暮らしだから気付かなかったけど 最近夫の証言で 知った。 まあ要するに私はイカれてるってことだな。 夫もよくこんな気味の悪い女と同居してくれてるなと感謝してみたりして。 あとあれだ 私は考えすぎている面と考えが足りなさすぎる面の バランスが悪すぎなんだと思う。 自分でもなんとなく大人な面と幼稚な面が混在してるとは気付いてるんだけど、 それを表現してしまう衝動性 とかに困っているのに 結局 どうしたいんですかと聞かれても、いやむしろどうならできるんですか? 長年治らなかった これが治るんですか?という焦りと不安しかなくて、もうわけわかんないんだよね。 衝動性に関しては ADHD の薬で治るかもしれないということで 飲んでるんだけど、 精神科医や夫みたいに 好きで安心できる相手には甘えが出て 無神経な部分が出やすいみたい。 ブコメにある親がというのも子供にだから甘えてるんだと思うよ。他人にはやってないかもね。

 あと自己分析で思ったのは夫や精神科医みたいな信頼できそうな相手には「お試し行動」をとってるっぽいぞ私。 相手がどのくらいまで許容できるか試す幼児のあれね。 精神科や心理の人は参考にしてくれ。 患者に試されて乗せられないようにね。

 

再々追記

君らも私のことを分析して決めつけているではないか。そういう言い方をしたら私がどんな気持ちになるかとか、私に対して失礼かどうかなんて考えながら書いてないよね。私と同じじゃん。気づいてないとこも私と同じじゃん。 少なくともこういう言い方をしたらこのブログ主が傷つくかもしれないから、もっといい表現はないだろうか?と考えながらは書いてないよね。

 そもそも、私が自分の分析(推測)が当たると自分自身で勝手に思い込んだわけではない。「きっと、あの人は、今後、こういう行動をとるであろうから、私はこう対処するつもりだ。」というような分析(推測)を友人達やクリニックの医師らに話していたら、「高円寺さんの言うことは本当によく当たる」と言われたから、そう思っただけ。なのに、なんで、ブクマカ達は勝手に私が一人でそう思い込んでいると決めつけたの?君らだって、ほんの数行、ほんの数線文字で、会ったこともない私の行動や人格を決めつけているではないか。そういうのを自分のことは棚に上げてるって言うんだよ?自分をかえりみない人って本当に品がないね。

 ブコメを見て、私と同じような放言をする人がたくさんいて安心した。人を分析したいのも自分が正しいと思いたいのも皆同じだな。所詮、人間そんなもの、弱いものだな。担当医の私に対する分析は「自己評価が低すぎ、劣等感が強すぎ、自分を過小評価しすぎ」ですから、「この人は自分に自信がありそう。」的なブコメは全部ハズレです。私が劣等感からイキってるなんて精神科や心理の人ならすぐ見抜くぞ。

 私だけでなく、結局人は勝手に人を分析して好き放題言うもの。世間もそうだし、はてなもそう。ブコメを見ればそれがよくわかる。もうあきらめてるよ。このブコメ群が発達障害に対する世間の反応そのものだよ。だから引きこもっている。余計な事をしないように。

 私にケンカを売ってる・私をバカにしている・私を冷やかしているブコメも私から見たらイキってるからね。私と同じで自覚なく言ってるんだろうから同族だよ。だから、指摘しておく。自覚するかどうかは君次第だ。君も黙っていられない人の1人だから私の仲間だよ、残念ながら。 君らだって自分が正しいと思い込んで自分の考えを押し付けてるし 私に対して横柄な物言いをしているではないか。 所詮同じ穴のムジナ。 イカれてる(と表明している)人に向かってイカれてるって言うのは、さぞや楽しかろう? 攻撃しても良い存在だと、自分に言い訳がたつからな。君らが嫌味な言い方をするんで私も嫌味な言い方で言い返すよ。やられたら 同じやり方で やりかえす。 これが君らが私に対してやっている言い方だよ。 私と同じところまで落ちてくるなんてかわいそうに。 私の言動に過度に反応する人は病んでるかもよ。 嫌味抜きでカウンセリング受けた方がいいんじゃないのかしら。

 もし私が、これらのコメントを苦にして次の日に自殺したとするなら、社会を恨んで人を殺したなら、きっと君らは「私に悪気はなかった。」と自己弁護するのだろう。あいつが勝手に気にして死んだと。人間とは皆、無責任なものなのだよ。

 この記事のブコメのようなことを言う人達がいるから、私は人が怖いし、外に出るのが怖い。 自分が空気を読めないのなんて分かってる。

 私みたいな人は責められてもいいし、バカにされてもいいし、いじめられてもいいのは知ってるよ。だって悪いのは私だもん。何を言われても仕方ないのは知ってるし、何を言われても我慢しなければいけないのも知っている。悪いのは私なのだから ってやってたら精神が壊れた。

 開き直れずに正面から自分を責めていた時期は大量服薬を10回以上してるよ。夫もそれを見てきてるから、余計に私をかばってくれるよ。責める人は、「そんなことも分からないのか」って自分の気持を私にぶつけて、私を馬鹿にして終わり。それもさんざん体験してきたから知ってる。ブコメの反応も全部体験してきた。責める人、かばってくれる人、丁寧に教えてくれる人、(責任を持って関わってあげられないからと)見て見ぬふりする人、これが私の周囲の人達だよ。あなたはどれ?少なくてもブコメで私を馬鹿にした人は、この人ならバカにしてもいいと思って書いたよね。

 だから、精神疾患が重篤な時期は、担当医と旧友と夫としか話さなかったよ。人間が恐ろしいから。でも、こんな人でも生きてていいんだよという発信は続けるよ。責められても耐えろよ、という意味でね。何のために 自分の「失敗談」を頻繁に書くのか、自分の損になるような事を発表するブログを書いているのか、その「悲しみ」なんて分からないほうが幸せだよ。

 

◆私に反発を覚える人は、これを読んでみてもいいかも。非定形の人の気持ちや立場を体験できるかも。

 

◆「質問返し、分析的な言動はADHDの典型的な症状でADHDが世間を認識するために必要な行動です。hそれをイキリと表現され石投げられるのは本当に遺憾ですが石投げる人はADHD関係なく投げるので気に止まずに 」というコメントと参考URLをいただきました。

 

◆質問の意図が分からない人について言及をいただきました。

 

◆質問に対して質問を返すことについての言及をいただきました。

 

 自分が理解できない事柄を、茶化したり、冷やかしたり、馬鹿にしたりする人達が目立つネットの中で、自分に理解できない言動をする人を理解しようと情報や意見をくださる方々には感謝の気持ちしかありません。そのような方々のおかげで世界は成り立っているとすら思います。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

◆私のことをとやかく言った人たちに捧げる