女だから言えること

日記&遺言

なんか生きていけそうな気がしてる今日この頃Part2

 こちらの記事で山奥で山菜やハーブを摘んで楽しんだお話を書きましたが、私がこの地を去る時に、地元の方々がいろんなお土産を持たせてくれたので、それらをご紹介。

 

 私が山奥から帰る日、地元の60代前半のおじさん(仮称)原田さんが、「高円寺さんはふきが好きだって言ってたから、ふきをとっといてやったが持って帰るか?」と言ってくれました。「ええええええ!だってふきって遠くに行かないと取れないって言ってたじゃん!もしかして、取ってきてくれたのー?!」と私が驚くと、「ああ、車で行って取ってきたよ。」とのこと。「うそーん。原田さんありがとう!」と大喜びしてると、「でも、荷物になるとあれかな…と思って…」と気をつかってくれるような優しい人なの。「いやいや、全然入るから!」とリュックにぎゅうぎゅうに押し込んで、「ほら、入った!!!」とはしゃいでいると、「ミョウガも実はまだなんだけど、葉っぱも食べれるから取ってきたけど、持って帰る?」と言ってくれました。

らら「えー!いいのー?!」

原田「ああ、いいよ。いくらでも生えてるから。」

みたいなことで、こちらもリュックにぎゅうぎゅうと詰めて、持って帰りました。

 

 で、原田さんにバス停のとこまで送ってもらうと、バス停のとこにいつもいるおばちゃん「(仮称)谷川さん」がいて、このおばちゃんは御年70代~80代に見えるおばちゃん。谷川さんはいつもバス停のところにいて、バス停でバスを待っている人にマシンガントークで話しかけるおばちゃんなのね。

 私も彼女とは何回もお話していて、彼女は7人兄弟でお父さんは東京で成功した人なんだけど、疎開でこの地に来て、さらにその土地も空襲で危ないということでド田舎のこちらに疎開してとか、自分は里子に出されたから両親は本当の両親ではないとか、いろんな身の上話も聞かせてもらいました。

 彼女の親族の話も写真を見せてくれながら話してくれて、本当に素直でかわいらしいおばあちゃんなの。時間がある時は1時間くらいは話込んだりしますね。バスの時間が近いとあまりお話できなくて残念な感じです。

 

 

 その谷川さんに、「見てーーー!おみやげにふきをもらったー!」と自慢すると、「うちにもシソがあるからもってかえりな!」と言って、バス停のすぐ近くの自分ちのしその群生地に連れていってくれました。「えええええっ!うそーん。めっちゃ立派なしそなんですけどっ!都会じゃあこんな立派なしそは手に入らないわー。」と感心していると、「好きなだけとって。こういう虫が食ったのがおいしいから、虫が食ったのをとりなさい。」と言ってくれました。お言葉に甘えて食べきれそうなぶんだけ葉っぱを摘みました。

 シソの葉っぱを摘みながら、「私ね、ベランダにシソを植えたことがあったんだけど、茎だけ残して葉っぱを全部きれーに虫に食べられたことがあってね、シソって虫が食うもんだと思ってたんだよねー。ここら辺のしそは、なんで虫に食われないんだろう?」と尋ねてみました。

 「虫には食われるよ。ほら、虫が食ってるでしょ。」と、谷川さんが言うので、「いや、ここら辺のシソは葉っぱが残る程度の虫食いじゃん?だけど、うちのシソは葉っぱのとこは全部食べられちゃって、茎(正確には茎と葉脈)しか残ってなかったんだよー。この違いは何なんだろ?」と話すと、「この辺は、シソやらなんやらいろんなものが生えてるから、虫の食うものがいっぱいあるからねー。」と原田さんが答えてくれました。「あー、うちの近所にはそもそも植物が少ないから、飢えた虫さんたちがうちのシソにたかったってことかーー!なるほどー!あのね、私が働いてた飲食店のシェフが、シソは香りがいいから虫がつきやすいから、スーパーで売ってるようなシソは、すごくたくさん農薬を使うからあんまり買わないほうがいいって言ってたの。で、うちのシソも茎だけ残して全部食われたから、そーゆーもんだと思ってたー。けど、エサが多い田舎だとシソも生き残るんだねー。」なんて、ベラベラとしゃべっておりました。

 で、谷川さんに教えてもらいながら、葉っぱを摘んでベンチでバスを待っていると、「あんたぁ、家でシソを植えとったって言うから、ほら。」といって、シソを根っこから引き抜いたものを5本ほど新聞紙にぐるぐる巻きにして持ってきてくれました。「えええええええ!いいのぉー!」「いいよ、持って帰って植えなさい。帰ったらすぐに水につけておくといいよ。」と言ってくれました。

 ふき、ミョウガ、シソをリュックにぎゅうぎゅうに詰めて、キャリーをコロコロと引きながら家に帰ったワタクシなのでした。

 

そんで、家に帰るとめっちゃ疲れていたみたいで、2日ほど何にもできなくて、二日後にもらった山菜の処理をしました。ので、少ししおれてます(;´∀`)

 

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こちらはミョウガの葉っぱ。

 

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葉っぱと茎に切り分けて、葉っぱの部分は刻みました。

 

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ついでに茎の部分も刻んで、蒸して冷凍しました。左側が葉っぱを刻んだもの、右側が茎を刻んだものです。納豆や豆腐を食べる時の薬味にしようと思ってます。

 

 

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こちらはふきです。ふきの葉の部分は苦くてどうやっても食べられるものではないので、切り取って捨てます。で、茎の部分のすじとりをして、

 

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水につけて灰汁抜き。ほら、こんなに茶色くなるんですよ。山菜はあく抜きしないととってもエグくて食べられたもんじゃないので要注意です。

 

 

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 で炊いた後のふきです。私は少しシャキシャキ感が残るくらいに炊くのが好きです。けど、総菜とかで売ってるのはかなり軟らかめに炊いてありますねー。

 

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で、谷川さんにもらったシソ=大葉は10枚くらいを千切りにして、

 

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 シソパスタにするのが好きです。ニンニクをごま油で炒めたところに、ゆでたパスタを投入し、昆布だしや塩コショウで味付けをして、最後に刻んだシソを混ぜるのが私のやり方です。

 

 こんな感じで、しばらくは山菜を楽しめて、そろそろ野菜を買い足さなければなぁと思っていた時期に、今度は東京都内で野菜を育てている友人から野菜をもらったので、またしばらく野菜は買わなくてよさそうです♡

 

 

 私が子供の頃は、その辺に生えている笹で笹舟を作ったり、れんげで首飾りを作ったり、つくしを摘んで調理するのも遊びのひとつでした。もちろん、すべての家庭がそうだったわけではなく、裕福な家庭や都会的な家庭だとおもちゃを買ってもらってそれであそんでいましたから、私の時代であっても、つくしなんて見たこともない子もいました。

 だけど、自分がこの年になって思うのは、現代の子供たちは「消費」することしか楽しめないように育てられてしまっていてかわいそうだなっていうこと。おもちゃを買ってもらって、飽きたらまた別のものを買ってもらってと、そういう育ち方をしている子も少なくないようですね。

 私個人としては、消費することよりも自分で「作る」ことを楽しいと思わせるように育てたほうが親も子も幸せではないかと思うことがあります。私自身子供のころから調理、裁縫、編み物などを遊びの一環として楽しんだので、今でも縫おうと思えば自分の洋服くらいは縫えるし、セーターくらいなら編むことができます。そういうほうが貨幣社会でお金を稼げなくても生きていきやすいというか、幸福度が高い気がしたりします。

 私が滞在していた山奥でも、原田さんがふきをとって若い人に渡しても、スジをとるのが面倒だといって、原田さんに「むいてー」って持ってきたりするのだそう。私は「えー、ふきはあのスーっとすじを剥く感じが楽しいのにー!」と、原田さんと話していました。

 ものを作ることを「楽しい」と思わずに、「面倒だ」と感じるように育ってしまうと、いろいろ大変そうだなーって思うことがあります。実際、都会の若い人たちとかかわっていると、休みの日何してるの?とか、今働いてないけど何してるの?と聞くと、ゲームっていう子も結構いてねー。いや、ゲームを楽しんでもいいんですけど、少しくらいは日常や趣味にクリエイティブなことを取り入れてもいいのでは?と昭和のおばちゃんは感じてしまうのでした。まあ、老害って思われて煙たがられてもよくないので、余計なことは言いませんけどね(*´∀`*) もちろん、アクティブに動いている子たちもいて、とくに登山なんかが好きな子たちは、たくましく見えたりしますね。

 

 おもえば、18歳で家を出て親族と縁を切って以来、血のつながっていない他人に助けられ続けてきた人生でした。本当にありがたいことです。そんなこんなで、山菜が生えている山の近くや、少し庭の広い北関東の安い家とかだと一か月10万くらいでもなんとか生きていけるかな?と再び希望を持った山菜の調理TIMEでしたー。

 

おわり