女だから言えること

「差別意識」は発達障害/機能不全家族/虐待/ジェンダーと密接につながっている

性潔癖の表出の自責他責

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「性潔癖の表出の自責他責の違いは気になる。」という興味深い指摘があったので、少し追記してみます。

【追記】

 性潔癖の表出の自責他責については、やはり母親が息子に恋をしていて、他の女のことを考えるな、性的なことを想起するなと無言の圧力をかけたり、同じく父親が娘に恋をしていて、他の男のことを考えるな、性的なことを想起するなと無言の圧力をかけるのがデフォルトだと思ってます。

 この 「性に関わること」で相手を責める人物は「父」「母」以外にも「祖父母」「親戚」などがいます。親や親族が性潔癖の場合、性的な事柄で青少年を責める傾向が強く、それが性的な事柄を想起する自分への自責へとつながってゆくのでないかと推測してます。

 なぜ未成年が性行為を行わない方が良いのか、なぜなら子供ができたら経済的に行き詰まるから、という説明ができない親の場合、「性行為は悪いこと」だからしてはいけないと子供に教えてしまうのです。

 それは、性行為を行った生徒を教師が叱っているのを見てしまった、といったようなことも含めて、思春期の大切な時期には複雑な思いをかかえてしまうのです。

 私自身は、「性行為は悪いことではないが、今はしないほうがよいし、するなら避妊をしなさい。彼氏にちゃんとコンドームをつけてもらうんだよ。」と説明し、「コンドームを自分で買いに行けないなら買ってきてあげようか?」と女子高生にたずねたことすらある。親には言えないことだからこそ、おせっかいなおばちゃんが出しゃばるべき場面なのです。

 また、「友達」も嫉妬心が強いと、異性(or同性)に性的な魅力を感じるな!感じさせるな!と無言の圧力をかけたりもします。友達が自分よりモテたら悔しい、自分の好きな人を友達にとられたくない、あるいはお友達があなた自身に対して独占欲を持っていて、あなたを独占したい、といったような理由で嫉妬をするのではないかと推測しています。

 ほかにも、人物ではなく、「社会」「宗教」なども性的なことがらに対して圧力をかける場合も多く、その風潮に問題提起しているのが、今先進国の都会で叫ばれている「性の解放」です。どの国でも田舎の保守の人達は「性を解放するなんて何事だ!」と思っているかもしれませんね。何と言っても性は「宗教」と密接に関わっていますから、自分の宗教の教える「性」の価値観が唯一絶対です。それが一神教。当たり前っちゃ当たり前なんですけどね。だから、何の責任もとれないのに人の堕胎にまで口を出す。だって、妊娠した人のその後の人生より自分の宗教が大事な人達もいますからね。「人間の権利(人権)」と「自分の信仰」、どちらを大切にするかもまた、その時々の時代に合わせて流動的に動いた人のほうが楽だし上手くいきやすいだろうなと思います。

 

 また、話がそれてきましたが、性潔癖の表出の 

  • 自責=性は尊い物なので隠せ、性は汚い物なので隠せと刷り込まれた人
  • 他責=本人が一夫一婦制の国で婚外恋愛をされ怒りを誰かにぶつけたい人、あるいはそういった体験を持つ人の怒りを目の当たりにした人

 が身近におり、影響されていると私は感じています。やはり、周囲にいた人の価値観の影響でしょうね。医学+生物学に明るい人なら「性」は単なる生殖手段でと捉えることができるかもしれませんね。

  もともと、人間の気持ちを楽にするために作られた宗教が人を苦しめてどうする?と思ったり、でも科学で全てが解明されているわけでもない世の中で科学絶対教というのもいかがなものかとも思うので、やはり私の立ち位置は中道(老子)に近いのかな?と思う今日この頃です。

おわり