女だから言えること

日記&遺言

【自分用のメモ】体験させるという教育

 この動画にあるように、昔は子供の行う遊びや家事が今より複雑でした。

 懐古厨と言われそうだけど、昔は家庭内での子供の役割って結構あったのよねー。私の友達なんかでも、幼稚園児の頃から家庭内での役割を担わせる教育をしてる人もいるよ。

 幼稚園から帰ってきたら、自分のお弁当箱は自分で洗うって役割を持たせたり、年の離れた兄弟なら下の子の面倒を上の子にみてもらったりと色々。そういう体験(≒教育)って結果的に子供をしっかりさせるのよねー。

 とはいえ、現代の子供たちが現代の社会で暮らそうと思えば、現代的な事柄の仕組みも学ばねばならないから、現代の子供は学ばなければならないことが多くて大変ねーとは思うんだけどね。本質的な原理原則さえ分かっていれば何とかなる事柄と、スマホ画面のUIのようにある程度の知識がないと読み取れない事柄まで、全てを学ぶって現代の子供たちは大変だなーって思う。「おばちゃんもう無理だわー。ついてけないわー」と、私は諦めてしまってきてるので、余計に色々記憶して処理できる人々については尊敬する。

 

 

 男子学生の多いある短大の教授になった知人が、「お母さんの強い家の男の子は全滅。」と、かなり強い口調で言ってた。多分だけど、お母さんが子供(=男の子)に勉強以外の何もやらせてないせいで、勉強以外できない子に育てているって趣旨だったように思う。

 

 

 短大なので、大学と高校の中間のような感じで、知人が三者面談なども担当してたんだけど、お母さんばかり喋るようなおうちの(男の)子はかなりまずいって言ってた。要するにお母さんがマネージャーをやりすぎて自分では意思表示したり、交渉したり、人間関係を調整する力がついてないって意味だと解釈した記憶があります。ついでに、掃除、洗濯、炊事、家計管理なんかもできない子に育っている可能性も高いって意味合いもあったような気もする。

 その知人自身が一人暮らしの期間がそれなりにあった男性だったので「自分で生活周りのことができない人は代替コストがかかるよー」と自分や自分の友達の体験から思っていたから、そんな話の流れになったのかも?という記憶がある。

 その男性知人は元々は社会学の出身で、(母)親に悪気がなかったとしても、学力だけ付けて生活力(家事炊事/コミュニケーション能力)を奪う育て方をするのはどうなの?という思いと、息子は母の恋人ではないという、若干の怒りが入り混じった内容を話していたようなイメージがあります。昔のことなので言葉は忘れたけど大筋ではそんな内容に聞こえました。もしかしたら彼自身か彼の周囲に強烈は「母は親」がいて、それに感情を揺さぶられていたのかもしれないと、今となっては思います。あくまで、私の読み取り方にすぎないのだけどね。

 こういうことも、子供に「ご飯を炊くのはあなたの役割」とか言うふうに家庭内の仕事を一部、割り振って、その子がご飯を炊かないと家族全員が白飯を食べられず、家族全員から怒られるみたいな体験をさせるのが大切だと思ったりする。

 そこで、親が「あの子がご飯を炊いてないから、私が炊かないと…みんなが白飯を食べられない…」と思って親が尻拭いをしてしまうと、子供は「自分がご飯を炊かなかったために、家族全員が体裁の整った食事をとれなかった」という「過失」について謝罪する/賠償するなどの責任を取ることができず、ことの重大さに気づくことができないみたいなことね。

 まあ、楽しいことも、苦しいことも、悲しいことも、腹立たしいことも、体験させたうえで解決させるというとこまでフォローするのが、子供のためかな?とは思いますねー。自分のやったことの責任は自分で取る訓練をしておかないと、大人になってから必ず困りますからね。

 「愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶ」って言葉がありますけど、私はその言葉には少し異論があって、「自分の立場や体験を、歴史と照らし合わせて、分析しながら学ぶ」っていうのが一番、効率よく答えを得られる学び方じゃないかなーと思ったりしてます。実際はどうなんだろうね。

 

おわり