女だから言えること

日記&遺言

女はなぜ強いのか?

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支配される生活よりも質素な生活のほうが幸せ 

 私の最も好きなブロガーさんと言っても過言ではないらんまさんが、このような記事をあげていて、とても納得しました。

 私自身も20代30代前半はらんまさんより質素な生活をしていたので、めちゃくちゃ共感しています。らんまさんの家にも洗濯機がありませんが、私も夫と暮らし始めるまで洗濯機やクーラーが部屋にあったことがないので、やせ我慢女子は同じ行動をとるのだなぁと感心してしまいました。あの頃に、あれほどの質素な生活をしたからこそ、今、多少の貯えも持っていると言えます。ガン闘病で消えてしまう程度のお金ではありますが。

 20歳当たりから独身主義を公言していて、20年ほど一人暮らしをしていたワタクシ。一人でいるのが何よりも快適で、相手の生活に責任を持たなければならない生活は向かないと思っていたので、ルームシェアや居候などはしたものの、同棲や結婚というものからは逃げ回って生きておりました。

自分名義の自分の部屋があることの幸福感

 そして、当時重度の精神疾患だったためかうっかりミスで男性と入籍してしまい、男性の生活の面倒を経済的にも労力的にもみなければいけなくなって、わりと地獄でした。最初から、彼からの交際の申し出は何度も断っておりましたし、同居を始める際も「同棲」というよりも、ルームシェアという感覚で同居を始めました。結婚は絶対にしないという条件で同居を開始したので、「うっかりミス」で入籍したことは、私の友人たちも夫も知っている、周知の事実なんですよね。なので、本来の私の姿にもどるために独身にもどり、さらに独身主義に戻ることにしました。

 私名義の住居も確保でき、正直、めちゃ幸せです。私としては私がお金を出しているのに夫名義で住居を借りなければならないということに割と納得がいっていなかったので、自分名義の賃貸を借りられて、非常にほっとしています。

 

 

収入があるからといって家族に金を渡すわけではない

 この記事ですが、善良な夫たちほど、とんでもない夫像を想像することができず、夫側の味方についていますが、さて、この言葉を投げつけられた夫が仕事をしている、残業をしているというところまでは、記述から読み取れますが、家にお金を入れているとは書いてありませんね、さらに入れているとしたら、いくら入れているかも書いてありませんね。自分の手取りが35万円でも家に入れるのは3万とか5万とか、そういう夫はいますよ。実際にそういうことをしている夫の家族から恨み節として聞いたので間違いないですね。

 子供がいて、まじめに残業しながら働いている夫が家にお金を入れないわけがないだろ?と思う男子は真面目な男子です。そんなの当たり前だろというのも真面目な男子です。世の中には30万稼ごうが40万稼ごうが家にお金を入れず、なんならそれ以上のお金を使い、借金までする男性もいます。

 自分は借金やレンタルで得た高級車に乗って、妻や子供は食費を捻出するのすら大変で、ひもじい思いをしているみたいなお話です。真面目な男性たちは、虚言癖の男性や、妻を怒鳴ったり殴ったりして、妻や妻の実家から大金を巻き上げる男性や、妻を利用するだけして、妻が病気などで困っている時でさえ、一円も出さず、世話すら焼かず見舞いにすら来ない、という男性たちがいるってしらないのでしょうね。当然、女性にもこのような人はいますが、私自身は夫からこのような仕打ちを受けた当事者なので、どうしてもそれがフラッシュバックしてしまうんですよね。

 私は夫のことを子供、若者、弱者、障害者といった、弱者枠に入れていたので面倒をみていたのですが、もう、さすがに搾取されるのは疲れたということで、アパートを借り、離婚届けを出すことにしました。

自分に収入があっても家族に借金をする人達

 生活費以外に、怒鳴られノイローゼにさせられて巻き上げられたお金は数百万円にのぼり、国民年金、国民健康保険を踏み倒した金額、それの半額まで膨れ上がっていた延滞金を足した金額の数百万円も支払い、自動車学校、専門学校のお金も払い、さらに同居を始めて10年強すぎた年に500万円ほどのお金を夫に貸すことになるという、なかなかえぐい状況。

 うっかりミスとはいえ、籍を入れた以上は配偶者の俺に対して責任を持つべきだという、私の責任感に付け込んでくる形で色々とやられてしまいました。さらには「俺はららちゃんがいるからまともな人間でいられる、ららちゃんがいなくなったら秋葉原で大量殺人とかすると思う。」と元ニートの夫に自分を人質におどされ、もう、この人に付き合うの面倒だからと自室にカギを付け、できるだけ夫には会わないようにし、逃げ回っていました。まあ、でもそろそろ現実と向き合わないとね…

異常犯罪者は動物を虐待すると言いますが…

 子犬の両腕を持ち、吊るしてグーでぼこぼこに殴り、頭蓋骨を陥没させ、「人が困っているのを見ているのが楽しい、人が嫌がっているのを見るのが楽しい」とニコニコしながら私に話す夫をみて、ああ、この人は根っからのサイコパスでサディストなんだ…と恐怖すら覚えました。

 犬を殴ったら、即座に私が夫を怒鳴りつけ、夫の暴力性を非難し、その暴力性は異常だから精神科に行ってくれと説得しても、そのときは分かったいうものの、私が見ていないと思ったら同じことを繰り返し、精神科にも行ってくれない。

 子犬が成犬になり老犬になって、物が分からなくなったら「いうことを聞かなくなった」と、また、激しい暴力が始まりました。殴るだけではなく、犬の体と同じ大きさの身動きが取れなくなるような小さなケージに閉じ込めるようにもなりました。明らかに虐待です。

 私は体調が悪くガンの闘病もあり、夫に「ポチをこれ以上虐待したら殺す!」と怒鳴ったり、「ポチをまた殴ったり、またその小さな箱に閉じ込めたら家を出ていく!」と愛犬を守ろうとしましたが、私は振り払われ、それでもつかみ合いで犬の奪い合いをしましたが、夫のほうが男で力が強いので夫の自室に囲い込まれ守り切れませんでした。

 愛犬を守るためにも家を出なければと物件は探していたものの、犬okの物件が高すぎて払い続ける自信がなかったことや、体力不足や、自分に身寄りのない悲しさを思い知らされる賃貸契約の場に行くには、精神的余裕もなく、なかなか賃貸契約が前に進まない状態の時に愛犬は死んでしまいました。夫には「あなたの暴力性や人をいじめる習性は異常だから、たのむから精神科に行ってくれ」と懇願したりもしましたが、10年も精神科に行くことを拒んできた夫が急に行ってくれるはずもなく。

 「父親の虐待を阻止できず子供を殺させてしまう母親じゃん、私」と自分を責めました。なぜ「愛犬が殺されるから」と、もっと早くあの家を出なかったのだろうか、そうすれば愛犬はもっと長く生きられたかもしれない。「まさか殺されるなんて思わなかった…」と言い訳をする我が子を父親に殺させる愚かな母親と同じだったのです。私は。夫と揉めて怒鳴られるのがしんどくて、逃げ回っているうちに犬は死んだ。私はなんて愚かだったんだと、今でも自分の愚かさに腹が立ちます。

十数年で夫は弱者から普通の人に

 夫がかわいそうな人格障害の弱者だっとしても、愛犬はそれ以上に弱者です。私は、夫がいくら人格障害の弱者であっても、これ以上ははボランティアを続けることはできないと判断してしまいました。

 それに彼は今は平均収入を超える給与になり私の中では弱者枠から外れました。それだけの収入があるのに、それ以上にお金を使い、貯金が減ったじゃないか!と私に怒鳴り散らしはじめたあたりから、私の彼に対する認識は「弱者」から「モラハラ男」に変わっていきました。

 口では「ららちゃんのおかげで今の俺がある。」と言いながらも、犬が死んで私が悲しんでいる時も特に優しい言葉もなく、私のガン闘病もまるでないことのように関心がない。いや口先では「心配だ。」というのですよ。だけど、自分は私に毎日2~3時間の愚痴を聞かせておいて、私がガンなどでつらい思いをしている時には面倒くさがって話を聞いてくれない。

 犬が死んで悲しい時も、がん闘病でしんどい時の相談も全部友達か精神科に話している状況で、私が外泊し、食事を用意できなかった2週間の間に夫が外食した費用を、「俺の立て替えた食費を早く返してよ!」と怒られ、「貯金が100万円から60万円に減ったじゃないか!」とイライラされたら「いやいや2週間で40万は減らないよ…普通…」と、首をもたげてしまう私の気持ちは分かっていただけるでしょうか?この状況で「夫いらないじゃん。」「夫から享受できるメリットが何もない。」と思うのは普通ですよね。

 

 

人生は家族の犠牲になるボランティアではない

 ある記事のブコメに「人生はボランティアではない。」と書いてあって、泣きそうになりました。もし夫が、私の親だったら、子供だったら、私は見捨ててはならない立場なのに、夫なら見捨てるのか、家族を見捨てることは「悪」とされているのに、私は彼を見捨てるのか?という罪悪感は、犬が夫に虐待されたこと(も原因)で死んだ、と感じてしまったことで相殺されました。心理の人や脳科学の人は、サイコパスからは逃げるしかないと、常々おっしゃっています。私も、逃げることを決意し、実行しました。

 現実は多面的です。夫が外で働いているからといって、家にお金を入れるわけではない。外で優しい人の顔をしていて評判が良い夫だからと言って、小さな犬を殴り殺さないわけではない。外では「僕は妻をリスペクトしています。」とさわやかな笑顔で話しつつも、家の中では「僕」ではなく「俺」という一人称を使い、妻を怒鳴り散らしている、それがDVの現実なのです。

DV被害者は孤立する

 外向きの顔と家庭内の顔が全く別人だからこそ「ドメスティック」と名付けられているのです。そして、彼らはしばしば「俺は弱者なのだから、俺を守るべき」と、親や配偶者を搾取します。夫のことを「本当にさわやかで優しそうな人だね。」と評する人達はたくさんいました。

 芸能人に例えるなら、家の外では、さながら河相我聞氏のようなさわやかな人です。家の外だと、犬をかわいがっているふうにも見せていましたから、愛犬家とも思われていたことでしょう。吊るして動けなくして殴っているなんて、想像もさせないくらいにさわやかな言動でしたから。

 DVをする人はほぼ虚言癖で演技派です。もっと言えば入籍するまでは恋人に対してですら完璧な嘘と演技で「いい人」を演じているので、なかなか見抜くことはできません。ついでに言うと、身内(=家族)以外には、ほんとうにさわやかで優しい面しかみせず、羽振りもよいので、家の外では一貫して「いい人」と評価されていたりもします。被害を受けるのは、親、子、配偶者に限定されるため、外向きにその危険さが知られることはなく、被害者が孤立しやすくなります。

 例えば、配偶者であれば「彼と離婚しようと思う」と誰かに相談した場合に、「あんなに優しくて性格に問題もなくて、収入もそこそこある人に、不平をいうなんて、ちょっとわがままなんじゃないの?」と言われりと、本性は配偶者しかしらないわけですから、周囲からは配偶者のほうが責められたりするわけです。こちらが被害を被っているのに、相手が演技派であるため、こちらがわがままだと言われたりすることも少なくないのです。もう彼を制御することに疲れました。

我が家も同じパターンでした

 私が夫と別れたいと口走っても、うわべしか見ていない人たちは「なんで、あんなにさわやかで優しくて、あなたにベタ惚れの旦那さんと別れたいなんて言うの?」という反応で、理解されませんでした。いや、怒鳴って私から何百万円も取り上げてる上に、犬は吊るしてグーでタコ殴りにしてるよ?なんて、言ったところで、近所中に噂を流されて終わりですから、言うはずもありません。

 給与が手取り35万(ボーナスは別途ある)になっても、払うのは家賃のみ。それ以外の生活費は一切出さず、家賃以外に少しでも生活にかかる雑費を払わされたら怒る。過去に私が彼を養った事への感謝の気持ちや、私が彼の浪費の尻拭いをした時の反省の気持ちも薄れて消えてしまっている。家事も自分の洗濯物の洗濯と思いついた時に掃除をする程度。

 愛犬を虐待し死期を早め、私がガン闘病をしているというのに、一円たりとも、一秒たりとも私のために損失は出したくない。でも、私の友達や会社の人、ご両親には羽振り良く時間やお金を差し出し、いい顔をしている夫を見て、「同居している家族だからこんな目に合うんだ」と、はっきりと確信してしまいました。

 むしろ、別居して籍を抜けば「他人枠」になって、ご飯のひとつもおごってくれたり、入院をしてもお見舞いくらいは来てくれるのか?と思ったりもしました。夫のご両親も私と同じように怒鳴られ大金を巻き上げられていましたが、夫が私と結婚し、DVのターゲットが私に移ると、ご両親はもうお金を無心されることもなくなり、夫から「もてなされる側」に変わったのです。DVの人間は「他人」と認識した相手にはものすごく親切だったっりしますから、私も他人になれば親切にしてもらえるのかな?と思いました。

 私は夫に「あなたと一緒にいると死にたくなる。お願いだから、もう私を開放して…このままあなたと関わり続けたら、多分私は電車に飛び込んで死ぬと思う。」と泣いて訴えました。そして夫は離婚届にサインをしてくれました。それが、彼なりの最後の誠意だったのでしょう。

 私の場合はたまたま夫がDV加害者で私がDV被害者でしたが、夫が妻からDVを受けることだってありますし、親が加害者、子が加害者のこともありますから、ドメスティック(家庭内)で奪われそうになったら、早い段階で逃げたほうが良いのかもしれません。DVに耐えられるだけの財力や精神力があり、いじめられるのが好きなマゾの方なら耐えられるのかもしれませんが、私はそうではないので無理でした。

 しばらくはがん闘病をがんばります。いや、頑張ると疲れるので、大してがんばりませんけどね。働かなきゃ生きていけないので、働ける程度には維持します。

 

DVについて考えていた時期の記事