「許す」ということ

私はね

独善的な正義感で人を責めたり

隙あらば自分語りをしたり

自分の内側に閉じこもってしまったり

サル山でのマウンティングようなことを

したりする人たちを

許したいのです。

 

そんなことを言うと

「お前は何様だよ!」って

怒る人がいるのは

知っています。

 

ですが、

こう言えば伝わるでしょうか?

 

私は、

そんなようなことをやっていた

「若い頃の自分」を許したいのです。

 

それだけではないのかもしれません。

 

表向きは大人のおばちゃんとして

笑って過ごせるようになったけれども

なんとなく、まだまだ

世の中に

お笑い/コメディでいうところの

「ツッコミ」を入れてしまう自分もいて

そんな自分も許したいの。

 

他責、自分語り、マウンティング

引きこもりは

正直、大人になったからって

やらなくなるわけではないのですよ。

 

60歳になっても、

70歳になっても、

みんな、そういう面は持ったままです。

 

ただ、そういう面を

見せる相手をね

一人か二人に絞っているだけなのです。※1

 

それが配偶者である人もいれば、

配偶者にそういう面を見せたくない人は

親友※2(=戦友、同志、好敵手)だけに

話したりするのです。

 

私自身も数人から

「あなたにしか話してないことだけど…」

って話を聞いています。

当然ながら、他の誰にも話しません。

もちろん、インターネット上でなんて

吐き出すわけもありません。

墓場まで持っていくお話です。

 

そういった人たちが死んだあとになって

やっと、彼らが身バレしない程度に

フェイクを入れて、

ブログで書くことはありそうですが。

 

ですが、それもやはり

リスクが高そうなので

個別のケーススタディは

書かないことにしました。

 

「自分を許す」ということは

簡単に見えて、結構むつかしいことで

一生できない人もいそうです。

 

私は40歳くらいまでは

「自分を高める」ことに集中してきた

つもりですが、

40歳を過ぎたら

体も脳も衰えてきますから、

「自分を許す」ことを

覚えていかないと

と、思っているところです。

 

それでも、

私にとっては

「逆説の十か条」が大切です。

 

私自身や、私に関わった人たちが

幸せに生きて、幸せに死ぬために

友人達にも

私自身にも

この言葉を贈りたいのです。

 

 

逆説の十箇条/ケント・M・キース

  1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。 それでもなお、人を愛しなさい。
  2. 何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。
  3. 成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。 それでもなお、成功しなさい。
  4. 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。
  5. 正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。 それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。
  6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって打ち落とされるかもしれない。 それでもなお、大きな考えをもちなさい。
  7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。 それでもなお、弱者のために戦いなさい。
  8. 何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。 それでもなお、築きあげなさい。
  9. 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。 それでもなお、人を助けなさい。
  10. 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。 それでもなお、世界のために最善をつくしなさい。

※1:それかインターネットに書いて吐き出している可能性もあります。私自身もインターネットの「ブログサービス」はプライベートな場と勘違いしていました。誰にも聞こえないところで叫んだつもりが、ネットという風に乗って皆に聞こえてしまったという「王様の耳はロバの耳」という状態になりやすいのが中高年なのだと思います。簡単に言うと、ネットリテラシーが低いのです。

※2 恋愛相手にしか頼れないタイプは 親友や配偶者ではなく愛人に頼ります。

 

どーん

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