水谷氏のHP閉鎖

 夜回り先生で有名な水谷氏がホームページを閉じたそうです。彼の時代の問題児と言ったら概ねヤンキーと言われる活発な子どもたちでした。外に出て悪さをして警察に捕まった子の世話をやいたり、シンナーや覚醒剤で体がぼろぼろになった子を看取ったり、絶対にシンナーや覚醒剤をやってはいけないと啓蒙活動をしたりしている人という印象です。

 水谷氏自身が子供の頃は手のつけられない「ワル」で、事故で大怪我をした際に、女教師が駆けつけ「あなたは私の宝だ、お願いだから生きてほしい。」と泣かれたといったような趣旨の話をしていました。その教師に影響されて、自分が子供を指導する側になりたいと思ったという話だった記憶なのですが間違っていたらすみません。

 また、彼が高校?を卒業する時に、ある男性教諭に「死ぬなよ!生きろよ!」と言った趣旨のこと言われ、当時水谷氏は「この先生、なに言ってるんだろ?」と思ったそうですが、のちのち、その意味が分かったそうです。

 水谷氏はわんぱく心、もっというなら生物学的/遺伝的に生まれ持った自らの暴力性からか、ちょいちょい自分の命を危機にさらしていたようです。昔の男子学生の集団の喧嘩はグーで殴り合いなどは当たり前だったようですし、それをおじさんになっても誇らしげに語っている人もいました。私の中学時代はもう少し規模が縮小され陰湿になり集団暴行、つまりはリンチというという形での暴力が始まっていました。少年院に入る同級生、近所の子供も何人かいましたね。

 いまは心理的に追い詰めて、自殺に追い込むといったもっと陰湿ないじめが学生内で横行しているようですね。心理的に追い詰めれば証拠が残らないであろうという知能犯達が増えているのだと思えます。ハブられた当事者の女の子から聞いた話だとそのように聞こえました。まあ、大人が子供をナメてきた結果でしょう。子供だから、そんなに賢くはないだろうと。

 水谷先生が女子の相談が多いとおっしゃったのは「心理的ないじめ、心理的暴行」は女子が行いやすく、被害者もまた女子である可能性が高いからではなかろうかと思えたりもしました。私の体感としても男子は、(子供にもよりますが)イジり、肉体的暴力などでわかりやすくいじめる印象です。もちろん知能犯の男子はこの限りではありません。

 気の小さい子や、発達障害の子はクラスの中で、ハブる=無視する、完全な悪口ではなく言い逃れのできる程度の意地悪な発言を連発されるなどの攻撃で精神を病むようでうす。このようなDV加害の子供も本人や親に問題がある場合も少なくなく、「加害者は被害者」「被害者は加害者」という面は非常に悲しいことです。

 近年はネットなどを見て、水谷先生に相談してみたり、行動的な子供は自ら「私は虐待されているんです!」と児童相談所や児童養護施設に駆け込んでくるケースも増えています。そして、そういった子はやはり、親から見たら育てにくい子であろうと推測される場合も少なく有りません。

 

 

 はたから見れば、嘘つきだったり、ずるかったり、卑怯だったりして、注意すると暴れるという子もいます。逆におとなしく気が小さすぎて、自分の気持ちや意向を全く話せない子もいます。ただただ、かまってほしがる子供もいますし、本当にストレスの出方はいろいろです。

 また、要求を上手く伝えられない子は、本心では「お茶がほしい」と思っているのに「お茶がない…」という言い方しかできなかったりします。そして、そういった子は素直に「お茶がほしい!」と言える子に嫉妬して意地悪をしてしまったりします。そのように相手の心をコントロールしようとする子相手に嫉妬し意地悪をしてしまう子は、やはり周囲の子供から嫌われやすいですね。子供同士でも無意識の打算嫉妬を読み取ってしまうのでしょう。

 このような子に「お茶がほしいって言っていいんだよ。」と言っても「言えない。」と言います。親にそのように心理コントロールされてしまったのでしょう。切ないことですが「要求は口に出して言って良いんだよ、断られたとしても相手に事情や都合があっただけで、あなたのことを嫌ったり拒絶しているわけではないんだよ。だから傷つかなくていいんだよ。」といった趣旨のことを説得し続けるしかないのです。その言葉の意味が分かるのは10年後かもしれませんし20年後かもしれませんし、もしかしたら一生分からないかもしれません。それもまた一つの人生だと、見守る側は受け入れるほかはないのです。それが、きっと教育なのでしょうし、「教育」というのは時間、根気、忍耐力が必要なのだと思うしかありません。

 虐待の通報がめちゃくちゃ増えたことに加え、駆け込んでくる子も増えたので、児童相談所の業務はそれだけではないし、児童養護施設も人手が足りていませんから、もう大変な状況です。児童相談所は公務なので移動を希望して過酷な部署から離れることも可能ですが、児童養護施設はやはり離職率が高いですね。

 そういった子ども達の扱いに児童養護施設も慣れているとはいえ、やはりキリスト教のプロテスタント系などの規律の厳しい施設に入ると子ども自身が疲れてしまい、別の比較的にゆるい(地方自治体運営の)児童養護施設に移動したりもします。

 逆に親が軍隊式の教育をしてしまい、自分を許せなくなるような環境で生きてきた子供はゆるい施設だと他の子供に苛立ってしまうので、規律の厳しい施設に入ったほうが安定したりします。それも本当にその子にあった施設に入れるかどうかが鍵となります。

 もう、養護施設側もこの子はうちに合わないと思ったら、最初から断ったりする場合もあります。見捨てたわけではなく、施設長たちはある程度は地域の養護施設の特徴を知っているので、うちよりあそこの施設に入ったほうがこの子は心理的に安心できるだろうと考えての配慮です。

 自分が大人になると、自分が子供の頃に物が分からなかったという事実を忘れがちです。それはもう自分が子供だった頃を思い返して、自分や自分の同級生の行動パターンから推測/仮定し自分の中でロールプレイし、PDCAサイクルを回しながら対応していくしかないのです。

 夜回り先生の時代と違って、子供は内向きになってしまいました。テレビやパソコン、スマホがあればリアル社会と接触しなくても、メディアの中に自分の世界や居場所を構築できてしまうという意味です。リアル社会で全く人と関わらなくてもメディアで情報を摂取し、ゲームであそび、ネットの中で、いつでも切断/遮断できる都合のいいコニュニケーションがとれる。そんな状態では子供の「コミュニケーション能力を鍛える機会」が失われるのも当然なわけで…

 夜回り先生は古い人なので、そのようなタイプのこどもたちへの対処の仕方が分からなかったのでしょう。現代の子供たちは夜回り先生にとって理解困難な新人類なのだと思います。昔は名を馳せていた教育者の方も、随分前に教育現場を離れ「現代の子供の行動パターンも全く分からないし、現代の親も全くわからない。」と、お酒を飲んだ勢いでつぶやいていらっしゃいました。

考えること、悩むことを、まずはいったん捨てて、外に出て、太陽の下で動くことです。電車に乗って山や海へと行くこともいいでしょう。本を読むことも助けになります。どんな本かによりますが。

 この文章から水谷氏のおっしゃりたいことは、テレビやネットを離れて現実社会に戻って来いということと、家に閉じこもっていると日光を浴びなさすぎてうつ状態になりやすいから、「外に出たほうがいい」と言っているのではなかろうか?と勝手に読み取ってしまいました。

 私も、外で働いて居ない時でも、意識的に1日に2~3時間は外にでるようにしています。うつ状態に陥っている時は無理ですが、可能な限り日光を浴び歩いたり、自転車で街や郊外をふらふらしています。

 精神状態が、大なり小なりおかしい時しか「はてな」にはやってこないし、ブログやブコメを書いたりしない自分を省みると、逆に、ネットには精神的に落ち込んでいる状態の人が集まりやすいとも言えます。

 同じ発達障害や、精神疾患、がんの闘病ブログを見るにしても、やはり心身ともに健康な時がいいんでしょうね。ですが、ネットに頼ってしまうのはやはり、外出すらできないほど体と心が弱っている時なので、そこにパラドックスが生まれています。「しんどいときほど、ネットには関わらないようにしよう」と、見えるところに大きく張り紙でもしておこうと思います。発達障害者、特にADHDの人間は忘れがちなことを大きく文字で書いて張り紙しておくのも良い対策です。

 

おわり