女だから言えること

「差別意識」は発達障害/機能不全家族/虐待/ジェンダーと密接につながっている

岡村氏の無意識な差別意識について思う事

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私の周囲の、無意識的に女性嫌悪や女性蔑視を抱えている男性は母親や女家族、過去の恋人、妻、同級生女子等、女性に対するトラウマを抱えてる気がしてる。矢部氏は女性しいては人間への信頼を取り戻せと言いたそう 女性蔑視が無意識なら 教育しか、更生手段 はないだろ?無意識な 人に批判したら頑なに なるだけ 他人ならなおさら

 とブコメに書いたが、もっと書きたくて、こちらに誘導した。

社会では岡村氏は差別されている側では?

 岡村氏は差別されている側だから、差別することに無頓着なだけで、主義を持って差別をしている差別主義者には見えないのよね。私の周囲に女性差別の男の子がいて、本人は全く無自覚なのですが、かなりのマザコンで母をうとましがってはいるものの、母の能力、母の包容力、母の美貌と同様またはそれ以上の女性を無意識に求めています。そして、その水準を満たさない女性はゴミ、くらいの感覚でした。

 その男子の中でどうして、そのような見下しが起こったかというと、彼の父と母に見下し癖があったからのように見えました。要するに家庭内の文化が身内以外は見下すという文化だったのです。

 その男子は私との会話の中で、「どうせ、女は○○なんでしょ?」という発言を何回もしました。ですから「私も、中年のおばちゃんとはいえ、そういうこじれた女性と、ひとくくりにされてディスられると迷惑なんですけどー。」と伝え、「じゃあ、逆に、男なんてどうせ○○なんでしょ?」と○○のところに具体的な文言を入れて、相手を攻めると、イラつき始めるんですよね。「ほら、自分が言われたら腹が立つんじゃん。」ということで、彼の女性蔑視を治してもらっています。それに、「若い女性で、君の母ちゃんほどの包容力で、内面がこじれている君を包んでくれる女性は存在しないよ。いるとするなら50代60代の女性だよ。」と話しました。

知らず知らずのうちに縦思考でマウントを取る種族

 その男子とは割と趣味が合い、趣味の面では仲良しなので、彼がその偏見や縦思考で、趣味のサークルの中でなにかをやらかしたときは、その場ではフォローして、あとで、何がダメだったかきちんと教えるようにしています。その場で教えなければいけない時は彼のメンツをつぶしてでも、「それは、相手に対して失礼だよ、なぜならこういう理由で。」と、即座に教えて謝ってもらいます。今は社会に適応するための訓練の時期ですから、つらいし痛いかもしれませんが、今後、もう少し人生を楽にするためには社会に適応するテクニックを身につけてほしくて、そういった事を教えています。また、本人もそれを望んで私に会いたがるので、お手伝いしているという事情があります。

 その子には「ららさんには、はがいじめにされて、自分の醜いところを、突きつけられる感じがして、しんどい。」と言われてしまいました。ですが、「いや、自分の醜いと思える部分を知らさて叱られても、私から逃げようとしない君は強い。ガッツがあるねー。」と、私は言わせてもらいました。彼は本当に強い子です。どういう強さかというと、自分自身と向き合う強さです。

人を呪えば、自分が呪われる

 正真正銘の自分と向き合いたくない逃げ癖のある男性だと、「君、それ、性差別だよ。」なんて、対面で指摘しようものなら、一目散に逃げていきますから。逃げるなら逃げるでいいんですけど、自分から逃げておいて戦線で戦ってる人に呪いの言葉や恨みの言葉をかけて邪魔はしないでほしいとは思います。ゆがめた理想の精神は誰でも持っていると思います。私自身でさえも。でも社会に適応するにはテクニックと誠意が必要なんですよ。それは「人が期待する筋書き通りの優等生を演じる」こととは別のことなの。

やられたら批判させる隙すら与えずやりかえせ

 「いや、実際に責められてるし、侮辱されてる」というなら、具体的に現実社会であなたを責めた人だけに法的に反撃してほしいものです。なぜなら日本は法治国家ですから侮辱を受けたなら、恋愛相手、親、配偶者、友人、誰であろうと戦うか逃げるしかないの。そのあとは恨みや呪いに生きず、自分の快適な社会で自分と違う種族を見下さずにに生きてほしいの。

 私もその男子には色んなことを教えてもらっていますし、彼から学ぶことも多いです。戦線に出て戦いたい気持ちと、安全なところにいたいという気持ちが揺れるのは、なんだか分かる気がします。私だって経済戦争の労働市場なんて怖くて出ていきたかないですよー。でも、出なきゃ飯が食えないんだもん。一人だからね…トホホ。

 こじれているいないに関わらず、若者というのは心身ともにエネルギーがあるなぁ、そして、それがまぶしいなぁとしみじみします。

意識してる人なら論理的な説得が有効だが…

 さて、今回の岡村氏の発言が発端となった「女性蔑視、女性差別発言」についてですが、私は、そういった感覚を人に持っていてほしいか、ほしくないかで言えば、持っていてほしくないです。

 世の中の「女性差別者」「男性差別者」には二通りいて、強く明確な意思や理論を持って、性差別をする人たちがいます。それとは別に、無意識にナチュラルに心の底に「女性や人間に対する差別意識や蔑視」を持っている人達もいます。

 前者と後者の違いは、意識的か、無意識的かということです。無意識なら許されるという話をしているわけではありません。意識的な人は論理的な差別構造を理解していて、他人に攻撃する人達ですが、無意識的な人たちはそもそも社会の差別構造が分かっていなくて、自分が差別構造の中にいるとすらもおもっていなくて、さらには自分が差別構造のどこらへんの高さ/低さにいるかも気付いていないのです。 

強い者なら殴っていいという弱者の横暴

 で、私自身は岡村氏は芸能界の階層の中では、少なくとも心理的には下層にいたように感じます。芸能業界では、金銭的には成功した時期もあったかもしれませんが、尊敬される立ち位置の芸ではありませんでしたよね。どちらかと言えば、「背が低い」「モテない」ということを売りに、いじられて立身出世された方ですよね?

 実際は女性には縁があるが女性不信であるために女性を女神と奴隷に分けてしまう人と、実際に女性に縁がなくて女性を欲している人では話が違います。岡村氏は前者だということが行動パターンからうかがえます。

岡村氏を「イジる」のもいじめでは?

 「いじる」というのはイジメだとネットの世界の人達は言いますよね。芸能界や視聴者が岡村さんにしたことはいじめですよね。たとえ、岡村氏が有名人でお金を持っているとしても負けん気が強かったとしても、「(お金をもらって)楽しそうにいじめられている姿を演じなければならない」岡村氏の尊厳を消費した人達はいましたよね。それで人間不信にならないでいられると思いますか?そして、ラジオで岡村氏に自分たちの攻撃性を代弁してもらって癒された人もいましたよね。代理戦争をしてもらいましたよね?岡村氏に重いものを背負わせましたよね?

 本人が納得しているならOK、関係性があればOKという人もいます。でも、「本人が納得している」というのは本人に確認したの?ということや、関係性とはどういう関係性があればいいの?というところにまで考えが及んでいるのでしょうか?

 お金が発生しているならOKの人たちもいますが、それはイジメられているところを人に見られてお金を稼ぐということです。それを自分がやらなければいけない立場になったら、しかも自分が「楽しくいじめられている姿」を演出しないと怒られる世界で、自分がそのような仕事をしたいか?というお話なんですよね。

果たして岡村氏と視聴者は対等か?

 自虐や皮肉というのは、あくまで対等な立場で行われて初めてOKになるのではないかと思います。ある一方は相手に皮肉を言えるが、ある一方は言えない。ある一方は相手を「お前」と呼べるが、ある一方は相手を「お前」と呼べない、なぜなら、関係性に上下があり、片方が上で、片方が下だから、という関係性を「上下関係」または「縦関係」と呼びます。その縦関係の中で片方が、片方のみから皮肉や嫌味を言われたり、自虐を言わなければならない空気に持っていかれるのは、私は大嫌いです。人が人の尊厳を奪っている状態だからです。

人間には「誰にも馬鹿にされない権利」がある

 私が書いた記事のアボット氏も、岡村氏も「人権」、つまりは「誰にも馬鹿にされない権利」を切り売りしてお金を稼いできた人達なんですよ。

 それを本人が、お金のためになんとも思わない、あるいは思わないようにしながら生きているということと、人権つまりは人間の尊厳を切り売りしてよいかは別の話だと思うんですよね。

 人間の全ての権利を売ってしまったら「奴隷」ですから、人身売買で非合法なんでしょうけど、岡村さんのように人間の尊厳だけを「馬鹿にされること」によって切り売りするやりかたと、アボット氏のように人間の尊厳と、性との両方を売っているやり方と、というふうな違いがあるわけですよ。

 肉体労働では、体という部品の消耗を早めながら、体を壊しながら働いていかなければならないのが実情です。私自身も飲食業の重労働で膝や腰を痛めていますから。同僚と「体ってのは消耗品だよね」と話したこともあります。

 人間の何かを部分的に売る「労働」ということを考える時に、「内臓や血液」「肉体労働や感情労働によって失われる健康」「性」「尊厳」など、何を売るのがセーフで、何を売るのがアウトなのか、私には分かりません。

差別構造に取り込まれると「尊厳不感症」になる?

 本人がいいならいいでしょ?と思うかもしれませんが、結局、岡村氏自身が「自分自身の尊厳を傷つけらても何とも思わない(ように自分に思い込ませている)尊厳不感症」みたいな状態ですから、他人の尊厳に関しても不感症になりやすいのだと思います。

 要するに岡村氏の周囲では、差別が横行しており、岡村氏も差別する側に回ったり、差別される側に回ったりしているから、それが差別だとすら感じなくなっているのではなかろうかと。

 そういった場では総じて、自尊心が低く、日本人がプライドと呼びたがる虚栄心が育ってしまうことが多い印象を受けます。自尊心とは、自分を敬う心であり、自分を愛する心であり、自分を信じ、自分を大切にできる心のことです。逆説的に言えば、自分を見下さない、軽く見ない心であり、自分を甘やかさない自分でありつつ、自分を許す自分でもあるということなのです。

 自分を過大評価したナルシズムや、自分を等身大以上に大きく見せたい虚栄心とは全く違うものなのです。

当事者たちから教えてもらうのがベストかも

 私個人としては、岡村さんにはマツコ・デラックスさんやミッツ・マングローブさん、など知的で、ジェンダーや性差別について、よくご存じの方々にレクチャーを受けていただきたいと思います。必要なのは批判や罰ではなく再教育ではないかと思います。

 人は批判や罰を受ければ、憎しみや怒りを感じるだけで、心までは変わらないと私は思います。許容し、なぜあなたがそんなにも息苦しいのか私に聞かせてくれませんか?私の話を聞いてみる気はありませんか?と間口を開けておかないと、先方は頑なになり、相手のいう事を聞き入れなくなるというのは、割と社会ではよくあることです。

  矢部さんが説教をしたみたいですけど、矢部さんの論理的でない説明では岡村さんの何が「無意識の女性蔑視、人間の尊厳の軽視」だったかは分からなかったかもしれませんね。矢部さんは岡村さんの「縦思考/権威主義」「尊大さ」「内弁慶」「人間不信」について言及しているのですが、岡村さん自身は理解しているのかしていないのか分からない様子ですよね。芸能界でジェンダーや社会学に強い人たちが、岡村さんにジェンダーや社会階層のことを教えてあげる日を待ち望むしかありません。

 悪気がなくてもひどいことをする人がいます。そういう人たちに向かって、こちらも悪気なくひどいことをしたら、人としての品格が下がる気がします。感情的になって怒ることと、叱ることの違いが分からないのが子供ですから、その後に様々なフォローを入れるのも大人であり先輩です。あなたは大人になりたいですか?なりたくないですか?まずは、そこからです。

自分の自己像が肥大化していないかな? 

 私自身は、人間社会の中での「人間の尊厳」を高く見積もる人間なので、岡村氏の発言は看過できませんでした。ですが、みな苦しみながら何かを切り売りしながら生きてるのよねー。持たざる人間は、あるいは這い上がろうとする人間は、必ず何かを切り売りしなきゃいけないのよねー、と思います。

 私自身は自分の生活やメンタルを支えることでせいいっぱいだから、持ってる人たちがそういうことは考えてーと思いながら、興奮してネットで活字を書いている身なのです。

  おそらくですが、岡村氏はこの動画の中にある、肥大化した自己の状態が、ずっと続いているタイプなのだと思います。