女だから言えること

老いとともに。

いつまでも恋をしたいおじさんたち、おばさんたちPart2

前回の記事

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 例えば普段から「不倫なんて絶対良くない、許せない。」と公言している人に、不倫真っ最中の人が「実は私は不倫していて、誰にも話せなくて苦しいの。」とは告白しませんよね。

 「中絶は絶対に良くない。」と言っている人に「私、中絶経験があるの。」とは告白しませんし、「お前、オカマかよー。気持ち悪いー(爆笑)」みたいな人に「実は僕はゲイなんだよ。」と告白はしませんよね。

 私は若い頃から、こういった事柄に対してかなりニュートラルで、これが許せないとか、あれは気持ち悪いとか、そういった感覚を持ち合わせていませんでした。

 子供の頃から「所詮、人間なんて何をしでかすか分からない生き物。」という程度にしか思っていなかったからか、それとも秘密を抱えている人達には、この人にならこの話をしても拒絶されなさそうと嗅ぎ分ける嗅覚のようなものがあるのかもしれません。

 とにかく、知り合う人たちに、よく色んなカミングアウトをされていました。「婚外恋愛している。(されている。)」「実は中絶したことがある。」「実は大麻を吸っている。」「実は援助交際をしている。」「妻には言えないがソープに行ってる」「僕はウイークデイはゲイで、週末はストレートなんだよ。」「実は整形してる。」「幼児を性愛の対象として見てる」など、多種多様なカミングアウトを受けました。

 

 数年前、夫が勤務先の会社の社長に、

「高円寺君、君は恋はしてるかね?人間、真面目なだけじゃダメだよ。恋の1つや2つはしないと。」

 と、言われたそうです。もちろん、社長は夫が既婚者だと知っています。つまり、「男は結婚していても、恋の一つや二つはしないと、人間に深みが出ないよ。」という意味でしょう。また、夫は別の上司に「俺には愛人が2人いる。」と、自慢されたそうです。

 夫は性潔癖で生真面目なほうなので、「あいつら、結婚してるのに恋しろとか、頭おかしいんじゃないの。イカれてる!」と怒っていましたが、私は若い頃にそういったおじさんたちを沢山見てきたので、激怒している夫を「まあ、そういうタイプの人たちもいるよー。」と、なだめている始末でした。

 

 最近、昔、一緒に飲んでいたおじさんたちが、バタバタと死んでいきました。みんな、まだ60代。早い人は50代で死にました。世の中では平均寿命は80代と言われているけど、みんながみんな80代まで生きられるわけじゃないんだなーと、当たり前のことなのに、少し、ショックでした。

 上記の記事のおじさんたちは、皆、中小の社長や、社長でない人たちは公務/大手企業の部長以上、医師、公認会計士などなどまあまお金や時間に余裕のある人たちでした。

 あまり、詳しくは書きませんが、ある社長とその愉快な仲間達が、毎晩集まってお酒飲んでいたのです。もちろん、皆さん忙しい方たちですから、毎日同じメンツというわけではなく、その日、その日でメンバーは違っていました。

 

「(既婚の)男はある一定の年齢になって、金と時間に余裕が出てきたら彼女ができるもんなんだよ。」

とか、

「結局は、金だよ。」

とか、小金もちで遊び好きのおじさんたちの名言は今でも覚えています。

 結局は金をちらつかせて、若い女の子達に擬似恋愛に付き合ってもらっていると自身で痛いほど知りつつも、心のどこかで、俺に本気で惚れていてくれないかな…なんて甘いロマンスを求めているところが、いい年をしたおじさんなのに浅はかでかわいいなぁ…と、いおしく感じたりもしていました。

 性機能が終わるか終わらないかの切羽詰ったおじさん達の、女の話で盛り上がる酒盛りの、少年のような賑わいが、若い私にはどこか甘酸っぱくもあり、ほろ苦くも見えていました。バイアグラは効果が出るまでに時間がかかるそうで、デートからベッドインへのタイミングなどを熱心に語り合っているおじさん達の姿も、女の私には「男って大変なのねぇ…」という感じに見えていました。

 前回の記事で、「熱烈に恋をして死にたい。」と言っていたおじさんが、ずいぶん前にお亡くなりになりました。そのおじさんは、本当に恋愛体質で、彼女を作っては奥さんにバレるということを繰り返していたため、奥さんにパイプカット(避妊手術)をするように言われ、パイプカットをしたそう。それくらい、恋愛好きのおじさんでした。

 あるとき、そのA社長がガンで亡くなったことを、別のB社長から聞きました。亡くなったA社長は、あの飲み会で言っていたように家族のために数十口の保険に入っており、B社長が病院にお見舞いに行った際も、「保険をしこたまかけてあったから、ベッドに寝てるだけで毎日すごい金額の金が入ってくるんだよ。」と笑ったいたそう。(よくよく聞くと、その社長は副業で保険屋もやっていたそうで、その関係で桁外れの保険に加入していたのと噂でした。) 

 結局、A社長は生前、飲み会で酒をあおりながら話していた話のとおりに家族に莫大な保険金を残して、お亡くなりになり、あの時あの場で話していたとおりに死に方をしていて、有言実行だったんだなぁと、少し驚いてしまいまいました。

 さらには、熱烈な恋の中で死んでゆきたいという願望も、A社長の葬式に一番最後に付き合っていた彼女が訪れるという形で実現されました。不倫おじさん達はいつだって、女の子はお金についてきていると知りつつも、複雑な「情」の上に成り立った純愛を楽しんでいたんですよね。だから、少しも自分に気持ちの乗っていない、本当にお金だけが目的の女の子は早い段階でスッパリ切ったりしてましたね。

 

 おじさんたちの話だけ書くのはズルイと言われそうなので、おばさんたちの話も少しだけ書いておくと、40代、50代の既婚のおばさんたちの恋というのは、仕事でもしていない限りなかなか恋人にあう時間を捻出することができないので、とても切ない恋だったりします。

 ですから、会う約束をしていない日に、偶然街中で恋人に出会ったりすると、「ららさん、池袋で○○さんに似た人が歩いててね、それでね、彼がそんな時間にそんなところ歩いているわけがないの。だけどその日だけたまたま、池袋に用事があったらしくてね、これって運命だと思わないー?きゃー?」なんて、50代のおばさんが不倫相手に偶然会えたことを、嬉々として私に話してくるのですよ。実際にはもっと長い20分くらいのメルヘンなお話だったんですけど、長くてつまらないので割愛しました。

 なんていうか、こんなルンルンで幸せそうな、おじさんやおばさんたちを目の前で見て、なおかつ彼ら彼女らの家庭の事情まで知っていて、彼らを責める気にはなれなくてね。彼らの家庭の中がすったもんだしてるのも知っていましたからね。恋人っていう逃げ道くらいほしかったのかなって。しかも私は20代前半で結婚をしたことがありませんでしたから、結婚はこうあるべき!みたいな理想像を持っていませんでした。ですから、現実的な結婚てこんなもんなのかな?という程度にしか見ていなかったんですよね。

 私の父母も、親戚も、軍国主義の時代に軍都に暮らしていたので、「恋愛」なんていう浮ついたことをしてはいけない時代、土地柄出身の人間でした。ですから、みな家父長制に基づいた見合い結婚でした。家柄同士の「格」が合うかどうかと、持参金をいくら持ってこられる家か、つまり家同士の「経済力」が合うかどうかが基準のマッチングですから、本人同士の性格の相性なんて全く関係ない結婚をしてるんですよね。

 ですから結婚後に、恋愛したいぃいぃいいい!って思ってもおかしくないよねと思えるくらい、私の父母、親戚達は愛し合ってる感じのしない夫婦でした。私の母にいたっては「生まれて一度も男の人を好きになったことがない」、つまり私の父親のことも好きになったことはない(が子供は作った)とはっきりと明言しましたからね。父は「お前の母親はお前を堕ろすと言ってた」と娘の私に告げるような人で、そんな両親から生まれた私がやさぐれた結婚観を持つのは当然のことだよねーと未だに思います。

 夫婦が愛し合ってる必要のない昭和の結婚観から、夫婦は「恋愛出発」で一生愛し合っていなければいけない縛りの平成/令和の結婚観、色んな夫婦の内情を知ってしまった私としては、どちらも息苦しい縛りでしかないよなぁとしか思えないのでした。

 もし、この世にいい夫婦があるのだとしたら、その時々の状況や心情によって流動的にルールや関係性を変えていける夫婦だけだと思うので、はなから「この縛りルールは絶対ね!」って言ってるような夫婦は破綻を目指して突き進んでいるようにしか私には感じられないのです。

 明日には、夫から「実は俺はゲイで男しか愛せないので、彼氏を作ってもよいでしょうか?」と聞かれるかもしれないのが夫婦だと私は思っています。人間関係を作るということは、明日相手の心情に何が起こって、状況がどう変わって、私にどういう影響があるか全く分からない博打のようなものだと私は考えています。だからこそ、今のこの瞬間瞬間で、ひとつひとつ丁寧に相手の思いをくみ取りながらコミュニケーションをとり、いずれ別離の時がくるとしても後悔のないコミュニケーションを取ろうと心がけているのです。

おわり。

 

◆恋愛と結婚のちょっとした歴史

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