女だから言えること

「旧:高円寺ららぁ」は「せとちよ」に改名いたしました。

お久しぶりです

 もともと甲状腺に問題があり、昨年甲状腺がんで甲状腺を切除したこともあり、昔から冬は調子が悪く、今年の冬も「冬眠の熊」のように家に引きこもって横になってばかりでした。

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(2年間くらい前のタンゴの集いの画像です。)

 やっと、三月になり少しずつ外に出る訓練を始めました。2年前くらいから行き始めたタンゴレッスンに顔を出し始めたり、

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 都会のちょっとラグジュアリーなバーベキュースペースでバーベキューを楽しんだり、

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 夫の誕生日祝いに焼き肉を食べに行ったり、

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 春らしく「いちごモンブラン」を作ったり、

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 外といってもベランダですが、普段使いの干しシイタケを作ったり、私の日常はこんな感じです。

 私は小学生の頃には20歳までは生きられないだろうなと思っていて、20歳になった時には、運よく20歳までは生きられたけれど40歳までは生きられないだろうなと思っていました。

 ですが、去年で50歳になってまだ生きている自分に驚くと同時に、「死」というものを身近に感じてとまどいはじめています。というのも、私の周囲の人たちはだいたい60代で死んでしまうことが多いので、ああ、私もあと10年か15年くらいしか生きられないのかぁと感慨深く思ってしまうからです。

 直接的に「死」というものを感じる以前に、肉体、脳の老化を感じることが多く、今まで見えていたものが見えない、今まで聞こえていた音量では音が聞こえにくくなってきた、物覚えが悪くなり、物忘れが激しくなったなどなど、以前はできていたことができなくなるという感覚は非常に恐ろしい感覚だったりします。

 なぜ、それがそれほど恐ろしく感じられるかというと、認知症の家族を介護した当事者の壮絶な体験談をいくつか聞いてきたからです。自分が介護する側、される側に回ることがなぜそんなに恐ろしく感じられるのだろうと考えたとき、日本では「人に迷惑をかけてはいけない」という教えが普及しているから、自分が認知症になって「人に迷惑をかけること」が恐ろしくてしかたがないのだろうな、と気づいてしまいました。

 

 家族、親族と縁を切り、家賃5000円6畳二人部屋のバラック大学寮から、風呂なし21000円のアパートに移り住み、生涯貧しい生活をするものだと覚悟をしていました。

 私にはお金を稼ぐ才能はないとある時点で気づいてしまったので、質素につつましく暮らしていくしか生き残る道はないというのが私の生存戦略でした。家賃は三万円以内、食費は一食200円以内などと決め、それを守って数十年暮らすことで、多少の貯えをし、心の平穏を守っていました。

 私の母も父と離婚して以来、風呂なしの2万円代のアパートで数十年ひとり暮らしをし、そのまま死んでいったので、私も安アパートで孤独死するものだとばかり思っていました。

 だけど、40歳を目前にして、羽の折れた若いツバメが私の懐に飛び込んできて、なかなか暴れん坊のツバメだったけれど、一途に私を慕ってくれるツバメで、何とかこのツバメを空に返してやりたいという一念でした。

 結婚したいとか、見返りがほしいとか、そういった気持ちは一切なく、ただただ傷ついて羽の折れた子ツバメが痛ましくかわいそうで、助けたかった、だたそれだけでした。ツバメの心の傷は思いの他に深く、心の傷の深い人は人とのコミュニケーションを嫌ったり、他人に対して過度に攻撃的になったりすることは、まま、あることで、私も壮絶な努力と忍耐でツバメを介抱しました。そして、彼が空に戻れる時がきたら、私は立ち去ろうと思っていました。

 まさか、ツバメ君と入籍するとは思ってもいませんでした。一生独身を貫くはずだったのに、現在、自分が既婚者であるということは、いまだに不思議でたまらなかったりします。

 安アパートで孤独死をする未来しか思い描けなかった私が、関東のそれなりに人気の土地で、それなりに良い設備の住居に暮らし、お金の心配をしなくてよくなるなんて、思ってもいませんでした。

 私の体験からいくと、ワーキングプアであっても家計管理をしっかりしていれば、4桁万円貯蓄をすることは不可能ではありませんでした。同世代の若い女性達が、実家に住んで、お金の計算でピリピリしなくても良い生活をしていることをねたんだり、家賃を抑えようと治安の悪い安アパートに住んだがために、隣室のおじいさんにお金をタカられて困ったりもしましたが、そんな思いをしてでも生活費を抑えたことで、貯蓄だけは死守することができました。

 私の貯蓄と、ツバメ君(現夫)の健康な肉体、彼の身元を保証できる家族という合わせ技で、私は中流の暮らしができるようになっています。本当に人生というのは不思議なものだと思います。

 50代にもなると、20代30代でお金の心配でピリピリしていたことが、思い出のように遠いものになってしまいます。というのも20代では、70歳で死ぬとしても、「あと50年分の生活費どうすんだよ…」という不安がありました。もともと、体が丈夫ではなかったので余計に働けなくなったらどうしようという不安ばかりがつのっていました。

 ですが50代になると、「どうせ、あと10年か20年で死ぬんだから、もうそんなにお金はいらないよな。」と思えるようになってくるのです。

 20代だったツバメ君も今や30代後半になりました。ツバメ君は「一生をかけて恩返しをする」と言ってくれているし、ツバメ君のご両親も私にお金では苦労させないつもりでいるようです。本当にありがたいことです。

 人間が集まって集団生活を行おうとする以上、人間社会の不条理さ、不公平さを包括しながら、人間は生きていかなければなりません。日本は貧しくなったという人もいるし、日本没落論なども最近よく聞きますが、バブル前後の時代の金銭感覚が異常だっただけで、歴史的に見れば、三食に困らなかったり、どの家庭にもテレビやエアコンがあったり、子供が個室を与えられることが普通になってきたり、数万円もするスマホを家族全員が持っているなんていうことは、私からすればとても豊かなことに感じられます。

 ないもの、持っていないものを数えるより、今あるもの、持っているものに感謝する、目が見えづらくなったことにがっかりしている私がそんなことを言えた立場でもないのですが、身体能力が衰えてくる老人だからこそ、この言葉を意識しながら残りの人生を生きていかなければ…と思います。

 そんなことを考えながら、しいたけをベランダに干している私なのであります。

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