女だから言えること

中高年のおばちゃんの脳内を日記がてら綴っております。

プライム・ビデオで「硝子の葦」を見始めました。

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 私はリアリティのある映画やドラマが好きです。ですが、何にリアリティを感じるかというのは、その人の生い立ちや体験に大きく依存すると、ずいぶん大人になって気がつきました。

 例えば、昭和の同じ時代を描いた作品で「三丁目の夕日」にリアリティを感じるか、「血と骨」にリアリティを感じるかということです。おそらく、中流の比較的にめぐまれた環境で育った人は「三丁目の夕日」にリアリティを感じるでしょうし、私のような幼少期や青春時代をすごした人間は「血と骨」に圧倒的なリアリティを感じるということです。

 硝子の葦を映像でみていると、虐待やDVの状況に関しては「ああ、あるある。」と思うことばかり。私自身もこのような体験をしたし、周囲で心が荒んでいる人、やさぐれている人は幼少期や思春期に似たような体験をしてますね。

 このドラマを見て、よくあることと思う人と、こんな世界があるなんて信じられないと思う人に分かれることでしょう。それは生きてきた世界が違うという、ただそれだけのことで、どちらの苦しみや悲しみが大きい小さいということではありません。

 私は幸せな家庭がどんなものか知らないし、中流以上の家庭の生活ぶりがどんなものなのかしらない。だけど、彼らが「幸せだ」という証言を嘘だと思わないし、彼らの「お金はあるが幸福ではない」という証言も嘘だとは思わない。ただ、「いや、そうは言っても金はあったほうがいいよ。」とは思うけどね。

 それと同様に、私たちが体験したDV、虐待、貧困について、言葉が足りないからといって、虚偽の証言だ、作り話だなどと言わないでほしい。そのようなことを言われると、自分が生きてきた人生そのものを否定された気持ちになって、耐えられないくらいに悲しい。私の生きた人生は、あってはならない人生だったのだろうか、否定されて当然の人生だったのだろうかと思うと情けなく、苦しい。

 親の家に無料で住み、親の家の冷蔵庫の食料を勝手に食べていいような生活をしてきた人たちには、明日住む家、明日食べるものの心配をする生活は分からなくて当然だ。だけど、私の人生を否定しないでくれ。それは、あまりにも残酷だ。それは、私に「死ね」と言っているも同然なのだ。

 

 

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