女だから言えること

日記&遺言

精神科に頼る坊主と、東滴壺の君と、君の友達

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 人間、生きていれば多少、精神を病んだり、何かに救いを求めたりするものなのでしょうね。瀬戸内寂聴さんも毎年出版なさる「暦(こよみ)」に、積極的に精神科に頼るよう、何回も書いていらっしゃいます。

 

 寂聴さんくらい長生きしてしまうと、心も体も元気一杯なんてことはあり得ないと思うんですよね。しばらく前に癌も患っていらっしゃいますし、片目も失明していらっしゃる。寂聴さん自身のエッセイを読んでいても、寂庵を支える周囲のスタッフの方々に、チクチク当たってしまったことを書いていたりもします。

 目の病気になり、あちこちにほこりが舞っているように見えてしまい、スタッフに掃除が行き届いていないと不平を言っていたのだけど、目の手術をして寂庵に帰ると、家じゅうが驚くほどピカピカで申し訳なく思ったエピソードがあったりね。実際には寂庵の中の掃除は行き届いていたのに、寂聴さんの目の濁りのためにほこりが舞っているように見えていたということです。自分の不出来を人様に公開できるのは、寂聴さんの強みだと思います。

 

 人間、そんなにキレイに、キチンとは生きられるはずがない。「いいや、私はキチンと生きられている。」と思う人は、環境が良いか、親の教育が良いか、体力があるか、能力があるか、親の財力/持ち家/愛情などの、いずれかの要素は必ずあるはず。これら全てを持たずに生まれてきた人達がまともな生活にまで登りつめようと思うと、そりゃ色んなことが起こるさ…と思う。もちろん普通の生活水準まで登れないまま人生を終える人もいるでしょう。

 有名なお坊さんで作家でもあり、外からはお金に余裕がありそうに見える瀬戸内寂聴さんでさえも、何度も精神科に頼っていらっしゃいます。僧侶になってからも精神科に頼っていらっしゃるのです。精神科医は仏様に見えて、看護師は観音様に見えると、ご自身の精神科通院で感じたことを執筆物に書いていらっしゃいました。

 

 自分に完璧さを課してしまったり、今の自分は本当の自分ではないというような、現実逃避的な考えは、どんどん、捨てていかなければ、つらくなる一方なんでしょうね。

 

病んでいる自分。

貧しい自分。

うまく働けない自分。

 

 そんな自分を、否定せずに生きてゆけるようになるために、私自身は、まだまだ、修行中です。

 

 

 私には、支えとなっているハガキが何枚かあります。

 私が憧れてやまなかった方。「東滴壺の君」と光源氏ふうに呼んでおきましょうか。その方からのはがき。そして、「寂庵」からいただいた差出人が「瀬戸内寂聴」名義のハガキ。そして、学生時代からの友人、後輩からのハガキ。箱に詰めて宝物として、とってあります。

 

 会いたいけど、もう会えないかもしれない人達。せめて、その生々しい筆跡だけでも見て、強く生きるんだよ、と願うことしかできない私。特に歳を重ねてしまったら、体は弱ってゆく一方だから、気構えくらいはしっかりしておかないと、崩れてゆくしかないんだもの。

 

 しばらく前、キャロルキングの「君の友達」という曲を、ある方に贈りました。私の電話番号と一緒に、この曲を聞いてくださいとメモ書きを、人づてに贈りました。

 

 

 私は、いつでも強く、自由な存在であるから、お話を聞いて差し上げることしかできないけど、いつでも電話をしてきてねって。結婚していようがいまいが、男であろうが女であろうが、人と人とが助け合うことを、いやらしいふうに捉えるのは苦手です。

 

 こんな、自分語りのブログを書いていて、こんなことを言うのはおかしな話なのですが、私は、リアル社会では自分の話をするより、人のお話を聞くほうが好きなんですよね。所属する場によっては、寡黙な人の扱いなのよ。このブログでの私しか知らない人にとっては嘘みたいなおはなしでしょう?(笑)

 

 私は病みはするけど、折れないし、潰れない、だから、いざとなったら、あなたの親友として脇を支えることくらいできるのよ。って、できなくても、そう思っていれば、きっと、本当にそうなる。

 私も、強く自由な存在であり続けるために、あらゆる努力をしているから、私に関わる全ての人たちも自分のやり方で自分の人生を貫いて欲しいと、強く強く、願ってしまう。

 私は非力で友人たちの幸福を願うことしかできないし、祈ることしかできない。無神論者なのに祈るというのも不思議な言い回しだけど、本当に友人たちに対しては残りの人生をできるだけ多く笑って過ごしてほしいと、祈るような気持ちでいる。

 強がりと言えば強がりなのかもしれないけど、まあ、いい歳になってくると、多少は意地でも張らないと、老いに身を任せていたら弱気になって、誰かに迷惑をかけること必至だからね。

 そこは最後まで、私は一人で大丈夫だし、ダメになったら誰にも知られすひっそりと消えてなくなるから大丈夫って意地を張っていたいね。葬式はいらんと周囲には言ってあるけど、火葬代や遺品整理代は必ずかかるから、その段取りくらいはして消えるかな…と思ってるとこです(笑)

 

※2015年に書いた心情の公開です。